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「東京2020へ② 五輪の遺産・レガシーを考える」

早稲田大学スポーツ科学学術院 教授 間野 義之

 リオデジャネイロで開催されたオリンピック・パラリンピックが終わり、あと3年と9か月で東京大会となります。資金面や競技施設の竣工などが心配されたリオ大会でしたが、大きな事件は無く、南米での初開催の歓喜につつまれつつ、大成功を収めました。
きょうは2020年の東京大会のレガシーについて考えます。

レガシーとは日本語で「遺産」と訳されますが、東京大会が終わった後に遺すべき有形・無形の何かという意味です。

 先日、私はリオ大会を見てまいりましたが、本当によかったとおもいました。彼らはぎりぎりの社会状況の中、必要最小限の範囲で運営していました。仮設の競技場、輸送・セキュリティーなどは、なんとか合格という感じでしたが、日本は満点を目指しています。しかしながら、もしかすると日本は満点の水準が見えなくなってしまっているのではないでしょうか。
 東京都の調査チームによれば、開催費用は3兆円を超える可能性があるといいます。リオ大会のようにやればやれないことがないにも関わらず、日本はオーバースペック・過剰投資をしがちなのだと改めて考えさせられました。
 確かに日本の最先端の技術をショーケースとしてみせていくことはそれなりに大切なのでしょうが、オリンピックの17日間が終わった後には、はるかに長い時間があるわけです。東京大会までのオリンピック・モードと、東京大会が終わったあとのレガシー・モードはきちんと峻別して、必要最小限のラインを見極める必要があるのではないのかと思います。これからは、レガシー・モードを意識した「引き算」のオリンピックを考えるべきだと思います。

 1964年以来、二度目となる夏季オリンピック・パラリンピックを迎える東京。とくにパラリンピックが同一都市で行われるのは世界で初めてとなります。これまで発展途上国では、道路や鉄道や競技施設などのハードが中心にレガシーとして遺るのですが、2000年のシドニーにしても2012年のロンドンにしても、成熟国家のレガシーはハードだけでなくソフト、つまり無形なものを創り遺していく時代に入っています。

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 シドニー大会では、開催後の市民アンケートで「パラリンピックの開催により障害者への理解が深まったこと」、あるいは「自国の文化を発信できたこと」が良かったことの上位となり、ソフト面でのレガシーを印象づけました。

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 ロンドン大会では、オリンピック・パークが最大のレガシーではありますが、同時に環境保護に十分に配慮するオリンピックとするために、持続可能性を考慮したイベントの国際規格である「ISO20121」を世界で初めて創りました。この国際規格は2020年の東京大会にも適用され、これもソフト面でのレガシーにあたります。
 ですから、1964年のよき思い出は大切にしながらも、当時と同じことをもう一度やるのではなくて、成熟国家として無形のレガシーを創り遺すことにも舵を切るべきです。競技施設などのハードには、終わった後のことも考えて必要最小限で対応していくという判断をしてもいいのではないかと思います。

 オリンピック憲章には、IOCの使命と役割として「オリンピック競技大会の有益なレガシーを、開催国と開催都市が引き継ぐよう奨励する」と明記されています。オリンピックが巨大化するにつれ、わずか数日間のためだけに使用される資源を「無駄遣い」ととらえる世論もあることから、IOCとしても持続可能なオリンピックを目指さしています。
 アテネや北京など世界の多くの「負のレガシー」を考えると、これからのオリンピックはそもそもスポーツ施設やインフラがそれなりに整備されている都市でなければ開催できない時代だともいえます。IOCが持続可能なオリンピックを掲げるなか、都市再開発の口実としてオリンピックを求める時代は終わり、招致活動の敗者も含めた世界全体の「オリンピック・コスト」の抑制を考える時代に向かっています。
 そうであれば今後は、都市整備やスポーツ施設などのハードだけを考えていれば良いのではなく、「ソフト・パワー」としてのオリンピック・パラリンピックのレガシー創りが、ますます求められるのではないでしょうか。
 そこで考えなければいけないのが、2020年東京オリンピックの開催意義です。1964年の東京オリンピックは、敗戦からの復興を広く世界に示して国際社会への復帰を果たすことに意義がありました。
では、2020年の開催意義とは何なのか。なぜ、東京なのでしょうか。

 私は「21世紀の国際社会において、課題解決先進国として、今後の世界が進むべき方向性を示すこと」―それが今回の東京大会の最大の意義だと考えています。
 そのために、東京大会の組織委員会では、レガシーを創り遺すためのアクションを推進していけるよう、様々な関係者が連携して、「アクション&レガシープラン2016」を6月に策定しました。

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 プランには5本の柱があり、「スポーツ・健康」、「街づくり・持続可能性」、「文化・教育」、「経済・テクノロジー」、「復興・オールジャパン・世界への発信」、5本の柱それぞれについて、日本全国そして世界全体に対し、ポジティブなレガシーを遺すことがまとめられています。
 例えば、私が担当している「街づくり・持続可能性」分野のうち、「街づくり」では4つのレガシーを提示しています。
 一つめは「ユニバーサル社会の実現・ユニバーサルデザインに配慮した街づくり」。教育や日常生活・仕事を通じて、心のバリアフリーを浸透させ、多様な人々が助け合って生活する、いわゆる共生社会を日本全体で実現することです。
 二つ目は、「魅力的で創造性を育む都市空間」。日本各地で、誰もが訪れたくなるような快適で親水性が豊かな自然環境に彩られた都市空間を充実させ、世界へ有用なモデルとして発信することです。
 また、3つめは「都市の賢いマネジメント」。ICTなど、急速に発展している技術の活用により、日本各地で言語や属性に応じて必要な情報がスムーズに入手できるような、共通クラウド基盤を確立します。
 そして最後の4つ目は「安全・安心な都市の実現」。東京大会時の安全確保計画を確立し、それを日本全体へ応用し、日本の防災力・減災力をより一層向上させ、災害に対して強くしなやかな国土・地域・経済社会をつくることをレガシーとしています。
 他の4分野でも、それぞれにアクション&レガシーを計画しており、全体で30を超えるレガシー創りをめざしています。これだけの幅広い分野でのポジティブなレガシーを創り遺すためには、組織委員会だけでは出来ません。政府や東京都を含む全国の地方公共団体、全国のスポーツ団体、全国の経済団体などが、そして、国民ひとりひとりが東京大会の成功に向けて「オールジャパン」体制でアクションに取り組む必要があります。
 2020年大会を「他所ごと」「他人ごと」と捉えるのではなく、「自分ごと」「我々ごと」と、国民一人ひとりが東京大会を契機に日本や世界の未来に思いをめぐらせることが、最大のレガシーと言えるでしょう。

 ここ数年で大きな自然災害に見舞われたなか、人々の絆の強さと忍耐力が世界中で評価されました。わが国全体で各地での復興に取り組みつつ、感謝を込めて世界と未来への思いをはせることが、本当の「おもてなし」につながるのではないでしょうか。
 わが国が世界に先駆けて直面する、人口減少、少子高齢化、持続可能性のある社会実現の必要性といった課題が山積する最先進国として、2020年までの締切り効果を利用し、それらの課題を鮮やかに解決して世界に示すことを、次の東京大会のレガシーと位置づけ、国民全体で取り組むことこそが重要だと考えます。

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