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「年中行事と神々」(視点・論点)

国立歴史民俗博物館 教授 小池 淳一

一月も半ばが過ぎようとしています。正月気分も抜けて日常の暮らしが軌道に乗り始めたという人も多いのではないでしょうか。そのなかで、改めてもう一回、小正月(こしょうがつ)と呼ばれるもう一つの正月がやってきます。
小正月とは正月一五日とその前後の期間を指します。正月一日とその前後に行われるさまざまな行事に対して、実は小正月にも年の替わり目を示す行事が多く行われてきました。民俗学の調査・研究によると、正月一日前後の大正月と匹敵するような新年の儀礼が小正月には数多く見られるのです。

それに加えて日本列島上の人々の暮らしを観察すると年の替わり目がいくつも存在していることに改めて気づかされます。十二月三十一日の大晦日からの正月が大正月(おおしょうがつ)であり、正月十五日前後、小正月も年の替わり目であるのに加えて、旧暦の節分から立春にかけての期間も年の替わり目に違いなく、また旧暦に基づいて、新年を祝う習慣も地域によっては根強く残っています。
そして日本の民俗文化にはこうした年の替わり目、境界の時間にさまざまな神々をまつる習慣が伝えられてきました。それらは生活の変化によって忘れられかけているものも多いのですが、地域における無形の文化財として保存・継承が図られているものも少なくありません。

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小正月の行事のなかで、最近、地域の行事として復活しているのが、火祭りです。これは地域によって、左義長(さぎちょう)とかドンド焼き、サイト焼きあるいは鳥追い、オンベ、また単純に篝火(かがりび)を焚くということからなまってカンガリなど、実にさまざまな呼び方があります。これらの行事は地域によって多少の違いはありますが、いずれも地域の子供たちが中心となって、正月のお飾りや書き初めを書いた紙などを持ち寄り、盛大に火を焚くものです。
注意したいのはこの時に道祖神とかサイノカミと呼ばれる道端の石で作られた神を祭るのだとして、小屋を作ったり、わざわざ道祖神の回りでやぐらを組んで火を焚いたりすることです。なかには道祖神そのものをわざと燃えさかる火の中に投じるという、一見すると極めて乱暴なことが行われる場合もありました。
これは、その理由として、道祖神が疫病神からその年に病気になる人の名を記した帳面を預かっているので、燃やしてしまうのだ、という愉快な説明をしたりしました。
つまりこうした小正月の火祭りは道祖神の祭りとしても意識されてきたのでした。考えてみると道祖神やサイノカミと呼ばれるこうした道端の神は、ふだんはきちんとした社(やしろ)に祭られるわけでもなく、はっきりとした御利益が知られているわけでもありません。ただ、季節の進行に合わせて、新しい年が始まる時期に、地域の人々によって急に行事の中心としてもてはやされるのです。このようにふだんのくらしのなかでは、はっきりとその存在を意識されない神霊を改めて意識するのが、正月という年中行事の重要な意味であったように思われます。

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また、有名な秋田県男鹿半島のナマハゲは、年の替わり目に恐ろしい鬼のような姿をしたものが訪れるという行事ですが、ナマハゲの正体は実は鬼ではなく、神霊に近い存在であることが知られています。興味深いのは日本の各地に、こうした年の替わり目に不思議な装束で人々を祝福したり、誡めたりする者が来訪するという行事が広く伝えられてきたことです。能登半島のアマメハギや三陸沿岸のスネカ、西日本ではホトホトとかトロヘイなどと言われるものがそれで、これらは民俗学上は「小正月の訪問者」と呼ばれ、村の若者や子どもなどが神やそれに近いものに扮装して、特定の道具を持って家々を訪ね歩き、新しい時間の訪れを示して、さらに人々への祝福を行う、という行事でした。
こうした不思議な存在は神に近いものと考えられ、それらの訪れそのものが新しい年を象徴するということができます。つまり、新しい年になるということはこうした神の訪れを信じることに他ならないのでした。
さらに十二月八日と二月八日という正月をはさんだ八日に行われる行事をかつては
コト八日と呼んでいました。東京都や神奈川県の丘陵地帯では、この日に恐ろしい一つ目小僧やミカワリ婆さんと呼ばれるものがやってくると言う言い伝えがありました。一つ目小僧やミカワリ婆さんは、履き物に印(しるし)、ハンコを押して、その年に病気になるものを決めるというので、この日の晩には履き物を家の中にしまったものだそうです。さらに囲炉裏ではグミという木を生のままで燃やしてわざと煙を出したりしました。一つ目小僧やミカワリ婆さんは、このグミの木の燃える匂いが嫌いなのだと言われていました。また目が一つしかないから、笊(ざる)や目籠(めかご)のような目のたくさんある物を棹などの先にかけておくと追い払うことができるなどとも言っていました。
現在では宅地化が進み、東京近郊でこのような言い伝えがあったことを記憶している人はほとんどいなくなってしまい、このような行事や伝承の存在は忘れられかけています。こうした言い伝えは、特定の日取りになると、神とも妖怪ともつかない不思議な存在が訪れるという感覚を表現したものと言えます。そして履き物をしまって、家の中で慎んだ時間を過ごすということから生まれた言い伝えといえるでしょう。
最近は化け物や妖怪がキャラクターなどとして人気ですが、本来、そうした存在は、神なのか、妖怪なのか、はっきりしないもので人々はそれを直接見ることもできず、ひたすら恐れるだけだったようです。
同じような神霊の訪れは節分の行事にも見出すことができます。現代では節分と言えば豆まきであり、鬼を追い払うものとされますが、年の替わり目だからこそ、鬼が登場するのではないでしょうか。そしてその鬼の本来の性格としては、ナマハゲが鬼に近い扮装をしていることや、コト八日にやってくる一つ目小僧やミカワリ婆さんが恐ろしい存在であったこととよく似た意味があるように思われます。節分の鬼は単なる悪者ではなかったのかもしれません。
このように考えていくと、年の替わり目の行事は古くから脈打ってきた感覚を蘇らせる可能性を持っているともいえるでしょう。日本の年中行事は単に神仏に御馳走を作って供えるというだけのものではなく、この世ではない別の世界から神やそれに類する存在を招き、丁寧にもてなした後に、再び他の世界へと送り出すという形式をとるものでした。こうした年中行事を積み重ねることによって、毎日の生活が潤いのあるものになっていたのです。

そのことを新年にあたって思い起こしてみたいものです。

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