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「夏目漱石『こころ』と日本の近代」(視点・論点)

早稲田大学教育学部 教授 石原千秋

今年は漱石没後百年で来年は漱石生誕百五十年と、漱石記念イヤーが二年続きます。
今日は漱石の『こころ』がなぜいまも読み続けられるのか、その条件についてお話ししてみます。これは近代文学とは何かというテーマと通じるところがあるからです。
 近代文学の主人公には二つのタイプがあります。一つは「ある領域から別のある領域へ移動する人物」で、これを「物語的主人公」と呼んでおきます。NHKの「連続テレビ小説」の主人公はまさに「少女から女へと移動する人物」この場合は「成長」の事です。
 もう一つは「何かについて考える人物」です。これを「小説的主人公」と呼んでおきます。この「小説的主人公」がいわゆる純文学を支えてきました。漱石も「自分と女性との関係について考える人物」を繰り返し書いています。そこで、「小説的主人公」がこのような性格を持つための条件についてお話ししようと思います。

話は進化論からはじまります。明治の初期、日本に進化論が大変な勢いで入って来ると面白いことが起きました。生物に雄・雌があるならば人間にも男・女があるではないか。日本の男性知識人はそう気づきました。それまで男性知識人は、極端に言えば女性を自分と同じ人間だとは思っていませんでしたから、これは「両性問題」という大問題となったのです。「両性問題」の「両性」とは、両方の、つまり二つの性ということです。
たとえば、明治三七年に刊行された『男女之研究』では「男子と女子とは本来絶対相異なるものにあらで、等しくこれ人類なり」と強調しています。当たり前のことを書いているのですが、こういうことを強調するのは、まだ女性を男性と同じ「人類」だとは思っていない読者を想定しているからです。近代文学は資本主義の申し子ですから、常にフロンティア、すなわち未知の領域を必要とします。「両性問題」の発見によって、近代文学は女性という名のフロンティアを手にしたのです。
女性という名のフロンティアは、明治三〇年代になると二つの文学ジャンルを生み出しました。一つは家庭小説です。一家の主(あるじ)が家族と一家団欒の時間を過ごすこと自体が新しい体験でした。「スイートホーム」はこの時期の流行語となりました。
もう一つは女学生小説です。男性知識人は、高等女学校に通う教育を受けた女性が身近にいる日常をはじめて経験しました。そうした女性と交際したい気持ちは強かったのですが、その方法もわからず、女性は「謎」の存在でした。
そこで、明治三〇年代頃から『婦人の心理』というような、女性に関する本が数多く刊行されました。明治三四年に刊行された『婦人の側面』には、「女は到底一箇のミステリーなり、其れいずれの方面より見るも女は矛盾の動物なり」という一節があります。男性知識人は、女性は統一的な自我を持つ存在とは認識していなかったのです。
漱石文学をよく読んでいれば、「矛盾」という言葉に思い当たるはずです。『三四郎』の主人公である小川三四郎が、上京して同郷の先輩の野々宮宗八を東京帝国大学の研究室に訪ねたあと、池の端にしゃがんでいる場面です。里見美禰子が三四郎の前を不思議な動作をしながら通り過ぎると、三四郎は一言「矛盾だ」とつぶやきます。三四郎は「この女性がわからない」と言っているのです。三四郎が口にした「矛盾だ」という言葉は、当時の男性知識人に共通する女性の見方でした。文学がこの「謎」を見逃すはずはありません。こうして、「女性の謎」が近代文文学の新たなフロンティアとなりました。
漱石が入社した時期の朝日新聞は、マーケットを下町の商人層から、現在の中間層の原型となった、山の手の新興エリート層にシフトチェンジしようとしていました。この山の手の読者にふさわしい小説家として、夏目漱石を専属作家として迎えたのです。漱石が山の手のエリート読者に向けて山の手を舞台とした小説を書き続けた理由はここにあります。
明治四〇年頃の東京は、あまり適切な言い方ではないかもしれませんが、「高級な文化」が花開く時期でした。それは、ある一定のエリアに四つの条件が揃ったからです。第一は資本が集中することです。第二は知識人が集まることです。第三は知識人の生み出した文化を享受できる教育を受けた中間層が生まれることです。第四はあり余る時間です。そこで、この時代に近代文学が一気に開花したのです。夏目漱石のデビューはこの時期ですから、とても幸運だったと言っていいでしょう。
漱石文学のヒロインの多くは、明治三〇年代に、おそらくはミッション系の高等女学校を卒業しているようです。漱石が明治三〇年代の家庭小説と女学生小説の大流行を意識しながら、それらを超えたポスト=家庭小説、ポスト=女学生小説を書くことができたのは、以上のような条件が整っていたからです。

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漱石は山の手の文学を「女性の謎」、すなわち「心」の問題としてテーマ化しました。漱石文学の男性知識人たちは、当時として最高の教育を受けたがために「自己とは何か」という、答えのでない問いに悩まされ続けます。
この不安定な自我に安定した存在理由を与えてくれるのは「他ならぬこの私だけを愛する女性の存在」ですが、男性知識人は「女性の謎」に悩み続けるしかありませんでした。
 『こころ』と同時代に刊行された『きむすめ論』には、次のような一節があります。

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「知り得たるが如くにして不可解なる者は処女の心理作用である
(ここで言う「処女」は「未婚の女性」という意味ですが)
言はんと欲する能く言はざるものは処女の言語である、問へども晰かに語らざる者は処女の態度である、知って而して知らずと謂ふものは処女である、想ふて而して語らざるものは処女の特性である、不言の中に多種多様の意味を語るものは処女の長所である」。
これでは女性は「謎の存在」になるしかありません。
漱石は「女性の謎」を書き続けた作家です。『こころ』も例外ではありません。「先生」が、あれほど静との結婚に逡巡するのは、叔父に裏切られて人間不信に陥ったからという理由からだけではありません。女性という存在それ自体が、決して解くことができない「謎」だったからです。だから、「先生」の自我も安定しませんでした。それが、「先生」が言う「私だけの経験」の内実でした。「先生」こそは、「自分と女性との関係について考え続ける小説的主人公」の原型だったわけです。
言うまでもなく、「女性の謎」とは「心」の問題です。しかも、『こころ』の「先生」は「思想」は「固有の経験」から生まれるものだと言います。ここには「人は誰でも一生に一篇は小説を書くことができる」という近代的な小説観の起源があります。すなわち、『こころ』によって、近代文学は「個人に固有の経験と内面」という無限のフロンティアを手にしたことになります。
したがって、個人主義が尊重され、こうした小説観が生きている限り、『こころ』は近代文学の頂点に君臨し続けるでしょう。

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