解説アーカイブス これまでの解説記事

視点・論点

twitterにURLを送る facebookにURLを送る ソーシャルブックマークについて
※NHKサイトを離れます。

慶應義塾大学 教授 粕谷 祐子

2016年6月末にフィリピンでドゥテルテ政権が誕生してから、約半年が経とうとしています。政権発足からこれまで、ドゥテルテ大統領は国際メディアで高い注目を集めてきました。最近のフィリピンは人口1億人を超え、経済成長も著しい国ですが、これほどまでに注目されるのは、近年見られない、異例のことです。ドゥテルテ政権が世界の関心を集めている理由は、主に2つあります。1つは、政府によって麻薬犯罪の容疑者が大量に殺害されていること、そしてもう1つは、戦後ずっとアメリカに友好的な政権が続いてきたなかで、強く反米的な立場をとっている点です。今日は、この2つが起こっている背景を説明すると同時に、日本がフィリピンと外交関係を結ぶ上での指針について考えてゆきたいと思います。

新政権発足から半年間で、麻薬犯罪の容疑で殺害された人は約6千人、逮捕・拘束された人は4万人、自首した人は100万人に上ります。特に、殺害された人の多くは、法的手続に則った取り調べを受けずに警察に殺されていることから、いわゆる超法規的殺人であるとして、国際的な人権擁護団体などから強く非難されています。

そもそも、なぜ法的手続を無視した殺害が大量に起きているのでしょうか。その基本的な理由は3つあります。

s170120_1.png

1つ目は、当然のことではありますが、昨年5月の大統領選挙で当選したのが、麻薬撲滅を最優先課題に掲げるドゥテルテ氏だったからです。では、なぜドゥテルテ氏は当選できたのでしょうか。彼は、これまでの多くの大統領のように、エリート一族の出身でも、映画スターでもありません。また、全国に集票マシーンを持つ利益誘導型の大物政治家でもありません。ミンダナオ島のダバオ市で市長を20年以上に亘って務めた、一地方政治家でしかなかったドゥテルテ氏が、最大多数の有権者支持を集めた理由は、ダバオの治安と経済状況を劇的に改善させたという市長としての実績でした。このことは、フィリピンの選挙サイクルが、政治家の空疎な選挙公約と当選後の約束不履行をこれまで何度も繰り返してきたことに対する、有権者の不満の現れということができます。

2つ目の理由は、執行府の長である大統領の権限行使に対して、他の政府部門による抑制が機能していないからです。例えば、立法府の一翼を担う上院では、人権委員会が超法規的殺人の問題を取り上げましたが、当初の委員長であった反ドゥテルテ派のデ・リマ上院議員は、ドゥテルテ派議員の圧力によって委員長を解任されています。代わって委員長となったドゥテルテ派の議員のもとで、この問題の審議は昨年10月以降封印されたままです。また、司法府によるチェックの動きも現在のところほとんど見られていません。このような状況は、フィリピンの憲法上、大統領に対して強大な権限が与えられていることに起因しています。

3つ目の理由として、大統領に対する国民からの支持が非常に高いことが挙げられます。世論調査機関によれば、政権発足から現在まで一貫して、調査回答者の70%以上が大統領に対し「満足している」と答えていて、このことは、ドゥテルテ大統領が自らの政策路線を正当化する際のよりどころとなっています。

日本人の一般的な感覚からすると、半年で6千人もの麻薬犯罪容疑者を殺害しているドゥテルテ政権が圧倒的に支持されているのは、不思議なことかもしれません。しかしこのことは、フィリピン人の政治に対する態度の、本音レベルでの表れだと解釈できます。これまでの大統領は、結果を出すためなら法的手続を無視しても良いという立場を公にとることは、まずありませんでした。ですので、フィリピン人がこの点に関してどう考えているのかが見えてくることはなかったわけです。ここにきて、汚職退治や麻薬撲滅の実績の方が、手続が法的基準を満たしていることよりも重要であると公言する大統領が現れ、また同時に、大多数の国民がそのような大統領を支持していることが世論調査で明らかになりました。このことは、フィリピン人の多くが、政府に対し、法律的なプロセスは妥協しても実績が上がれば良いと本音の部分では思っていることを示しています。これはさらに、1986年の民主化から30年たった今でも、民主主義の構成要素の1つである「法の支配」を遵守する態度が多くのフィリピン人の間で根付いていないことを示唆しています。

次に、もう1つの注目の的である、対米関係の悪化についてみてゆきたいと思います。この問題は、実は、1つ目の、超法規的殺人の問題と密接に関連しています。

これまでの論説で見落とされている重要な点は、選挙キャンペーン中のドゥテルテ氏は、親米的とは言えないまでも、現在見られるような強い反米の立場はとっていなかったという点です。また、最近になって友好的な態度を示している中国やロシアに対しても、選挙キャンペーン中は敵対的とも友好的とも、どちらとも受け取れる曖昧な発言をしていました。

強い反米姿勢が明らかになるのは、アメリカ政府がドゥテルテ政権の超法規的殺人を公式に非難し始める、昨年8月ころからです。オバマ大統領を「売春婦の息子」と呼んで世界のメディアに注目された出来事も、フィリピンでの大量殺害を問題視している、とのオバマ発言を受けて起こりました。ドゥテルテ氏はアメリカだけでなくEUや国連に対しても礼儀に欠く発言をしていますが、いずれも超法規的殺人が非難されたことへの反応として起こっています。  

反米姿勢を強める一方で、領土問題で争っている中国との経済的・軍事的な関係は強まっています。ドゥテルテ大統領のこのような立場がはっきりしてくるのも、アメリカとの敵対関係が鮮明化した後のことです。こうしたタイミングから考えると、中国への接近は、中国の経済大国化という構造的変化だけでなく、中国は、アメリカとは違って、フィリピンの国内政治問題に対し非難をしないという理由が背景にあると言えます。最近のロシアとの軍事的関係強化も、同様の理由によるものです。

ここまでの検討から、ドゥテルテ大統領の外交は、国内の政治問題への干渉を非常に強く嫌う傾向があることが見えてきます。これを受け、最後に、日本とフィリピンの外交関係について考えたいと思います。安倍首相は今月フィリピンを訪問しましたし、また昨年10月にはドゥテルテ氏が日本を訪れており、両政権の関係は良好と言えます。このことは、ドゥテルテ大統領とオバマ政権が敵対していても、これと日比関係は独立していることを示しています。つまり、日本とアメリカは外交上の密接なパートナーと通常言われますが、米比関係の悪化が日比関係の悪化を意味することはありません。安倍政権の対フィリピン外交が円滑に進んでいる理由は、フィリピン国内の政治問題を非難することなく、実務的な観点から様々な支援や連携関係を作ろうとしているところが大きいと思われます。アメリカでトランプ政権が誕生することで米比関係が今後どのように変化するかは未知数ですが、日本の対フィリピン外交においては、これまで述べてきた、ドゥテルテ政権、そしてフィリピン社会の特徴を踏まえることが重要だと言えます。

twitterにURLを送る facebookにURLを送る ソーシャルブックマークについて
※NHKサイトを離れます。

キーワードで検索する

例)テーマ、ジャンル、解説委員名など

日付から探す

2017年02月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
RSS