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「児童虐待防止 支えるしくみづくりは」(視点・論点)

日本社会事業大学専門職大学院 准教授 宮島 清

昨年5月に、児童福祉法が大きく改正されました。
その内容は、順次施行されていますが、実務的な内容の多くは、今年4月から施行されます。これに合わせて、関連規定の整備や検討が進められ、現在、大詰めの時期を迎えています。
具体的には、児童相談所を、東京23区でも設置できるようにし、今後は、東京都以外の中核市による設置促進が検討されています。また、児童相談所の職員である児童福祉司や児童心理司を、人口だけではなく児童虐待の対応件数なども加味して増員させること、更には、新たに児童福祉司となる職員の研修受講義務や児童福祉司などをサポートするスーパーバイザーの配置と拡充、児童相談所への弁護士配置などが決められ、実行に移される段階に入っています。これらを見れば、政府の取り組みも、いよいよ本腰となり、自治体もそれに応じ、これらが実現すれば安心だと思うかもしれません。しかし、本当にそうなのでしょうか。2つのことを見ていきましょう。

一つは、市町村が取り組むべきこととされた地域の子どもと家庭への支援が、それを担う体制の貧弱さのために、かたちだけのものになるおそれがあること。もう一つは、児童相談所を増やす方法が、中核市による児童相談所の設置促進というやり方だけで良いのかということです。
まずは、地域での子どもと家庭への支援について確認します。今回の児童福祉法の改正では、市町村に、地域の子どもと保護者を支援する「支援拠点」を整備する努力義務が課されました。そして、法が定める市町村の業務に、子どもと家庭を支援することが新たに書き込まれました。私は、このことこそ、今回の児童福祉法改正の本当の目玉なのではないかと期待してきました。しかし、現在、厚労省が示している資料を見る限り、この支援拠点に配置すべき職員の数があまりにも少なく、これでは何も変わらない、下手をすれば現状からの後退さえ起こってしまうのではないかと危惧しています。
資料によれば、新たに整備すべき支援拠点は、地域の支援ネットワークの調整役を含む膨大な業務を担うとされています。

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しかしながら、例えば人口16万人の都市でも常勤職員1名・非常勤職員3名の合計4名で良いとなっています。これが、人口10万人の市の場合には常勤職員1名・非常勤職員2名の計3名。自治体の数では最も多いと思われる人口5万人未満の市や町村では常勤職員1名・非常勤職員1名の計2名で良いとした上で、規模が小さい所では、複数自治体による共同設置で良い、更には現状で多くの市に配置されている家庭相談員という職との兼務でも良いとされているのです。
これでは拠点設置の努力義務が求められた市区町村にとっては「無理のない優しい水準」かも知れませんが、そこに暮らす子どもと家庭にとっては、前進が期待できない内容のように思えます。また、そこで働く職員にとっては、担いきれないほどの大きな荷物を背負わされ深刻な状態に陥るのではないかと心配です。これは、もとを正せば、国は、法律は整えたが、新たなお金はここまでしか出せないということなのでしょうか。
児童虐待への対応では、とにかく子どもの命と安全が第一とされなければなりません。また、子どもの傷ついた心を癒し、保護者には、暴力や懲罰によらない子育ての方法などを身に着けてもらわなければなりません。しかし、これらを実現するためにも、虐待が発生する子どもと家庭の多くが直面する「厳しい生活」を立て直し、親子の地域での暮らしを安定させる支援を行わなければ、ならないのです。
人々の耳目を集めるような悲惨な事件が発生する度に、私たちの関心は、警察的な介入の強化や、力による抑止の方向に傾きます。しかし、本当に必要な「生活支援」を実現しない限り、この問題の解決はありません。
二つ目のこと、児童相談所の設置促進についてお話しします。
一つ目で述べた市町村による支援を充実させても、児童相談所の新たな設置は不可欠です。報道によれば、厚生労働省も、中核市に児童相談所を開設するためのマニュアルづくりを行う予定だとのことです。しかし、これを実現する道筋では、私は、中核市による設置促進だけではなく、都道府県による増設も併せて誘導すべきだと考えます。
児童相談所を置くということは、経験豊富で力量のあるソーシャルワーカーと心理職を、 恒久的に確保し続けなければならないということです。更に、児童相談所を持つということは、子どもを保護する一時保護所を持ち、里親を開拓し育成することを担うということです。また、乳児院・児童養護施設・障害児入所施設などの定員を確保し、里親やこれらの施設と力を合わせて、子どものケアや自立支援を担い続けなければならないということになります。法改正で明記された子どものための養子縁組の支援にも取り組まなければなりません。児童相談所の業務としては、児童虐待が発生した時の初期対応だけに目が行きがちですが、実際には、子どもたちの保護に関わる業務のボリュームが、想像以上に大きいのです。
このように、児童相談所を設置する負担は、自治体にとっては極めて大きなものです。ですから、すでに何年も前から、法的には中核市などでも設置できるとされながら、実際に児童相談所を設置したのは、横須賀市と金沢市の2市だけに留まって来ました。「都道府県の児童相談所の動きが悪いから自分たちの手で一時保護や施設入所を決められるようにしたい。」このような理由だけでは、ほとんどの自治体は、これによって生じる新たな負担を決断できるはずはありません。
もちろん、私が、中核市による設置だけではなく、都道府県による設置の促進も考えるべきだとする理由は、お金と人の問題に留まりません。むしろ、このこと以上に、人口減少が加速している地方の現実を踏まえなければならないと考えるからです。
例えば中核市以上の市に児童相談所の設置を義務づけるとしたら、地方ではいったいどんなことが起こるでしょうか。短期的には、今ある児童相談所の負担が軽減されるでしょう。しかし、中長期的には、今度は都道府県が設置する児童相談所の規模や力量が先細りとなり、児童相談所を設置する市とそうでない地域との格差が、著しく大きくなってしまうものと推察します。これは避けなければなりません。
どこで線を引くのかは難しい問題です。しかし、これまで大きな負担を抱えながらも、児童相談所を設置し、市民の安心と安全を守って来た横須賀市と金沢市の例を踏まえれば、これと同等、すなわち人口40万人以上を一定の目安とした上で、中核市などが児童相談所を設置した場合には、当該市に相応の財政的な優遇措置を行うことが必要です。そして、これと共に、都道府県が新たに児童相談所を設置することに対しても、それ相応の後押しをすることが必要だと考えます。
困難な状況に置かれた子どもと家族を守る。特に、虐待から子どもを守り、保護者を加害者にしない。このことのために、この国の持てる力を注ぎ込まないでどうするのかと言いたいと思います。国を守るとはどうゆうことか。将来を作るということはどうゆうことなのか。今、私たちは、このことにおいて判断を間違ってはならないのです。

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