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「"仕掛け"の力」(視点・論点)

大阪大学 准教授 松村 真宏

今日は「仕掛学」という学問についてお話したいと思います。皆さんは「仕掛け」と聞くと、何を思い浮かべますか?マジシャンの常套句である「種も仕掛けもございません」の
仕掛けや、からくり人形の仕掛け、もしくは魚釣りの仕掛けを思い浮かべるかもしれませんが、仕掛学における「仕掛け」はそのどれとも違っています。
仕掛学では、人の行動を変化させる「きっかけ」になるものを「仕掛け」と呼んでいます。別の言い方をすると、仕掛けは「行動の選択肢を増やすもの」と言うこともできます。選択肢なので行動変容を強制するものではありません。
仕掛けに興味をもった人が、自ら進んで行動を変えたくなる、そのような仕掛けを研究対象にしています。

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例えば、こちらの写真をご覧ください。ゴミ箱の上にバスケットゴールが付いています。みなさんがこのゴミ箱に遭遇したら、どのようなことをしたくなりますか?ゴミでシュートをしたくはならないですか?普通のゴミ箱だとゴミを捨てたくはならないですが、バスケットゴールがついているだけで、ゴミを捨てたくなります。

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では次にこちらの写真をご覧ください。これは見ただけでは何をするものか分からないかもしれません。しかし、ライオンが大きく口を開けているので、つい手を入れたくはならないですか?実はこのライオンの口の中には自動消毒器が仕込まれていて、手を入れるとアルコール消毒液が手にかかるようになっています。
バスケットゴールのついたゴミ箱とライオン型消毒器を紹介しましたが、これらに共通する特徴が分かりますでしょうか。
まず、どちらも問題解決に貢献しています。バスケットゴールのついたゴミ箱は、
ゴミを捨てたくさせることによってゴミのポイ捨てを減らすことを狙っています。ライオン型消毒器は手を綺麗にすることで食中毒を防止することを狙っています。
つぎに、どちらも「つい行動したくなる」ようにできています。バスケットゴールを見たらシュートしたくなる、ライオンが口を開けていれば手を入れたくなる、このように、見ただけで行動したくなるようにできています。
「ゴミはゴミ箱に捨ててください」の張り紙や、「手を洗いましょう」の張り紙を見ても、素直にそうしようとはなかなか思わないものです。そういうときに、「ゴミでシュートしたくなる」「手を入れたくなる」そのような選択肢を用意してあげることで、自然と行動を促すことができるようになります。

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仕掛学では、仕掛けを満たす3つの要件を「FAD要件」として定義しています。
最初のFは、Fairness(公平性)です。これは、仕掛けによって、誰も不利益を被らないことです。誰かが損をするようなものは仕掛けとは呼びません。ゴミを捨てたり、手を綺麗にすることで損をする人はいないので、これらは公平性が満たされていると言えます。
二番目のAは、Attractiveness(誘引性)です。これは、行動を「いざなう」性質のことです。行動変容を強要するものではないことに注意してください。無理やり行動を変えさせるようなものは仕掛けとは呼びません。
三番目のDは、Duality of purpose(目的の二重性)です。これは、仕掛ける側の目的と、仕掛けられる側の目的が異なることです。バスケットゴールのついたゴミ箱の場合は、仕掛ける側の目的はゴミのポイ捨てを減らしたい、仕掛られる側の目的はゴミでシュートしたい、です。ライオン型消毒器の場合は、仕掛ける側の目的は食中毒を減らしたい、仕掛られる側の目的は口に手を入れたい、です。
このように、仕掛ける側と仕掛られる側の双方の目的が異なることを目的の二重性と呼んでいます。このとき、引き起こされる行動と解決したい問題の関係がいっけん無関係に見えるときほどうまい仕掛けになります。
仕掛学では、このような仕掛けの事例を集めて、そこから仕掛けの原理を解明することに取り組んでいます。

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この図は仕掛けの原理を表したものです。仕掛けは、物理的なトリガーと心理的なトリガーから成り立っています。また、それぞれの下にはさらに細かく要因がわかれています。
物理的なトリガーとは、知覚される物理的な特徴のことです。例えば、バスケットゴールやライオンといった、興味をひかれるものが物理的な特徴になります。
一方の心理的トリガーは、人の内面に生じる心理的な働きのことです。バスケットゴールを見るとシュートしたくなったり、ライオンの口を見ると好奇心から口に手を入れたくなるような心理的な働きのことです。
物理的トリガーは心理的トリガーを刺激する役割を果たし、両者が組み合わさって1つの仕掛けが成立します。
仕掛けは使い方によっては悪用することもできます。しかし、仕掛学では良い仕掛けのみを対象としています。では、良い仕掛けと悪い仕掛けを判別することはできるのでしょうか。
実は簡単に判別できます。仕掛けのタネ、つまり仕掛けの誘引性と目的の二重性を知られた時に「うまい、一本取られた!」と笑顔になるのがよい仕掛けで、「騙された」と思って不快な気分になるのが悪い仕掛けです。よい仕掛けは何度も使いたくなりますが、悪い仕掛けはもう使ってもらえません。
人の行動変容は仕掛けだけでは起こりません。

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「キュー」「反応」「評価」「アビリティ」「タイミング」の5つの要因が同時に満たされないと起こらないと言われています。
「キュー」は行動を思い出すキッカケのことです。日々の行動は習慣化されているので、何も考えずに行動しています。普段と異なる行動を「わざわざ」してもらうためには、そのことを思い出すキューが必要になります。毎朝トイレの後に体重を測ろうと思っていても、ずっと覚えておくことはできません。しかし、トイレのすぐ前に体重計を置いておくと、トイレから出た時に体重計が目に入るので思い出すことができます。この場合、体重計がキューになっています。
「反応」は思い出した行動に対してもっている印象のことです。もし楽しくない、難しい、といったネガティブな印象をもっていたら、その段階で行動を変えるという選択肢は消えてしまいます。
「評価」は行動を起こすことに伴うメリットとデメリットを比較することです。テレビを見ているときにランニングに行くことを思い出したとすると、テレビを見ることと
ランニングに行くことを天秤にかけて、もしテレビを見たい方が勝ってしまったらランニングには行かなくなります。
「アビリティ」は行動が実行できることです。ランニングに行くことを思い出したとしても、ランニングシューズを持っていなかったり、走るコースを決めていなければ、ランニングに行くことはできません。
「タイミング」は今すぐ行動を起こす理由があるかどうかです。テレビが終わってからランニングに行こう、と後回しにしていては、いつまでたっても行動は起きません。
これら5つの要因が同時に満たされないと行動変容は起こりませんが、仕掛けはこの中で「キュー」にすぎません。仕掛け作りは、設置する場所や対象者の状況も考慮する、総合的な取り組みになります。
もし身の回りでなにか問題を見つけたら、ぜひ仕掛けで解決できないか考えてみて下さい。

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