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「ユネスコの無形文化遺産」(視点・論点)

第8代ユネスコ事務局長 松浦 晃一郎

今年11月、ユネスコの無形文化遺産に日本の山・鉾・屋台を使う地方のお祭りが登録されることが決まり、大きなニュースとなりました。
今日は、この機会に、ユネスコの無形文化遺産条約の意味と意義についてお話したいと思います。

人類の文化遺産の中で大きな柱となっているのが人から人に継承される無形文化遺産です。
無形文化遺産とは日本の例で言えば、文楽・能楽や歌舞伎がその典型的なものですが、その保全をするための国際的な枠組みであるユネスコの無形文化遺産条約が成立したのが2003年。日本を含む30か国が批准して発効したのが2006年です。従って今年は無形文化遺産条約が発効して丁度10年目にあたります。その後、無形遺産条約参加国も急増し、現時点では171カ国に及んでいます。
ユネスコの文化遺産保全条約としてより長い歴史をもっているのが1972年に成立した世界遺産条約で、世界遺産条約に参加している国は192カ国です。この条約は文化遺産と自然遺産の双方を対象としており、文化遺産では歴史的な建造物や遺跡であり、つまり、不動産の文化遺産と言っていいと思います。無形文化遺産条約は世界遺産条約に40年以上遅れて成立したのですが、条約の参加国の数が短期間にこれだけ増えたことは無形文化遺産に対して世界各国が大きな関心を持っていること、さらには伝統的な芸能や儀式、社会的慣習が世界各国の文化遺産の中で大きな柱をなしていることを示していると言えます。

こうして、無形文化遺産を対象とする条約が不動産の文化遺産を対象とする条約と並んでユネスコの二大文化遺産保全事業に育ってきていることは私にとって大変嬉しいことです。と申しますのは、私が1999年11月にユネスコの事務局長に就任する前の1年間議長を務めた結果、世界遺産条約の良いところと同時に足りないところも非常に痛感するようになりました。最大の問題点は日本を初めとするアジアの国々では不動産の文化遺産と並んで重要な柱となっている無形文化遺産をカバーしていないという事でした。また、私が日本の外交官として勤務したことのある西アフリカでは、文化遺産の中核が伝統的な踊りや儀式という無形文化遺産でしたがこれも世界文化遺産の対象となりえません。そこで、私はユネスコの事務局長として無形文化遺産を対象とした新しい条約をつくることを提唱し、アジアやサハラ以南のアフリカの国々からは積極的な支持を得ましたが、西欧の国々からは猛反対を受けました。しかし、西欧の国々の方々と辛抱強く話をしているうちに少しずつ私の提案に理解を示す国もあらわれ最終的には2003年のユネスコ総会で無形文化遺産という新しい条約を圧倒的多数で採択することができました。ユネスコにとって歴史的な出来事でした。

さて、今年、11月下旬から12月の上旬にかけてエチオピアの首都アディスアベバで無形文化遺産の運用を担当する委員会が開催されました。この委員会は24カ国の代表からなっており毎年一回会合をし、無形文化遺産条約で各国の代表的な無形文化遺産を登録する代表リストに計上するものと消滅の危機に面しており緊急の支援を必要とする緊急リストに計上するものを決めるのが大きな役割となっています。

そしてここで、日本が提案していた山・鉾・屋台を使う地方のお祭りが33代表リストに登録されることが決まりました。この33の地方のお祭りは18の県にまたがっており、各地で自分たちの伝統的なお祭りがユネスコの無形文化遺産として認定されたということで大歓迎を受けました。このように地方の伝統的なお祭りがユネスコの無形文化遺産となることは日本がいま必要としている地方の活性化に大きく貢献することと思います。

改めて日本の世界無形文化遺産の一覧を見てみましょう。

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日本の無形文化遺産でいままで代表リストに登録されていたのは、能楽・文楽・歌舞伎を初めとして22件でした。しかし、その中で祇園祭と日立風流物が単独で登録されていたのが、今回、山・鉾・屋台を用いた地方のお祭りの中に吸収されることになるので、登録件数としては逆に1つ減り21件となります。しかし、ユネスコのリストに登録されている日本の無形文化遺産の内容が従来より遥かに内容の濃いものになったことは間違いありません。今まで登録されている無形文化遺産も日本の各地に根を下ろした伝統的なものが中心であり今回の33の地方のお祭りと同じように日本の各地の活性化に大いに貢献していると言えます。

今回までユネスコの代表リストに登録されている無形文化遺産は366件となります。第一位は中国、第二位は日本、第三位は韓国とアジアの国々が上位を占めています。不動産の文化遺産を対象とする世界遺産条約では伝統的にリストの上位を独占してきたのは西欧のイタリア・スペイン・フランス・ドイツ・イギリスの5カ国です。これらの国々では石の文化が中核を占めており、世界遺産条約が求めている「建設当時の原型を完全な形で維持している」という要件を満たすことが木の文化やサハラ以南のアフリカの土の文化の国々と比べて容易であるからと言えます。しかし、無形文化遺産条約の代表リストに登録されている件数は、これら西欧の国々では多くはありません
他方、アジアの国の文化遺産は不動産の文化遺産と無形文化遺産の二本柱となっています。その典型は、中国と日本です。無形文化遺産では中国はトップの国ですが、近年、不動産の文化遺産と並んで自然遺産を豊富に持つ中国が世界遺産でも着実に登録件数を伸ばし、現時点ではイタリアに次いで登録件数上二位になっています。次いで日本では、世界遺産は文化遺産16、自然遺産4併せて20で世界遺産条約参加国中、12位を占めています。これは私共日本人として非常に誇りに思って良い点です。

日本の今後の無形文化遺産のユネスコ代表リスト登録についてみると、既にこの次の候補案件となっているのは秋田県の男鹿のなまはげ、鹿児島県のこしきじまのトシドンなど、8件に渡る8つの地方のお祭りです。無形文化遺産条約参加国が急速に増えた結果として毎年各国から登録を目指した推薦案件の数が全体として増えている結果、ユネスコ事務局などの審査能力の限界を超えることになり、今まで登録案件の少ない国からの候補案件を優先することになり、その結果、既に登録件数の多い国々の推薦案件は二年に1回審査の対象にならざるをえない状況になっています。
従って、次の日本の候補案件が無形文化遺産委員会に上程されるのは2年後の2018年になります。その後も日本の書道文化、和服などの色々な日本の伝統的な文化遺産というべきものが多数候補案件として上がってきています。

現在、無形文化遺産参加国が171カ国と申し上げましたが、まだまだ西欧の国々の中にはドイツやイギリスのように重要な国がこの条約に参加していないのは残念です。
無形文化遺産条約が世界遺産条約のように文字通りグローバルな国際条約になるためにはこれらの国々にこの条約の意義をしっかり理解し参加するようになってもらいたいと思っています。

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