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「スマホを休もう」(視点・論点)

作家 藤原 智美

今年の夏、都内のとある街角でスマートフォン、スマホですね、これを手にした人たちがいっぱい集まっているのを見ました。びっくりしました。子どもから大人まで見知らぬ者同士が無言で群れになっている。群衆化しているんです。ほんとにびっくりする光景でした。これがスマホ用ゲーム「ポケモンGO」なんですね。ポケモンGOというのは、日本では7月22日にスタートして、アメリカは、その約2週間前に公開になっていた。しかしアメリカでは、日本で公開した時には既にピークを過ぎていたという話があります。8月中旬には早くも熱心なユーザー、アクティブユーザーがピークの3分に2に減っていたといいます。

 日本でも同じです、あれだけ評判になったのに、今あまりポケモンGOを話題にする人がいません。ブームは去ってしまったのでしょうか。このように一瞬にして燃え上がってたちまち消えてしまう、これはゲームだけの特徴ではなくてスマホ全体の特徴の1つかもしれません。SNS、これでメッセージのやり取りを私たちはやるわけですが、瞬時にいっぱい行き交う、しかしその1つ1つはすぐに忘れられてしまう、消えてしまう。またスマホ上で色々な物事が起こる。急展開し、そして終わるということもあります。待つ間もなく新たな、また状況が生まれる。だから一時も目が離せない、こういうことになるのでしょう。

 知り合いのある文筆家の女性は、スマホを手にしない時でもスマホにとらわれていると言っていました。街を歩いていても何か目にすると、「これはスマホのネットにアップできないか」と考えてしまう、そういうものを探してしまう。食事に行くと食事に行ったで、料理を味わう前に料理の写真を撮ってアップしようかと考える。そればかり考えている。そういう自分に気づいてびっくりしたということです。中には、日常の行動がスマホのネットにアップするための材料に費やされている、そういう人もいます。スマホを使っているつもりでもスマホに使われてしまう、スマホに心をわしづかみにされている、そんな感じです。

 僕は、スマホというのは人間から1つのものを奪っていく存在だと思っているんですね。それは何か、自分一人の時間です。ただボーっとする、とりとめのないことを考える、あるいは深く内省する、こういう時間、これがスマホ時代の現代にあって人からどんどん失われているのではないか、そんな気がします。かつて私が若い頃、30年、40年前なのですが、ジャズやロックが大音量で鳴っていた喫茶店によく入り浸っていました。一人で行きます。その時に何をするかというと、本を読んだり、色んなことを、とりとめのないことを考えたり、そしてある考えがひらめいた時にそれをメモしたりする。そういう時間ですね、一見無為に思える時間なのですが、店の外に出るとなぜか非常に充実感があるんですね。びっくりするぐらい清々しい感じがする。この感覚を思い出して、最近、3日間ネットを一切使わない、スマホ、携帯を使わない、“スマホ休み”の時間を作っています。月に1回なんですけれども、金曜の夜から月曜の朝まで3日間、これを“スマホ休み”の時間に充てています。

 会社勤めの人でも、この週末ですと頑張ればそれができるのではないかと思うんですね。何しろそれをやると色々なアイデアが浮かんできて、気分もゆったりゆっくりになる。そして月曜日にはリフレッシュされているんですね。30年、40年前の私が喫茶店に入った時と同じ感覚、あれが戻ってきます。木村伊兵衛賞を受賞した写真家で下薗詠子さんという方がいらっしゃいます。

 この人に話を聞いた時に面白いことがありました。彼女は、ある時期、写真表現の突破口がなかなか見つからない、アイデアが浮かばない、そういうことがあったそうです。それで散歩でもしてみようということで、それまでやったことのない散歩を、スマホを置いてやったそうなんですね。ダラダラとあてどもなく散歩しながらとりとめのないことを考えている。そうすると不思議なことに色々なアイデアがどんどん浮かんできたというんですね。スマホを見ながら、色々な写真を見てヒントにならないか、あるいは雑誌を見ながらヒントにならないかと考えていた時には、なかなかそういうものが浮かばなかったのに、スマホなしの散歩で突然そういったものが浮かんでくる。今では、やめられないそうです。
 また、先程紹介した文筆家の女性、若い時代、学生時代ですね、携帯さえつながらない島にアルバイトに行ったそうです。そして、その頃は、彼女は携帯のヘビーユーザーでした。じゃあ、仕事が終わった時、ない時、何をやっていたか、しかたなくノートに自分で文章を書いていたそうです。ただただ言葉を連ねていったのですが、そのうち止まらなくなったそうなんです。気がつくとノートいっぱい、余白がまったくないぐらいに全部言葉で埋まっていた。これぐらい自分の言葉があったのかとびっくりする思いだったそうです。それで彼女は文筆業に進んだということです。先程あるゲームをやっている、ポケモンGOをやっている人たちが群れに見えたと僕は言いました。しかし群れであっても一人一人、人間です。個人があります。その個人というのは、それぞれが異なった暮らしを営み、異なった生活環境にある。そして異なった人間関係を持っている。それぞれが違った課題に取り組んでいたり、あるいは、まったく異なる問題を抱えていたりするのです。人それぞれ別々です。だからこそ、その人独自の言葉、スマホに頼らない、その人の中から自力で生み出されてくる感覚やイメージが大切なのだと思うんですね。

 朝起きてすぐスマホを開く人、片時もSNSのことが気になって、食事の時もスマホから目が離せない、そういう人。スマホを歩きながらやっていて思わず人とぶつかってしまったなんて経験がある人、気がつくとスマホの画面を見ている、そんな人がいます。そういう人は、まずスマホを少しだけ休んで、どうか3日間“スマホ断食”を試してみてください。

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