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「南極観測60周年に思う」(視点・論点)

国立極地研究所 名誉教授 神田 啓史

日本南極地域観測事業はことし、2017年1月29日で60周年を迎えました。南極観測も還暦を迎えたということでしょうか。きょうは、歴史をひも解きながら、その成果と意義についてお話ししたいと思います。
戦後10年となる1955年9月、ベルギーのブリュッセルで1957年から58年にかけて定められた国際地球観測年・IGYの特別委員会が開催されました。この国際地球観測年は1882年から50年毎に開催してきた国際極年・IPYの3回目にも相当します。この会議で初めて日本が南極に基地を作ることが決まります。

まずは「宗谷」時代のお話です。

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1956年、11月8日に東京を出港した第1次観測隊の「宗谷」は、なんといっても最初の南極行きでしたので、予備観測を目指していて、本観測は次年度という計画でした。

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幸い、順調に南極の氷海に接岸し、1957年1月29日にオングル島で上陸式を挙行。この日をもって、南極の昭和基地開設の記念日としています。11名による越冬隊も成立しました。
翌年、第2次隊は本観測を担って出港しましたが、往路の氷海で難航し、第1次越冬隊11名の撤収がやっとのことで、本観測としては失敗でした。そして、第3次隊からは大型ヘリコプターの機動力で、越冬隊の成立が実現し、国際地球観測年として予定していた観測を次々とこなしていきました。第3次隊が一年遅れで本観測の役割を果たしたのです。

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また、第1次隊で越冬したカラフト犬15頭は、第2次隊で止むを得ず基地に置き去りにされましたが、第3次隊でタロ、ジロの生存が確認されたのは感動的なできごとでした。

「宗谷」時代に、南極条約が発効したことは極めて意義の大きなことでした。日本を含む多くの国々で実施され、成果が上がった国際地球観測年の終了後、米国は南極条約の締結を提案しました。協議の結果、1959年に署名、1961年に発効しました。現在では条約の締約国は53か国に及んでいますが、日本は南極条約に署名した最初の12か国に入っています。南極条約の骨子は南極地域の平和的利用です。そして、科学観測の自由と国際協力、領有権主張の凍結などもうたわれています。さて、南極観測は第6次隊でいったん中断します。

第7次隊で南極観測は再開されました。「宗谷」は耐氷船でしたが、再開後は砕氷船「ふじ」時代に入りました。南極観測の再開の目的の一つに、極点旅行がありました。

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この旅行のために開発された大型雪上車を駆使して、1968年、2,570キロの行程を83日間で走破しました。その旅行中には、積雪、重力、地磁気などのデータを取得しました。当時の極点到達は世界で9番目の快挙でした。
オーロラのロケット観測も再開の目的の一つでした。南極域では昭和基地に唯一のオーロラ観測用・ロケット実験設備があり、1970年以降、58機のロケットを打ち上げ、オーロラ発生機構の解明に貢献しました。南極では、これまで、17,000個を超える隕石が採集され、その中には月や火星のものも含まれています。日本隊が大陸氷床の流れと山脈が深く関係するという隕石集積機構を解明したことが大量発見につながりました。
「ふじ」時代の最大の発見は、南極上空のオゾン量が極端に少なくなるオゾンホールだと思います。1960年代から観測を続けていた日本の観測隊が、80年代になってオゾンが減少していることを発見したのです。その後、地球の上空でオゾンが破壊されるメカニズムが解明され、フロンガスの生産が廃止になりました。このように南極観測は地球環境の診断の上で大きな役割を果たしていたのです。

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初代「しらせ」が就航すると、昭和基地から1,000キロ離れたドームふじ基地を建設し、深層掘削によるアイスコアの採取が始まりました。年平均気温がマイナス50度を下回る過酷な環境で、掘削は3,035メートルに達し、過去72万年の地球環境を現代によみがえらせることに成功しました。

近年、南極半島などの観光をはじめ、南極に入る人口が増大して来ると、自然環境の破壊が懸念されだしました。南極の環境と生態系を包括的に保護することを目的として1998年に、「環境保護に関する南極条約議定書」が発効されました。この議定書は南極に息づく生物の利用と保護という問題と深く関係します。
昭和基地周辺では、低温でも凍らない「不凍たんぱく質」がカビの仲間の子嚢(しのう)菌の一種から精製され、食品の品質向上に利用されることや、寒冷地で乳脂肪を分解する優れた性質があるキノコの仲間、担子菌酵母の発見などがありました。さらに、昨年、東オングル島から2種の新種の担子菌酵母、沿岸の浅い海から2種の新種のゴカイ類の発見が報告されました。遺伝子解析の技術的な発展と相まって、さらに新しい生物種や新しい性質を持つ生物の発見、あるいは医薬品など有用な物質の開発に結びつく期待があります。
一方では、このような開発、活動がどんどん盛んになりますと、貴重な環境や生態系に影響が出る可能性も否定できません。こうした生物資源探査や商業利用をどのようにバランスよく進めていくかが今後の課題となっていくと思われます。

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昭和基地の情報化が進む中で、南極大型大気レーダー観測(パンジー計画)が始まっています。基地内に1,000本のアンテナを立てて、オゾン層を含む地上から500キロまでの広い高度領域の大気観測が目的です。南極大気の現象は地球環境全体に反映しています。このレーダー観測システムが南極で初めて昭和基地に建設されたことで、すべての緯度帯をカバーできるグローバル観測網が構築されました。まさしく日本の南極観測が国際プロジェクトの一端を担っていることを如実に物語っています。

冒頭で述べましたように、南極観測は国家事業でありますが、国際地球観測年及び国際極年に合わせて実施されたこと、最近は二国間のプロジェクトが昭和基地でも頻繁に行われていること、また、毎年のように外国から交換科学者を受け入れ、また外国基地に科学者を派遣していることを考えますと、南極観測はまさしく南極大陸を場とした巨大な国際プロジェクトであります。
日本の南極観測は、その国際プロジェクトに貢献し、そして、このプロジェクトを通じて、南極条約でうたわれている平和的利用に貢献することに大きな意義があると考えます。そして、南極観測は観測船の運行を含めて、ある意味で巨額の経費を必要とする以上、より一層、その意義について、国民の理解を得る努力が必要であると考えるものです。

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