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「キューバ フィデル・カストロが遺したもの」(視点・論点)

神奈川大学 名誉教授 後藤 政子

11月25日にキューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長が亡くなりました。90歳でした。この日は、ちょうど60年前に、革命の実現を目指してグランマ号というヨットに乗って、メキシコから出帆した日でした。

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カストロ政権につきましては、一般に「独裁」「人権侵害」あるいは「功罪相半ばする政権」「一つの時代の終わり」といった評価がなされていますが、固定観念を排して、この50年間を振り返ってみますと、むしろ逆の姿が浮かび上がってきます。

私は、カストロにとって、この半世紀は「アメリカの激しい干渉や、国際情勢の変動に翻弄されながら、革命の基本理念を守るために、七転八倒し続けてきた過程」だった、と思います。
いまだに豊かな社会が実現していないなど、さまざまな問題はありますが、これほど厳しい状況のもとで、革命の基本理念を維持してきたことは、「奇跡的」と言えるかもしれません。
その足跡を見つめていくことは、私たちがこれからの社会のあり方を考えていくうえでも大変、大事なことだと思っています。
カストロ前議長の遺体は火葬され、ハバナから、革命発祥の地、サンティアゴ・デ・クーバに移送され、サンタ・イフィヘニアという墓地に埋葬されました。

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ここには「キューバ独立の父」といわれるホセ・マルティも眠っています。マルティは16歳のときに「独立思想を持っている」という理由で投獄されてから、長い亡命生活を経て、1895年に第二次独立戦争の開始のため、キューバに上陸するのですが、このとき、「あなたは独立後に大切な人なのだから、陣地にとどまるように」という軍事総司令官の制止を、「それではキューバの人々は私を信用しない」と言って振り切り、病の体にむち打って、戦場に赴き、スペイン軍の銃弾に倒れました。
こうしたマルティの生きざまは、その独立理念とともに「キューバ精神」と言われ、ずっと国民に受け継がれてきました。カストロも「自分はマルティの弟子である」というほど、崇拝しており、革命後の政策も、また、その一挙手一投足も、マルティそのものでした。

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カストロのお墓は、こんな風になっています。マルティ廟(びょう)のすぐ横に建てたれたのですが、「Fidel」と、ファーストネームだけが記されていますね。国民は「Fidel, Fidel」と親しみを込めて呼んでいましたし、キューバでは、カストロは神格化されていません。
例えば、中学3年生の「キューバの歴史」の教科書をみますと、カストロは、歴史上のさまざまな先人の失敗の経験から学んで、最後に革命を成功に導いた人、として描かれています。
カストロも、「銅像などをつくらないように」、「通りに自分の名前をつけたりしないように」という、遺言を残していったと言われています。

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では、キューバ革命の基本理念とは何か、ということになりますが、それは、「すべての人々の自由と平等」と「助け合いの社会」ということです。しかし、すべての人々のためですが、「もっとも虐げられた人々の解放を最優先する」ということでもありました。この理念に沿って、革命後には、すべての国民に、等しく基本的生活が保障され、人種差別も性差別も完全に廃止されました。
これは平等主義体制と呼ばれています。
アメリカの干渉は革命直後から始まり、1961年には傭(よう)兵軍の侵攻事件も起きているのですが、カストロが「革命以来、最も深刻な危機」と言っていたのは、ソ連が解体したときでした。厳しい経済危機に見舞われ、食糧も、何もかも不足する状態だったのですが、このときカストロは「国民の犠牲によって経済危機を解決しない」として、当時、世界に広がっていた、新自由主義体制はとりませんでした。
これは完全な国際的孤立を意味します。
これに対し、アメリカは、経済危機を利用して一挙にカストロ政権を倒そうと、経済的締め付けを強化します。アメリカは1週間でカストロ政権は倒れるだろう、と言っていたのですが、キューバは第2の東欧となることなく、国民を統合し、一人の餓死者も出さずに経済を回復軌道に乗せました。
今、キューバでは、ラウル・カストロ政権のもとで、いわゆる経済自由化が進み、平等主義社会から福祉社会への転換がはかられています。実は、この転換の口火を切ったのは、フィデルでした。フィデル・カストロは2005年11月に、ハバナ大学で講演を行っています。この半年ほど後に、病いのため引退していますので、事実上の遺書と言えるものになりました。革命以来の過程を振り返り、心情を吐露したものでしたが、このとき、カストロは、
・「もはや、平等主義は取れない。
・未だに豊かな社会は実現できていない。
・不正が蔓(まん)延している。
・「革命は崩壊する」と言って、学生たちに、次のように訴えました。

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「私たちの最大の誤りは“社会主義とは何か”を知っていると考えたことだ。
マルクスの理論もレーニンの理論も
それぞれの時代的条件のもとで成立したものであり、普遍化できない。
今、ようやく、社会主義とは何かが見えてきた。
最も大切なのは“人間の命”だ。革命の思想の出発点は倫理にある。
私たち古い世代はいずれ去る。
これからの時代を担う新しい世代の諸君は
情報操作やカッコつきの情報にまどわされることなく、
鑑識眼と“知の力”をもって、歴史上見られなかった、
まったく新しい社会主義とはどのようなものかを追求してほしい」。

このようなカストロ像は、一般に広がっているカストロ政権に対する見方からしますと、なかなか想像できないかもしれませんが、カストロは「人間の命を大切にする社会体制」とは何かを、ようやくつかみ始めたところで、若い世代にキューバの将来を託して、去っていったことになります。その意味では、カストロにとって、キューバ革命は「未完の革命」だった、と言えます。
現在、キューバでは、40代、50代を中心とする指導部のもとで、「新しい社会主義体制」への転換が進められていますが、期待どおりに進むかどうかは、まだ不確定です。トランプ政権の成立による影響もありますが、最も大きな問題は、市場経済化が進むとともに、黒人の貧困層が増えるなど、革命の基本理念が綻び始めていることです。
カストロはキューバの若い世代に「人間の命を大切にする社会」の追求を訴えて去っていきました。いま、世界では「トランプ現象」が広がり、資本主義体制の歴史的転換期が指摘されています。カストロの残していった課題は、キューバの若者だけではなく、21世紀を生きる世界の人々の課題でもあるように思います。

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