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「日露首脳会談 成果と展望」(視点・論点)

法政大学 教授 下斗米 伸夫

この12月15-16日、山口と東京とで行われた安倍首相とプーチン大統領との日ロ首脳会談ですが、平和条約交渉の起点となった1956年の「日ソ共同宣言」からかぞえてちょうど60年目でもあります。

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人間でいえば還暦に当たる年、リセットの年ですが、「共同宣言」から本格的な平和条約へといたる軌道がはたして見えてきたのでしょうか。安倍首相は5月のソチ会談で「新しいアプローチ」というキーワードを出し、また経済での8項目提案を行って、事態の進展を図ってきました。とくに9月東方経済フォーラムではいっそう平和条約への期待を高めてきました。
もちろん交渉はジグザグがありますが、今回の12月会談の結果は、おおまかにいって以下のとおりまとめることができるでしょう。
第一に、北方領土の4島での「特別な制度」のもとで共同経済活動を開始することが確認されました。旧島民などの自由往来についてもこれを拡大することでも意見の一致を見ました。
第二に、今年5月ソチで安倍首相が出した8項目提案の履行に関する両国の共同委員会が動き出しました。この8項目は、都市、医療からエネルギーに至るまで、日ロがこれから平和条約の環境整備のために協力する委員会ができており、政府内には世耕大臣を中心とするロシア担当の官職が機能しだしました。今回は総額3000億の協力案件が予定されることになりました。
第三に、朝鮮半島、米中関係など、国際・アジアでの環境の変化を「二プラス二(外相、防衛相)」の枠内で協議する安全保障対話が進むことになります。
プーチン氏みずから「平和条約がないことは時代錯誤だ」と記者会見で言っていましたが、この会議の結果の評価をめぐっては意見が分かれています。タフなネゴシエーターであるプーチン氏が直前に、「ロシアには(日本のいう北方)領土問題はない、と日本メディアに語ったことも期待値を下げたのですが、この宣伝効果か、ほとんど進展がなかったという評価もあります。
私は、共同経済活動こそ平和条約につながる交渉の重要なポイントであり、ここで共同経済活動から共同のガバナンスによる共栄という「新しいアプロ―チ」が出てきたと評価しています。ようやく四島での人の交流から経済協力を経て、平和条約問題の解決へという道筋が出てきました。
これこそ、1956年の日ソ共同宣言が規定している「歯舞・色丹の引き渡し」と、日本側が要求してきた「北方領土=4島」要求という間をつなぐ「新しいアプローチ」の主眼だったといえます。プーチン氏も「平和条約への信頼醸成措置」という言い方をしました。
もっともこの「共同経済活動」それ自体は決して今回はじめてでた新しい問題ではありません。小渕内閣による1998年11月のモスクワ宣言でも共同経済委員会を作ることが決められてきています。しかしその後両国間で条件が合わなかった経緯があります。実施する法体系、主権問題で折り合いがつかなかったとも、それを行う意思が双方に足りなかったともいわれています。
この「共同経済活動」について、プーチン氏は11月のリマ会談において、ロシア側は基本的には自己の主権のもとでおこないたいが、そこにはいくつかの代案がありうることを認めていました。
一つ目の論点は、この共同経済活動の対象でした。どの島でやるのか、「一か、二か、三か、それとも四か」と大統領もいっていました。しかし今回の交渉で、4島で行うことがはっきりしました。これは4つの島を交渉の対象に求めてきた日本の要求に沿ったものであり、重要なポイントでしょう。
二つ目の論点は、一五日の記者会見で安倍首相が述べた「特別な制度の下」での活動という表現です。16日の報道発表では「国際約束」の下で、両国政府によってなされるとのことです。安倍首相も平和条約での相互の立場を害さないやり方で進めることで合意した、未来に向けた独創的な接近であるともいっています。日本外務省によればこれが「国際条約」といったものになるようです。
もしこのとおりですと日ロ両首脳は北方四島での「共同経済活動」についても、お互いの主権主張から離れ、「国際条約」的な枠組みを作り、そのもとで、この活動を行うことを約束したことを意味します。プーチン氏は四島での閉鎖した地域も開放するとも言っています。つまりは両国が関与する経済特区のようなものでしょうか。
他方、首相もマスコミとのインタビューで述べたように、56年共同宣言の解釈で対立は解けず、歯舞・色丹の「引き渡し」交渉は継続となりました。このように平和条約までは届かなかったものの国際条約に基づく共同経済活動が実現すれば、旧島民やビジネスマンの自由な往来と並んで膠着状態の領土交渉に風穴を開け、島での共存につながるわけです。

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一つの島でロシア人と共存し、自由経済活動することが、国境問題解決につながった例に、北極海にあるノルウェー領のスピッツベルゲン島があります。今はノルウェー国籍の住民が約3千人、ロシア国籍の住民が数百人暮らしています。彼らはこれを通じて2010年最終的な国境画定を成功させました。
北方領土での共同経済活動は、根室をはじめとした北海道にも効果が大きいのです。ビザなし交流や自由港を北海道にも作り、北方領土との物流を増やせば隣接地域が活性化することになるでしょう。当然元島民もまた北方領土に自由に往来でき、漁業や観光などが可能になるでしょう。
この共同経済活動の実現には日ロ両国が国際(約束)条約を結ぶ必要があります。両国が相手の立場を阻害しない形での共存共栄の制度を作る必要があります。この共同ガバナンス、プーチン氏が尊敬する嘉納治五郎風に言えば「自他共栄」に舵をきることが、未来に向かっていけるのではないでしょうか。
帰属の問題を決める前に人の自由往来、旧島民を含めた双方住民の立場を尊重する必要があります。プーチン氏は記者会見で領土をピンポンのようにやり取りすることはやめにしようといっています。四島の問題をこのような歴史的妥協で解決して平和条約にまで進むことができるとすれば、今回の成果は安定的な平和条約へのいいスタートというべきでしょう。 
もちろんまだ平和条約がいついかなる形態で締結可能となるかについての確定的なことは言えません。プーチン大統領が今年10月末のバルダイ会議で交渉に時期を区切ることはできないといっています。したがってまだしばらくは交渉をめぐるジグザグが続くでありましょうが、そこに成功の目が確実に動き出したことも確かです。
ロシアでは「静かに行けば遠くに行くことができる」という諺があります。つまり急がば回れ、領土の帰属の前に人の問題を先に解決する共同経済活動、ぜひ成功させ、平和条約につなげたいものです。

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