NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「難民の子どもたちに何ができるか」(視点・論点)

NGO難民を助ける会理事長 長 有紀枝

9月、ニューヨークで国連や、各国首脳らによる難民・移民に関するサミットが開催されました。これにあわせ、UNICEF・国連児童基金は「ふるさとを奪われたこどもたち」と題した報告書を発表しました。
この報告書によれば、昨年、紛争などで家を追われた子どもは、世界で2800万人に達したといいます。2015年に、UNHCR・国連難民高等弁務官事務所の保護を受けた、子どもの難民のうち約45%が、シリアとアフガニスタンの出身でした。
また、貧困などから抜け出すため、移民として外国に渡った子どもたちも含めると、住む家を離れた子どもは、あわせて5000万人近くに上っています。
こうした子供たちに、いま、私たちは何ができるでしょうか。あるいは何をすべきでしょうか。

私が理事長を務めている、国際協力NGO「難民を助ける会・AAR Japanでは、シリア難民や国内避難民支援を通じて、目の当たりにした、シリアの子供たちの窮状を知っていただくために、また遠く離れた日本の私たちに、何ができるのかを考えるため、この夏、絵本を出版しました。
実際に私たちが出会った子どもたちがモデルです。
シリア国内には、国外に逃げることもできずに、国内避難民として留まる子供たちが大勢います。トルコやヨルダンなど、隣の国で、難民として暮らす子どもたちもいます。そして、家族とともに、海を越え、ドイツなど欧州へ難民として渡る子供たちもいます。絵本では、実在するひとりの子供を主人公にするのではなく、こうした一人ひとり異なる背景をもつシリアの子供たちを描きました。
国境を越えて避難する途中で地雷を踏み、一緒にいた兄と、両足を失った13歳の少年は、灰色の冷たいコンクリートに囲まれた薄暗い倉庫で、下半身だけを毛布で覆って、横たわっていました。
事故から25日間、ショックから食事をとろうとせず、また身動きすることすらしなかったといいます。

s161021_1.png

アレッポで爆撃により右足を失った5歳の女の子は、同じ爆撃で、2歳だった弟を亡くしました。彼女は、足を失っても、それが何を意味するかわからない様子で、難民として暮らす狭い部屋の中を、残った片足で、ぴょんぴょん飛びながら移動していました。
何か月もじゃがいもしか食べるもののない子がいました。

s161021_2.png

私たちが支援したリンゴを「3年ぶり」と大喜びで口にした子供たちもいました。
また、トルコの国境地帯には、脳しゅようを患い、失明したイラク難民の少女がいました。戦火が激しいイラクから、難民としてシリアに逃れたものの、そのシリアが戦地となり、再び難民となってトルコに逃れてきたのです。

s161021_3.png

絵本では、一人の子どもではなく、こうした沢山の子どもたちのストーリーを通じて、日々、報道される、食べるものも、着るものも、住むところもない難民や難民の子供たちが、そのように生まれついた「難民」という人種ではなく、ついこの間まで、私たちと、あるいは日本の子どもたちと、同様の生活をしてきた普通の子どもたちであった、ということを知ってもらいたいと考えました。
また、同時に、難民の子どもたち、あるいはシリア難民は、経済的な理由で豊かな欧州での生活を望んで難民になったわけではない、ということを知っていただきたいと思いました。
私たちが出会った子供たちは、みな平和になったシリアへ、故郷に帰ることを強く望んでいるからです。
絵を描かれた葉祥明先生は、熊本出身の絵本作家です。この絵本に取り組まれたのは、まさに4月の熊本地震直後のことでした。
ご親族が被災者となり、南阿蘇にある、ご自身の美術館にも大きな被害が出ました。この時期、絵を描いていただくのは不可能ではないかとも思いました。しかしそんな中でも、絵を描いてくださった葉祥明先生の姿勢は、シリアから遠く離れた私たちに、シリア問題への、かかわり方の大きなヒントを与えてくださったように思います。
どちらか一方だけが大切なのではなく、どちらも大事だということ、日常生活を営みながらも、シリアの子どもたちに思いを馳せることができる、というヒントです。
もちろん、シリアの子どもたちに寄り添うだけでは問題の解決にはつながりません。具体的な貢献策として3つの領域をあげることができると思います。
停戦や和平の実現、人道支援、そして難民の受け入れです。
シリアの停戦や和平の実現は、日々空爆や戦闘により命の危機にあるシリア国内にいる子供たちにとって、戦火を避け、家や故郷を追われ、国内を放浪している国内避難民の子どもたちにとって、現在もっとも早急に求められていることです。
同時にそれは難民として国外に逃れている子どもたちの、将来の帰還を実現するためにも、絶対的に必要です。しかしこの努力は現在、暗礁に乗り上げています。当事者のみならず、政府軍や武装勢力など、それぞれの勢力に関係のある国々、援助をしている国々が、シリアの和平より自らの国益や都合を優先していることも一因です。
先日、来年1月からの次期国連事務総長としてポルトガルの元首相、前国連難民高等弁務官のアントニオ・グテーレス氏が選出されました。ロシアを含む安全保障理事会の常任理事国も全て、賛成票を投じた結果です。
シリアに和平を実現するための、政治的解決の糸口になることが強く望まれます。そして日本も、直接当事者に働きかけ、影響力を行使することはできなくとも、和平の鍵を握る関係者、「ディアスポラ」として、難民・移民として世界中に散らばっている人々に、和平交渉の必要性を訴え続けることはできる筈だと思います。
次に、和平への努力同様に重要なことは、シリア国内にいる子どもたちに対して、そして、難民として国外に逃れている子どもたちに対して行う人道支援です。今の、日々の生活を支える人道支援なしに、彼らの将来を語ることはできません。しかしこうした援助の提供を、難民を受け入れているトルコやレバノン、ヨルダンといった一次庇護国のみに押し付けるべきではありません。
近隣諸国自体が、大量の難民受け入れで政治的・経済的に困難な状態にあり、難民や国内避難民に対する人道支援は、国際社会の責務だからです。
私たち「難民を助ける会・AAR Japan」も、国連や日本政府の助成を得て、また皆さまからのご寄付で、地元のトルコ人職員や、シリア難民の職員とともに、食糧や生活物資の支援、そして、教育の支援、けがを負った人々へのリハビリなどを行っています。
今回の絵本の収益もそうした活動に使用しています。
具体的な貢献策の3点目は、第三国定住といわれる、シリア難民の受け入れです。難民の受け入れに積極的であった欧州が、難民の受け入れにより、社会が不安定化し、受け入れの是非をめぐって世論が二分されるような事態も起きています。難民の保護と、受け入れ国の安全保障をめぐって深刻な対立も議論されています。すぐに答えの出る問題ではありません。しかし、関係のないことだと思考を放棄できる問題でもありません。
日本は留学生の受け入れやJICAの研修生の受け入れを表明しました。
先の難病を患う子どものように、限定的でも特に脆弱な立場に置かれた子どもたちを治療のために受け入れるといった人道的な方針も検討されるべきではないでしょうか。
絵本が、日常生活の中で、難民の子どもたちを考える、きっかけの一つとなることを願っています。

キーワード

関連記事