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「同一労働同一賃金をどう実現するか」(視点・論点)

日本総合研究所調査部長 山田 久

政府は「働き方改革」を重要課題に掲げ、その柱の一つとして「同一労働同一賃金の実現」を位置づけています。その意味するところは「同じような仕事であれば同等の賃金を支払うべき」というルールです。当たり前のことのようにも思えますが、わが国では成り立っていないのです。典型的には、正社員とパートなどいわゆる非正規労働者との間に大きな賃金格差があることを指摘できます。

この非正規労働者の処遇改善こそ、政府が具体的に意図しているところです。
では、なぜ、わが国では同一労働同一賃金が成り立たず、正規・非正規の処遇格差が大きいのでしょうか。わが国の雇用慣行のあり方に原因を求めることができます。正社員は長く勤めることが前提で、様々な仕事を経験して、その企業の「会社人」として成長していくものと想定されてきました。このため、正社員の評価や賃金は、その時々の仕事の価値よりも、長期的視点での総合的な能力によって決められます。一方、非正規はあくまで一時雇用で、補助的な業務を行うにすぎないとの考え方がとられてきました。賃金も今就いている仕事の価値で決められます。
つまり、正規・非正規間でそもそも賃金決定の仕組みが異なっていたわけです。そのもとで、かつては、仕事がオーバーラップすることは少なく、格差が問題になることは余りありませんでした。しかし、90年代に入って、急速に非正規雇用比率が上昇。正規・非正規で同じような仕事をすることが増えてきました。この結果、当然格差が意識され、問題が生じるようになったのです。しかも、自らの給与を主な収入源とする、非正規の世帯主が増え、処遇改善が大きな社会問題となってきています。
そうした状況で注目されたのが、同一労働同一賃金のコンセプトでした。

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これは、欧米諸国で一般的な考え方で、とりわけヨーロッパでは、同一労働であれば、時間当たり賃金を同じにするルールが確立しています。この結果、時間当たりの、パート賃金の正社員に対する割合をみると、日本では6割に満たないのに対し、主要ヨーロッパ諸国では多くが8割程度にのぼっています。
ここで、ヨーロッパで、異なる就業形態の間での賃金格差が小さいのは、仕事がまずありきで、その仕事によって賃金が決まるという考え方があるからです。加えて、労働組合が、わが国のような企業別ではなく、職種別や産業別に作られており、労働組合が結んだ協約が、同じ職種や産業の非組合員にも適用されるというルールが広く普及しています。
このように、わが国とヨーロッパでは賃金の決まり方が大きく異なっており、ヨーロッパで一般的なルールを、そのままわが国で適用するのは困難です。そこで政府も、わが国の雇用慣行には十分に留意しつつ、ガイドラインの策定などを通じ、不合理な待遇差として是正すべきものを明らかにするとしています。実は、ヨーロッパにおける正規・非正規間の処遇格差は、客観的な理由があれば認められています。勤続期間、学歴、職業資格など、様々な要素が考慮され、柔軟なルール適応が行われているのです。こうした点も踏まえ、具体的なガイドラインの策定にあたっては、広く労使の考えを聞き、格差是正の方向づけをしつつも、現実を踏まえたきめ細かいものとすることが重要です。
加えて、同一労働・同一賃金への取り組みが進めば、ヨーロッパのように、中高年正社員の賃金が伸びなくなることが予想されます。この場合、子供の養育費や住居費など、中高年に求められる基礎的な生活費が、わが国ではヨーロッパに比べて高いだけに、私的負担を軽減する政策が求められることになるでしょう。
個々の企業としては、人手不足のもとで全ての従業員の能力を引き出すべく、正規・非正規を問わず、処遇制度を見直す良い機会とする発想が重要でしょう。具体的には、①非正規労働者の人事・評価制度を正社員との整合性を考えて整備する、②仕事の実態をみて負担・責任とのバランスをとった形で、賃金以外も含めた総合的な処遇を考える、③もし正社員処遇を引き下げざるを得ないときは、十分な経過措置や補償措置を講じる、この3点がポイントになると思われます。

いずれにせよ、政府が正規・非正規の処遇格差の是正に向けて「同一労働同一賃金の実現」に乗り出したことは評価してよいと思われます。しかし、それは正規・非正規の格差是正への入り口に過ぎません。なぜならば、「同一労働同一賃金」はいま就いている処遇の差を縮めるに過ぎず、職業人生を通じたキャリア開発という観点からすれば、格差を是正する保証は無いと言えるからです。非正規の仕事は一時雇用が前提であるために、求められるスキルが低い傾向があり、同一労働同一賃金が実現しても処遇は低くなりがちです。

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わが国では、非正規が正規に転換することが容易でなく、その割合は2割程度にとどまります。結果として、能力形成が十分行われず、生涯所得も低いものになる可能性が高い状況にあるのです。これに対して、ヨーロッパでは、一時雇用者が正規社員に転換する割合は、多くの国で5割を超え、非正規雇用は正規雇用への入り口として位置付けられている面があります。わが国でも、同一労働同一賃金の実現と並行して、非正規の正規化を促すことが重要です。
政府も対応を採り始めているのですが、対応は十分ではありません。有期雇用契約者が、同じ企業で通算5年を超えて働いた場合、本人が希望すれば無期雇用契約に転換できる制度が設けられました。しかし、企業に一方的に法律で強要しても、経済的な合理性がなければ副作用が生じます。5年に満たない段階で雇止めが行われる可能性があります。その他、企業は正社員としての新卒採用を絞るようになるかもしれません。

こうした問題をクリアするには、正社員のあり方を見直すことが不可欠です。その点でもヨーロッパが参考になります。ヨーロッパの正社員は職種を決めて企業に雇われるのが基本であり、わが国よりも転職・再就職がしやすい状況です。このため、キャリア形成は企業任せでなく、自ら主体的に行い、やりたい仕事や生活とのバランスを考えて、企業を移ることも例外ではありません。ここで重要なのは、ヨーロッパでは、政府および労使が協力して実践的な職業能力資格を整備し、企業のニーズを十分に組み入れた高等職業教育制度が設けられていることです。さらに北欧では、労使が国家レベルで合意して非営利の支援組織を設け、企業を跨ぐ形で労働者の移動をきめ細かくサポートする仕組みも整備されています。こうした結果、ヨーロッパでは比較的活発に労働移動が行われ、正社員の欠員が生じて、非正規を正規化できる余地が生まれる形になっています。
つまり、わが国の正社員のあり方を、安心して転職・再就職ができる環境を整えたうえで、ヨーロッパのように、職種を自ら選択できるようにしていけば、企業が非正規の正規化を行う余地が高まると期待できます。というよりも、生活とのバランスや個人のキャリア形成の観点からすれば、そもそも滅私奉公的な日本型正社員の働き方を見直し、ヨーロッパ型の職種を選べる働き方が求められると言えます。その結果、正社員の働き方がヨーロッパ型に近づけば、同一労働同一賃金を適用しやすくなるという効果も期待できます。

以上のようにみれば、同一労働同一賃金を、処遇の在り方にとどまらず、雇用の在り方を見直していくきっかけとすることが重要といえましょう。それにより、正規・非正規格差の是正とともに、暮らし方の選択肢を広げる正社員の働き方改革にもつなげるという視点こそ、いま求められています。

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