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「東京2020へ① メダリストの役割と責任」(視点・論点)

筑波大学 准教授 山口 香

リオデジャネイロオリンピック・パラリンピックが終わり、オリンピックにおいて日本選手団は金メダル12個を含む過去最多の41個のメダルを獲得することができました。この結果は、次の2020年東京大会に大きな弾みとなったと思います。メダルの数はもちろんですが、相手にリードされた状態や、追い詰められたところからの逆転勝利も多くあり、選手たちのあきらめない姿勢や強い精神力に感動した人も多かったのではないでしょうか。

現在のトップスポーツは、競技力が高度化しており、メダル獲得はますます厳しくなっています。ほとんどの選手は幼少から競技を始め、10年以上の長い年月を競技に専心・専念し、積み重ねてきた努力がようやく報われたといえます。同じように努力を重ねてきたにもかかわらず、メダルに届かなかった選手も大勢います。メダルを目指すにあたっては、選手自身の努力はもちろんですが、親や指導者、周囲の人たちのサポートも欠かせない要素です。試合終了後のインタビューで選手たちが口にした感謝の言葉は、お仕着せで出たのではなく、実感のこもった素直な言葉であったと思います。
大会後、メダリストたちは応援していただいた方々への報告やイベント等のスケジュールに追われ、忙しい日々を過ごしているはずです。メディアへの露出も多く見られます。長年の努力が実ったメダルなので手放しで称賛し、しばらくの間は浮かれた気分を許してあげたい気持ちもあります。
一方で、メダリストになるということは、大きな名誉を手にしたのと同時に手放すことのできない責任も背負ったということも理解しなければなりません。一度手にしたメダリストの称号は、選手を引退しても、人々の記憶から薄れたとしても消えることはなく、良いことをしても悪いことをしても元メダリストという肩書きが生涯付いて回ります。少しオーバーに言えば、メダリストたちはこのことを自覚して、これからの人生を歩んでいかなくてはならないわけです。
メダリストはそれぞれの競技においては抜きん出た能力を持ち、そこに至る過程では一般の人では知りえない経験を積み、プレッシャーを乗り越えてきたことは間違いありません。しかしながら、競技以外の知識や経験はどうでしょう。
選手たちは小さい頃から多くの時間を競技に割いてきたために、それ以外の知識や経験値は一般の人よりも少ないのが普通です。勉強ができる子どもも同じかもしれませんが、親や大人は、子供が何かに秀でていると、それ以外の部分に全く興味を示さなかったり、劣っていたとしても大目に見る傾向があるように思います。この子は勉強ができるから・・、スポーツで一流だから・・他のことは少しぐらいできなくても・・というように、子供が成長の過程で経験しなければならない様々なことであっても、大人が面倒な部分は取り除いてしまいます。彼らの選手としての苦労は計り知れませんが、同世代の子供たちが味わうような失敗や悩みを経験していないケースもあるはずです。
オリンピックのメダルの価値は、社会の関心が増したことによって以前よりも上がってきたように思います。メディアを含めてメダリストへの対応は特別なものがあります。10代、20代の若者であるにもかかわらず、メダルをとった瞬間から、彼らの発言や行動が手放しで褒められるようになります。人々の記憶が薄れるのは意外に早いもので、数ヶ月か半年後には選手たちも普通の生活に戻っていきますが、短期間でも「何をしても、何を言っても認められる」というような体験をすれば、浮ついた気持ちになったり、調子に乗ってしまうのはある意味、仕方のないことでしょう。また、彼らは大人たちの期待を一身に背負って、献身的なサポートを受けながら成長してきたこともあり、人を疑うという観念が薄く、皆が自分を応援してくれてくれると信じています。
メダリストになれば、交友関係も広がり、誘惑も多くなります。万が一、何か失敗をすれば以前とは比べものにならないぐらいのバッシングを受ける場合もあります。成功したばかりで失敗の話をするのは酷な感じもしますが、何事も備えが肝心です。スポーツ同様に先に起こりうるリスクを分かった上で自分の行動を決めることが大切であり、そのことを私たち先輩は伝えてあげる必要があると思っています。
メダリストに伝えたいことは、メダルを取ったからメダリストなのではなく、メダルを取った時からメダリストとして生きていく時間が始まったということを自覚し、その責任を受け入れ生きていってほしいということです。一般の人々は「メダリストはこうであってほしい」という思い描く姿を持っているように思います。そう言った人々の理想に近づいていくようにメダルを取った時点から少しずつ努力をしていかなければなりません。
メディアもそうですが、メダリストを取り巻く人たちにお願いをしたいことはメダルを取ったから完成された人間では決してない、と理解してほしいということです。メダリスト自身にも自覚が必要です。先ほど述べたように一つの分野に専念して取り組んできたということは、それ以外の分野にはたりない部分があるともいえるわけです。日本を代表して尋常ではないプレッシャーの中で立派に戦い、結果を出した彼らはリスペクトされるべき存在です。だからこそ、社会全体で彼らをメダリストとしての人生を全うできるように見守り、導き、育てていってほしいと切に願います。すべてのメダリストや選手は、必ず引退の時を迎え、選手生活よりも長い人生が待っています。彼らが競技経験から得たものを社会に還元し、それが次の世代の育成やスポーツ文化の醸成に役立てることができれば、彼らが語った感謝を形で表すことができるはずです。具体的には自分が育ててもらった地域での指導を定期的に行うなど簡単なことから
で良いと思います。すべてのメダリストが年に数回でもボランティアで指導をかってでれば、どれだけスポーツ振興の効果が上がるでしょう。また、トップアスリートやメダリストは社会への影響力を持っています。様々な場面で意見を求められた時に、批判を恐れたり、誰かの後ろに隠れたりすることなく堂々と発言する気概も大事です。発言を求められた時に慌てないためにも、日頃の意識が大事になります。メダリストは引退後に何をしてもらえるのかではなく、自分には何ができるのかを考えて欲しいと思います。引退後の彼らの活躍できる場や環境を整えてあげることは社会の役割かもしれません、オリンピックで育った選手たちが、さらに社会で育てられ、成長した姿を見せることができれば、それこそがオリンピックの価値ではないでしょうか。
2020年東京オリンピック開催が決定してからは、目指す目標をはっきり「東京オリンピックに出場する」と発言するジュニア選手が増えてきました。若い選手たちには、競技力を向上させることだけでなく、スポーツ以外で苦手だと思うことからも目をそらさずに取り組む姿勢を忘れないでほしいと思います。当たり前ですが、スポーツの価値は勝つことやメダルを取ることだけではありません。そのことをトップを目指す人たちこそが理解し、メダルの先にある自分の未来についても考えてもらいたいと思います。

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