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「江戸の経済官僚」(視点・論点)

東京工業大学 教授 山室 恭子

みなさまは江戸時代の武士というと、どんなイメージをお持ちでしょうか。
いばってた!そうですよね。士農工商のてっぺん、お侍さんと持ち上げられて刀を差してそっくりかえってる。そんなイメージをほとんどの方がお持ちでしょう。
でも、違うんです。江戸も中ごろまで来ると、もはや合戦は遠い遠い昔話、すっかり平和な時代になって、刀を差していたって、全然いばれる理由になりません。
合戦では、もはや活躍できない。さあ困った。どうしようか。どうやって、この太平の世で自分たちの存在価値を認めてもらおうか。
けっこう、つらいですよね。昔は必要とされたけど、今は社会のお荷物なんて。それこそ武士のプライドが許しません。

そんな江戸時代の武士たちが選んだのが、官僚=お役人としての道でした。大転身です。農民や商人や職人や芸能者や、あまたの人々で構成される社会を円滑に運営してゆくために、利害を調整し、もめごとを仲裁し、大きな土木事業を起こし、公共の仕事を一手に取り仕切ってゆく。成熟してゆく社会にどうしても必要な官僚さんになったのです。
侍から官僚への、あざやかなジョブ・チェンジ。わけても江戸の町を統治した官僚さんたちの活躍ぶりは目ざましいものがあります。
何より、彼らが立派なのは「いばらない」ことでした。
「気受け」という言葉をご存知でしょうか。今ではほとんど使われませんけれど、江戸の官僚さんたちが、いちばん心にかけていた言葉です。「気受け」とは世間の評判、世論のこと、自分たちが考えに考えて実施した政策を民びとたちがどう受けとめ、どんなふうに噂しているか。そのことを、官僚さんたちはとても気にしていました。隠密廻(まわ)りという町の噂を聞いてまわる専門職まで置いて、政治に対する人びとの評判をいっしょうけんめい集めています。今の政治家さんが、支持率とかテレビ映りを気にされるのと、ちょっと似てますね。
でも別に選挙で選ばれるわけでなし、武士としてふんぞりかえっていても良さそうなのに、どうして江戸の官僚さんたちは、そんなにも世間の評判を気にかけたのでしょう。
政治を預かっている、という意識が強かったんだと考えられます。自分たちが携わっているのは神聖なるご公儀の仕事であり、ゆめゆめ上様のご政道に誤りがあってはならない。そうした強い意識がありました。民の声は天の声、どんなに考え抜いた政策であっても、民びとの気持ちが付いてこなければ上様のご政道に傷が付いてしまいます。だから、政策を打ったあと、それを民びとがどう受けとめるか、「気受け」=巷での評判に真っ先に耳を澄ませました。
「どうにも気受けが悪いよなあ」と反省して、いったん出した法律を引っ込めてしまうことだって、ありました。政策の影響を受ける庶民たちの声に真剣に耳を傾け、まずいぞと判断したら、思い切りよく撤回する。江戸の官僚さん、謙虚でいなせでステキです。
そんな官僚さんたちが力を入れて取り組んでいたことのひとつに、デフレ対策がありました。デフレ、あの時代には「金銀不融通(きんぎんふゆうずう)」と申しました。金銀小判が不融通、つまり融通=流通しなくなってしまう、世の中にお金が回らなくなってしまう、ということです。
江戸時代には銀行がありません。儲けたお金を銀行に預けて、それを別の商人が借りて投資するという仕組みになっていません。そうすると、商人のもとにどんどん金銀小判が貯め込まれて、逆に世の中で動いているお金の量がどんどん減ってしまいます。それが金銀不融通です。
商売をしている商人たちは、どうしたって手元に小判を抱え込んで安心したいですから、小判がどんどんしまいこまれてしまう動きは止めようがありません。さあ困った。
みなさまが官僚さんなら、どうされますか?ご公儀の命令じゃーと家宅捜索でもして商人どもにムリヤリ小判を差し出させますか?そんな無茶をしたら「気受け」が台無しになってしまいます。
江戸の官僚さんたちが出した答えは、貨幣改鋳でした。
貨幣改鋳と言うと、金の含有量の高い小判から低い小判へと小判の質を落として、そのぶん幕府の赤字財政を補填した、幕府は手前勝手でけしからんなんて通説では言われています。
ここは官僚さんたちの名誉のために声を大にして言いたい。そんな手前勝手な赤字補填策では決してありません。小判の質を落としたのは確かですが、質を落とせば小判の価値は下がります。たとえば今まで小判5枚、5両で買えた着物が貨幣改鋳のあとは小判6枚出さないと買えなくなる。これでは幕府はちっとも得をしません。貨幣改鋳は幕府が得をするための政策ではないのです。
貨幣改鋳のほんとうの目的は、それぞれの貨幣に有効期限を設定することにありました。新しい貨幣に切り替えるから、古い貨幣はさっさと使うか、それとも新しい貨幣と交換しないと、いくら貯め込んでいても無効になってしまうよ、とお触れを出します。
無効になったら、たいへんだ、と商人たちは貯め込んだ小判を使います。もちろん、新しい小判に引き換えてすぐまたしまい込んでしまったら金銀不融通は解決しません。でも、大商人たちもお役人同様、気受け、世の評判を気にします。あそこの店は何万両も貯め込んでけちなことじゃ、と噂されるのを嫌って新しい事業に投資したりします。それが貨幣改鋳の狙いでした。江戸時代を通じて10回もおこなっています。
その貨幣改鋳で目立つのが小額貨幣の大量発行です。二分金(にぶきん)、二朱金、と1両の半分とか8分の1の価値しかない小額貨幣を大量にリリースしています。お財布のなかに1万円札があるとたいせつにするけれど、500円玉が20枚あったら、ほいほい気軽に使ってしまいますよね。そんな効果を狙ったんです。
これはかなりうまくいきました。旧貨幣から新貨幣への引き換え率が小判の場合は70パーセント程度しかないのですが、小額貨幣になると95パーセントまでアップします。やったぜ、お金が回り出したぜ。狙い通りの効果が上がったお役人さん、さぞうれしかったことと想像します。
がんばってたんだなあ、と尊敬の思いが湧いてきます。江戸の経済官僚さんたちが直面していたのは貨幣経済という、日本が初めて経験する新しい世界です。お手本があるわけではない、全く未知の世界のお金の動き、物価の動きといった得体の知れない怪物を相手に戦わなければなりません。
それでも彼らはひるまず、まい進しました。日夜精励して、どうしたら世の金銀不融通を解消することができるか、大真面目に議論した史料がいっぱい残っています。当節話題にのぼるような賄賂とか利益誘導といった政治の腐敗とほぼ無縁、清廉潔白でまじめにいっしょうけんめい仕事をしています。武士から官僚へ、ジョブ・チェンジしても侍としての気概は脈々と引き継がれていたのです。
今日は江戸の経済官僚、ちょっと胸を張りたくなる私たちの御先祖さまのお話でした。

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