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「東京2020へ③ アスリートのメンタルコントロール」(視点・論点)

スポーツコメンテーター 為末 大

リオオリンピック、パラリンピックが終了しました。皆さんはどんな場面が記憶に残っているでしょうか。体操、卓球、バドミントン、レスリングなど今回の五輪は、もうダメかという局面から持ち直して大逆転をするという場面をたくさん見てきました。スポーツは体を使って行う印象が強いですが、メンタルも大きく影響していきます。そこで今日はアスリートのメンタルコントロールというテーマで、日常と試合の両方の局面での話をしたいと思います。

まず日常のメンタルコントロールですが、主な対象はモチベーションになります。トップアスリートになるためのトレーニングは、精神的にも肉体的にも負荷が強く、モチベーションがなければ耐えられません。いかにして自分を動機づけ、高い意欲でトレーニングに向かわせるかは、とても重要になります。「頑張るぞ」という気持ちだけで自分を引き上げ続けられればいいですが、人間の心はそう簡単にはできていません。上手くいかない時や単調な練習が続く時など、モチベーションが切れてしまうこともあります。

私はいつも自分の中に子供がいることをイメージしていました。モチベーションは子供のようなものだと感じていたからです。
急に夢中になったと思ったら、やりたくないと駄々をこね、好き嫌いがハッキリしていて、嫌なことになると途端にやる気を失う。自由にさせてやるほうが本人は楽しそうですが、日によってムラがありすぎて目的が達成できない。かといって叱りつけて思い通りに動かそうとすると、だんだんと元気がなくなってしまいます。上手に子供の状態を観察しながら、今は押しどころ、ここは放っておいてあげようという風に扱っていました。心の中の子供は気まぐれですが、本当に没頭した時には、とても大きな力を発揮します。ただ、叱りつけて子供がふさぎ込んでしまうと、どんなに頑張れと言っても動かなくなってしまいます。

特に心理的にスランプの時に、トップアスリートはいつもやる気があって当たり前だ、という価値観が強すぎると、やる気が出ない自分を逆に責めるようになり、悪循環に陥ります。
そういう時は、やる気が出ないという自分ごともう認めてしまい、そういう自分が結果的に頑張るには、どうしたらいいのかを考え工夫していました。気持ちで押し切れる選手もいるのだと思いますが、そうではない選手は、しなやかに巧みに自分を操る必要があります。自分はもうダメだと思う時、必ずその前に自分はダメだと思い込ませている価値観が必要です。その自分が持っている価値観とは一体何かを疑うことが大切になります。また、やる気がどうしても出ない日はどうしていたのかといいますと、体が冷えている時に考えることと、体が温かい時に考えることは同じではありません。人間は自分が置かれている状態に思ったよりも影響を受けています。つまり、今、自分はそうだからといって、未来もそう考えているとは限らないわけです。
トレーニングの際にはいつも、やる気が出ない時にも必ずグラウンドに行っていました。そしてまず10分間走るというルールを自分に課していました。実は10分走る前と後では、走った時には体が暖まっていて、自分の心が変わっていて、今日も頑張ろうと思うことが多かったからです。逆に10分走ってみても、それでもやる気が出ない時には本格的に疲れていると判断して、素直に休みに切り替えていました。人間に心があるというのは皆感じていることですが、心に直接手を突っ込んでコントロールしようとすると上手くいきません。自分がそうしたくなるように環境を扱うことが大切だと思います。

さて、試合時におけるメンタルコントロールとは、どうなるのでしょうか。正確に言えばアテンションコントロール、つまり意識をコントロールするということになると思います。自分が何に意識を向けて何に向けるべきではないのか、どこに意識を向けるべきなのか、ということが大切だと思います。

例えば、「失敗したらどうしよう」という考えがふとわいてくるとします。このこと自体は避けられないことですが、そのわき出た考えから意識が外せなくなると、本当にパフォーマンスに影響が出てきます。頭に浮かんでいることに体は引きずられてしまうからです。そういう時は、失敗したらどうしようというところから、意識を上手くずらしてしまうことが大切だと考えていました。
例えば一番でゴールをするという意識が強すぎる時に、それが原因で上手くいかなければ、スタートをして3台目のハードルまで上手く飛ぶ、という風に意識を変えていました。意識をゴールからプロセスに変える、ということで上手くいくということがあるのではないかと思います。

試合で失敗をする時の心理は幾つかありますが、その代表的なものは上手くやろうとしすぎることにあります。当たり前ですが、人間は自分以上にはなれませんし自分以下にもなれません。本番でもあまりに高い目標を掲げてしまうと、現在の自分との乖離が大きすぎて力が出し切れなくなってしまいます。そういう時は、いったん落ち着き、今から急に自分じゃない何かになるということはできないので、自分らしくやるしかないという風に自分を納得させるようにします。ある意味の開き直りですが、そうして目線を落とすことで逆にパフォーマンスが上がるということはよくあります。やることをやるだけと心が落ち着くからだと思います。

五輪には観客がたくさんいます。まず現場にいる数万人の観客、そしてメディアを通じて自分を見ている世界中の観客、更には自分を観察している自分です。他者に意識が向かっている時に良いパフォーマンスはできません。自分のパフォーマンスの結果が人にどう思われるのかを考えた時点で行動に制限がかかってしまいます。ぼんやりとそれを意識する観察者である間はいいですが、観察者の気持ちを察しすぎてしまうとパフォーマンスが落ちてしまいます。他人の気持ちを察しすぎる人は本番では良いパフォーマンスを発揮することができません。
そういう人間は上手に外界と自分を断ち切る方法を見つけることがいいと思います。私は現役時代、試合の前にはフードをかぶり音が鳴っていないヘッドフォンをしていました。こういう風に周りの人間の声が聞こえなくなるようにしてしまうと集中できたからです。

最高の状態は、意識が向いている自分を意識すらしない、無意識状態に入ることです。私達はこれをゾーンと呼んでいました。心理学者のチクセント・ミハイは少し広い概念でフローを呼んでいます。この状態は、ひたすらに行為に没頭したような状態で、こういう感覚になった時には気がついたらレースが終わっていて、結果も良かったと記憶しています。
このゾーン状態を毎回作ることができればいいですが、準備はできてもゾーンに意識的に入るということはできませんでした。意識的に寝ようということは難しくても寝る準備はできるということに近いのではないかと思います。

メンタルコントロールと聞くと、どうしてもいつも動じない強い心を作ることですとか、心頭滅却すれば火もまた涼し、のようなことが頭に浮かびますが、実際に選手達がやっているのは、競技人生で起きる様々な出来事にしなやかに対応しながら、認識を変えつつ、自分が最も良いパフォーマンスができるような状態に持ち込むことだと思います。そして一番大切なことは、どんな状態になっても投げ出してしまわないことです。棚の下で待っている人間にはボタモチが落ちてくるかもしれませんが、待つことをやめればそのボタモチは手に入りません。しなやかに、しかししぶとく狙い続けることがメンタルコントロールでは一番大切なことではないかと思います。

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