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「住宅政策と社会保障」(視点・論点)

東京大学 准教授 祐成 保志

住宅政策といえば、住宅の購入を後押しするための金利の引き下げや減税、地震に強い住宅や環境にやさしい住宅の普及促進、都心に高層マンションを建てやすくする規制緩和などを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
日本では、住宅政策を社会保障と結びつけて考える習慣は根づいていません。一つの調査結果をご紹介します。

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2000年から5年ごとに実施された全国規模の意識調査によれば、生活に困っている人に、政府が責任を持って住まいを提供すべきだ、と考える人は、少数にとどまっています。
医療の提供や高齢者の生活保障については、一貫して大多数の人が政府の責任であると答えています。また、失業者の生活保障や育児・子育ての支援は、政府の責任だと考える人が増えてきました。これに対して、「家の持てない人びとに世間並みの住居を提供すること」は、いずれの時点でも政府の責任だと考える人の割合が最も小さいのです。社会保障の幅広い分野について、政府の責任を重視する人が増えるなかで、住宅保障への支持の低さは際立っています。

日本の住宅政策は、社会保障よりも、産業の活性化や、経済の成長と強く結びつけられています。すでに住宅を所有している人や、購入を望む人のための政策が優先され、生活に困難をかかえ、住まいを確保できない人に向けた政策は貧弱なままです。このことは、住宅の自己責任を重視する国民の意識に支えられているとも言えますが、逆に、政策の乏しさ、あるいは偏りが、そうした世論を補強してきた面もあります。少し時間をさかのぼって、住宅政策の変遷をたどってみましょう。
戦後間もない頃の日本では、猛烈な住宅難が生じました。空襲や災害による住宅の喪失、引揚げによる国内人口の増加、ベビーブームによる出生数の増加が、その要因です。早く、大量の住宅を建設することが至上命題となりました。

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昭和30年頃までに、戦後の住宅政策の三本柱と呼ばれる制度が整備されます。住宅金融公庫は、安定した収入がある人々に住宅を取得するための資金を貸し出しました。公営住宅は、自治体が国庫補助を受けて低所得層向けに低家賃で住宅を提供する制度です。日本住宅公団は、両者の中間に位置する階層のために、良質な賃貸住宅を建設することを任務としました。
昭和41年からは、住宅建設計画法に基づき、居住水準と供給戸数の目標を掲げた「住宅建設五ヶ年計画」が開始されます。第一期は、昭和45年度までに「一世帯一住宅」を実現することを目指しました。ここで注目したいのは、計画戸数の半分以上が民間による「自力建設」とされたことです。そして、公的資金による建設の中心は、いわば国営の住宅ローン会社である住宅金融公庫でした。この時期の大量の住宅建設を支えた基本的な条件の一つは、持ち家の獲得に向けた世帯の旺盛な意欲です。
もう一つの重要な条件は、従業員の持ち家取得への意欲を加熱する、雇い主としての企業の戦略でした。高度経済成長期の企業は、賃金や年金制度などと並んで住宅を保障することで、優れた人材を集めるとともに、労使対立の緩和を図りました。多くの大企業は、従業員のために、社宅、家賃補助、積立、融資といった社内制度を整えました。こうした仕組みは、政府の政策を補完、あるいは先取りするものでした。多くの労働組合もこれを歓迎したのです。
住宅市場の拡大は、生産者としての企業にとっても魅力的でした。住宅は、自動車に次ぐ有望な産業として期待を集めました。政府が地ならしをした住宅供給には、多くの民間企業が関わるようになりました。
戦後、政府・企業・世帯の思惑が重なり合うことで、日本社会に持ち家志向が定着しました。現在、三大都市圏の持ち家率は約6割です。昭和16年には、都市部の持ち家率はわずか2割にすぎなかったのですから、大きな様変わりです。持ち家への誘導によって、政府は、直接の支出を抑えながら短期間で住宅不足を解消することができました。住宅の質も、平均的にみれば向上しました。
2000年代半ば、住宅政策は軌道修正されます。

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いわゆる三本柱は、いずれも大きな変化を余儀なくされました。住宅建設計画は8期で終了し、平成18年からは住生活基本法にもとづく住生活基本計画が策定されることになりました。市場の役割がいっそう重視され、政府は主導的な立場から退きました。
企業は、地価の下落、従業員の年齢構成の変化、市場のグローバル化に対応するため、正社員の採用を絞り込み、非正規雇用を活用するようになります。正社員に対しても福利厚生の削減を進め、独身寮や社宅を廃止する企業が相次ぎました。
世帯にとって持ち家は、着実な職業生活と良好な家族関係の証しでした。ただし、わずかな知識や経験にもとづいて行動するしかない世帯は、住宅市場のなかでもっとも不利な立場に置かれています。長時間労働と引き換えにようやく手に入れた持ち家は、多くの地域で地価が下落し、中古住宅への評価も低いため、必ずしも安定した資産とは限りません。
そして、持ち家は、世帯の規模がもっとも大きくなるときの生活を想定しているため、縮小するときには過剰な空間を抱えます。住宅を持て余す人々が増える一方で、住まいを確保できない人々がいます。人と住宅の間にミスマッチが生じているのです。

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ちょうど10年前の平成19年、市場で不利な立場にある人々を民間の賃貸住宅で受け入れ、公営住宅を補完するという狙いのもと、住宅セーフティネット法が制定されました。この法律では、「居住支援」という新しい考え方が提起されましたが、必ずしも有効に機能してきたとは言えません。
雇用が不安定化し、家族の機能が弱まり、ライフコースが多様化するなかで、ますます人と住宅のミスマッチが広がっていくでしょう。これを食い止めるためには、行政の縦割りをこえて、さまざまな手段を用いながら、居住支援のための仕組みを充実させる必要があります。とくに重要なのは、公的な家賃補助や保証人制度のように、居住に関わるリスクを社会的に管理する仕組みです。

住宅は、私的な性質を強く帯びています。まず、住宅は人が帰るところです。会社の勤務時間には始まりと終わりがあります。病院には入院と退院があります。しかし、人は生きている限り住宅と関わり続けます。そして、住宅はプライベートな空間です。自由に選べること、他人から見えないこと、身を隠せる場所であることが、住宅の大事な条件です。さらに、住宅はプライドの源泉です。人は、住んでいる住宅によって自らの地位を誇示する半面、これを失うことによって大きなダメージを受けます。
住宅は、そもそも公的な制度になじまない性質をもっています。とりわけ、社会保障とは相いれないもののように見えます。一方で、人口が減少し、災害が多発する日本社会では、次第に住宅がもつ社会的な性質が顕在化しつつあります。住宅は、このような両面性をもつからこそ、社会保障にとって要の位置にあると言えるのです。社会保障は、住宅政策を組み込むことで、より柔軟で強じんなものとなるでしょう。

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