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法政大学 教授 山本 浩

二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピックの競技場建設見直し問題に方向性が示されたものの、費用負担を巡る考え方の相違が表面化したまま年を越しました。▼本来なら、準備も幅広く進められる一年のはずですが、会場問題のニュースばかりが伝えられるのは、スポーツに関わる者にとっては少々やるせない気持です。
東京開催が決定してこの方、スポーツ界で頻繁に口にされてきたのが、二〇二〇年のレガシー 遺産をいかに残すかでした。ここまでの流れを見れば、それがハードウェア中心の思想で綴られてきたように思えてなりません。
今日は、レガシーをハードウェアから離れ、スポーツ指導者、特に学校での指導者をいかに育てるかという観点から考えてみたいと思います。

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日本は、二〇〇四年アテネ大会以来、比較的コンスタントに高い水準でオリンピックの成績を残し続けています。▼スポーツ基本計画や国立スポーツ科学センター、ナショナルトレーニングセンターの設置、それにスポーツ基本法の成立など、整備の進んだソフトやハードのシステムとともに、多くのスタッフが近代的な知識や装備を使いながらこの成績につないでいます。こうした流れの中心にいるのが選手と指導者です。
日本のスポーツの特徴は、そのスタートに学校教育が強く関わっていることです。クラブをベースに選手が育てられている国も少なくありませんが、日本では広い裾野が学校をベースに広がっているのです。しかし近年、ここにいくつかの課題が突き付けられるようになりました。一つは「暴力的指導」、もう一つが「指導者不足」や「練習中のケガ」の問題です。
去年一年間の競技力以外の学校スポーツに関わる報道を振り返ると、相変わらず多いのは「暴力的指導」のニュースです。こうしたやり方がいまだに横行している背景には、暴力を振るう指導者にまずは問題がありますが、別の要因も潜んでいるように思います。それは、指導者の評価が限定されたテーマに留まっていること。つまり、毎年のように、「勝つ」選手やチーム作りができるか否か。あるいは、「生活指導」に貢献できるか。「学校の一体感の醸成」に力となっているかといった点に集約されているからです。「勝利」「生活指導」「学校の一体感醸成」、いずれも大切なテーマですから、これはこれで進めていかなければなりません。一方で、スポーツが大好きな子どもをどんなに沢山育てても、大きな勝利がなければ、指導に当たる教員の評価につながりにくい現実があります。現在の教員の評価は、自分で設定した目標に対して自己評価をし、それを上司が判定する一年ごとのシステムがほとんどです。「何年かかけてオリンピック選手を育てた」「送り出した子どもが大きくなって立派な指導者になった」といった成果は、評価の対象になりにくいのです。 
勝利に向かって突き進むのには別の理由もありそうです。中学から高校へ、高校から大学へと向かう際に、スポーツの成績が進路に影響することがあります。競技成績をもとにした推薦入学やAO入試のシステムがそれを加速しています。この制度は、これまでに多くのオリンピアンや後に優れた指導者を生む手がかりになってきた歴史があります。受け入れる側も制度そのものの改善を図っていますが、送り出す側に対して、有名校、有力校への道を求めて、競技成績重視の、なりふり構わぬ態勢をとらせてはいないでしょうか。
中学でも高校でも、指導者が生徒を預かるのは基本的に三年間です。その間に好成績を残し続けるには、さまざまな問題に対処しなければなりません。優れた生徒の勧誘、短期間での育成、大きな大会での勝利、進路への関与。現実には不足しがちな時間を工面し、有償とはいえ長時間の指導でも数千円にしかならない手当を受けての活動。スポーツ指導に関わる教員の現状が厳しいことは、たびたび指摘されているところです。今では、外部指導者の必要性を国も限定的ながら認め、申請のある学校に対しては審査の末に、限度はありますが予算が付けられるようになっています。
スポーツで優れた成績を残す学校の中には、資金をつぎ込んで、必要なスタッフを抱えているところがあります。外国人コーチ、医師、理学療法士、アスレティックトレーナー、栄養士。現代の競技スポーツでは、さまざまな専門能力を備えた人たちがアスリートやチームを支えています。たとえばATといわれるアスレティックトレーナー。ATの資格を認定している日本体育協会では、その仕事を「競技者の健康管理、障害予防、スポーツ外傷・障害の救急処置やコンディショニングになどにあたる」としています。そんな資格を持ったATがそれぞれの学校を分担してでも教員のサポートにあたることができれば、子どもたちのスポーツ傷害が減り、ケガのためにスポーツを断念する子どもたちも少なくなる可能性があります。しかし、こうした態勢をどの学校にも求めることは現実的ではありません。学校の使える人件費にそうしたスタッフの費用は元来含まれていないからです。
学校の指導者が、限られた三年間で生徒を育てながら一年ごとに上げる成績は評価されるべきものです。一方で、成績にはつながらないが、優れたスポーツ指導を続けている教員も少なくないでしょう。スポーツに身を投じる上で誰もが大切にするのが、勝利とともに自らの成長であり、目標達成の確かな足取りであり、なお健康な生活につながるサイクルづくりです。
スポーツを大切にする生徒を育ててはいるが、抜きんでた競技成績を残さない指導者をどのように評価するのか。そのためには、競技成績だけに頼った評価とは異なる指標を加えていくことです。何がどうであれば評価の対象になるのか。優劣が付きにくいこうした指標の作成には時間がかかります。中学校のスポーツを統括する中体連や高校の高体連、大学生年代をまとめる学連といった組織が、大きな視点に立って協力し合うことも必要でしょうし、そこに関わる競技団体も乗り出していかなければなりません。
既にかなり前から、IOC国際オリンピック委員会は、オリンピックで実施される競技団体やオリンピックに参入を希望するスポーツを評価するため、「オリンピックプログラム委員会」の中で基準を定めてポイント化し、競技団体をランク付けする手立てを講じています。一方で、日本国内でも統括競技団体が傘下の団体を評価するシステムに手を付け始めています。それぞれが、スポーツの世界で必要とされる要素を見極めながら点数化することで、人気だけによらない、成績だけを唯一の視点としない、あるべき姿の物差しを作っているのです。
競技スポーツの価値を「勝つ」ことだけに集約しない世界観を作ることは可能なのでしょうか。競技スポーツの目標とする「勝つ」ことや、「記録の更新」を軽んじてはなりませんが、その途中経過をもっとじっくり捉える仕組みが求められる時代です。そのためには、「勝利」「記録更新」とともに、「ケガのない選手づくり」「長きにわたって楽しむスポーツ生活」「心も身体も成長した後の優れたパフォーマンス」を手にする選手を育てる力の評価も必要なのです。
スポーツの指導に関わる者の新たな評価基準を作ること。この先生がいたからスポーツが好きになったと答える子どもたちの声を消さないためにも、スポーツ教育の現場で奮闘する指導者の期待に応えること。
教育の世界で人を育てるあり方を見直し、いま手を付けることこそ、未来につないでいけるレガシーなのではないでしょうか。

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