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「トランプ大統領の経済政策」(視点・論点)

みずほ総合研究所 欧米調査部長 安井 明彦

アメリカで、ドナルド・トランプ氏が大統領に就任しました。本日は、トランプ大統領の経済政策について、お話ししていきたいと思います。
トランプ大統領の就任を受け、日本では、その保護主義的な通商政策に対する警戒感が高まっています。トランプ大統領は、就任早々に、TPP(環太平洋パートナーシップ)協定からの離脱を表明しました。かつての日米通商摩擦の時代のように、二国間の通商交渉に持ち込まれ、厳しく譲歩を迫られるのではないか。そんな懸念がきかれます。実際にトランプ大統領は、日本との自動車貿易を、「不公平である」と名指しで批判しています。

トランプ大統領の標的になっているのは、日本だけではありません。トランプ大統領は、アメリカ、カナダ、メキシコとの自由貿易協定であるNAFTA(北米自由貿易協定)を、アメリカに有利な内容に見直す方針です。カナダ、メキシコと交渉を行い、満足のゆく結果が得られなかった場合には、NAFTAからの脱退も辞さない、としています。

国だけではなく、企業もトランプ大統領の標的です。トランプ大統領は、アメリカの大手自動車メーカーの幹部と会談し、工場の建設など、アメリカでの雇用創出に協力するよう、要請しています。その一方で、メキシコなど、海外に工場を移転し、そこからアメリカに輸出しようとした場合には、そうした製品に「高い関税をかける」とも述べています。アメリカの企業だけでなく、日本やドイツの自動車メーカーも、メキシコに工場を建設する計画を、トランプ大統領に批判されています。

こうしたトランプ大統領の保護主義的な姿勢は、昨年の大統領選挙の当時から変わっていません。TPPからの離脱や、NAFTAの見直しは、いずれもトランプ大統領の選挙公約でした。世界は驚いているかもしれませんが、トランプ大統領とすれば、選挙で支持者に約束した政策を、着実に実行に移しているに過ぎません。

トランプ大統領の狙いは、きわめて明快です。トランプ大統領は、1月20日に行われた就任演説で、アメリカの利益を第一に考える「アメリカ第一主義」を打ち出しました。アメリカが世界のリーダーとしての役割を果たすことよりも、自国の雇用を優先しようとする姿勢は明らかです。アメリカの雇用のためなら、どのような手段も厭わない。それがトランプ大統領の経済政策です。

日本が気にするべきなのは、トランプ大統領の対日政策だけではありません。大切なのは、トランプ大統領のもとで、アメリカ経済がどう変わるのか、という視点です。
アメリカは、世界の経済大国です。いくらトランプ大統領がアメリカのことだけを考えているといっても、アメリカ経済の行方は、世界の経済に大きな影響を与えずにはおきません。アメリカの経済が好調であれば、アメリカへの輸出は増えやすくなります。アメリカに進出している企業も、ビジネス・チャンスが増えるでしょう。

日本にとっても、アメリカは重要な貿易相手国です。そして、たくさんの日本の企業が、アメリカに進出しています。トランプ大統領がアメリカの経済運営に成功することは、日本にとっても良いことなのです。

これまでトランプ大統領が提案してきた経済政策には、アメリカ経済にとって好ましい内容と、好ましくない内容が混在しています。トランプ大統領が提案する、減税やインフラ投資、そして規制緩和には、アメリカ経済の成長を促す効果が期待できます。

その一方で、保護主義的な通商政策や、厳しい移民政策は、アメリカ経済にマイナスの影響を与えかねません。

保護主義的な通商政策は、アメリカの貿易相手国だけでなく、アメリカの経済自体にも、良くない結果をもたらします。トランプ大統領は、中国やメキシコからの輸入に、高い税金をかけることを示唆しています。しかし、本当に高い税金をかけた場合には、輸入品を購入しているアメリカの消費者や企業が、その分、高いお金を払わなければならなくなります。貿易相手国が、アメリカに対抗して関税の引き上げなどに動けば、アメリカからの輸出も難しくなってしまいます。

不法移民の取り締まり強化など、トランプ大統領が提案している厳格な移民政策も、アメリカ経済には逆風です。アメリカにとって、移民は大事な労働力です。現在のアメリカは、労働者の約5%を、正式な滞在許可を持たない不法移民に頼っています。たくさんの不法移民が国外に退去させられるような事態になれば、すぐに人手不足に陥りかねません。農業や建設業の労働者では、不法移民の割合が10%を超えているのが現実です。

トランプ大統領がアメリカの経済運営に成功するためには、経済にとって好ましい政策を、確実に実行していく必要があります。とくに注目されるのが、減税の行方です。
トランプ大統領は、大型の減税を提案しています。減税の規模は、1981年にロナルド・レーガン大統領が行った減税、いわゆるレーガン減税を上回ります。所得税では、最高税率を現在の39.6%から、33%に引き下げることなどが提案されています。法人税においても、最高税率を35%から大幅に引き下げる方針です。
このうち、企業がアメリカで雇用を作るために重要なのは、法人税の減税です。

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アメリカの法人税率は、世界でも高い水準にあります。その税率を引き下げることができれば、企業がアメリカで生産を行う費用は安くなり、進出先としての魅力が高まります。規制緩和とあわせ、企業がアメリカに工場を建設し、雇用を生み出すことを促す効果が期待されます。

トランプ大統領が減税を実現するためには、アメリカ議会との関係が重要になります。減税のように、アメリカの財政にかかわる政策を実現するためには、議会で法律を作成する必要があるからです。

トランプ大統領にとって幸いなのは、議会の多数党を、トランプ大統領と同じ共和党が占めていることです。共和党の議員と協力できさえすれば、野党である民主党の反対を押し切って、減税を断行できる環境が整っています。

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気にかかるのは、トランプ大統領の誕生に対する、アメリカ世論の反応です。トランプ大統領は、歴代の大統領と比較しても、低い支持率でのスタートとなりました。さらに支持率が低迷するようだと、トランプ大統領は、世論の批判を逸らすスケープゴートとして、ますますグローバル化や移民への批判を強めかねません。アメリカ経済に好ましい政策よりも、好ましくない政策が優先される展開が、懸念されます。

大統領選挙後のアメリカの株式市場には、トランプ大統領の政策に対する期待から、株価が大きく上昇する局面がありました。
就任直後の保護主義的な政策によって、そうしたトランプ大統領への期待には、陰りがみえます。アメリカ経済にとって好ましい政策を着実に実行できるのか。早くも、トランプ大統領の真価が問われようとしています。

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