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「学力調査10年 成果と課題」(視点・論点)

早稲田大学教職大学院教授 田中 博之

文部科学省が、全国すべての都道府県教育委員会の協力の下に実施する、全国学力・学習状況調査は、今年で開始後10年目を迎えました。
小学校6年生と中学校3年生で、それぞれ100万人程度の子どもたちが参加し、国語と算数・数学、そして数年に一度理科の教科別学力調査を受けてきました。
また、それと合わせて、児童生徒質問紙調査と呼ばれるアンケート調査も実施され、子どもたちの学校や家庭での学習と生活の状況を把握することができるようになっています。

この全国学力・学習状況調査のねらいは、子どもたちにテストをして順位付けをしたり、点数を上げるために競争させたりすることではなく、国や地方自治体が教育政策を改善したり、全国の小中学校が日々の授業や生活指導の改善をするために必要な実態調査を行うことなのです。

この全国規模で行われてきた調査も10年を経過し、どのような成果を上げてきたといえるでしょうか。
第一の成果は、各学校での授業や生活指導の在り方が、先生一人一人の経験と勘に頼っていた頃とは異なり、調査が示す成果と課題をふまえたうえで、自校の子どもたちの学習や生活状況の実態に即して、よりよい指導の在り方を求めて改善されてきたことです。
その証拠に、この10年間で課題のあった地域の学力の状況が改善され都道府県間の平均正答率の差が縮小してきました。また、児童生徒質問紙調査の結果から、子どもたちの「早寝の生活習慣」「家での復習習慣」「家での手伝い」、そして「人を助けるなどの道徳的実践」の状況が改善したりしています。

第二の成果は、都道府県や市町村の教育委員会が実施する教員研修の在り方が改善されたことです。優れた成果を上げている学校の学習方法などに学び、成果指標と実態を表すデータをもとにして、学力と学習状況の改善につながる効果的な学校教育の在り方が広く共有されるようになってきました。
具体的に言えば、各学校では授業中の板書の仕方から、教材の作り方、グループワークのさせ方、授業中の学習規律の確立、あるいは活用問題と呼ばれる少し難しい学習内容の教え方など、様々な面からの授業の工夫が一層活発に行われるようになっています。

こうした大きな成果があがっている反面で、課題もあります。
一つめに指摘しておきたいことは、学力調査のねらいはあくまでもその結果を教育政策や学校での指導の改善に役立てることにあるのですが、調査結果が都道府県別に平均正答率という数値で公表されることを逆手にとって、いくつかの自治体において本来の趣旨を逸脱し学力向上のために行き過ぎた取組が行われてきたことです。
例えば、子どもたちに競争意識をあおるようなプリントを配付している自治体もあれば、学力調査の過去問をドリル練習のように解かせたりする地域もあります。さらにこれまで、成果を上げている学校長の名前を公表したり、果ては、公立高等学校の入試選抜の資料として子ども一人一人の結果を使う地域もありました。
つまり、国の学力調査のねらいに反して、過度な競争意識から、学校での取組や子どもたちの意識をゆがめるような事例が後を絶ちません。今後とも各自治体においては、この学力調査の目的に沿った結果の活用を期待したいと思います。

二つめの課題は、各都道府県において、大きくは学力向上の成果が上がってきたとはいえ、子どもたちの学力や生活の実態に課題の見られる学校や地域がやや固定化されていることでしょう。
これまでの調査で、こうした課題の大きい学校や地域については、地域や家庭の経済的・文化的な背景が大きく関わっていることが明らかにされつつあります。こうした課題を克服するために、効果的な支援策の明確化とその着実な実施が必要であるといえます。

では最後に、今後の改善への期待を3点述べておきたいと思います。
まず、地方自治のリーダーである知事や市長への要望です。これまで、学力調査の趣旨を逸脱した取組を行うといった、悪い事例ばかりがめだっていますが、実は、国の基準を超えて教員の人数を増やして、学力向上や特別支援教育を実施するために、学校の取組を支援している自治体も少なくありません。また、すべての学年で子どもたちの学級定員を35人にまで減らしているところもあります。
こうした優れた事例を参考にして、学力調査の結果を生かし、学校の教育条件の整備・改善を、議会を説得し、予算を付けて、力強く推進して欲しいのです。
今、学校は大きな課題をかかえて疲れ切っています。一人でも多くの先生と少しでも多くの教育予算を必要としています。学校に競争を強いるリーダーではなく、自ら動いて学校の条件整備を推進するリーダーになっていただきたいのです。

次に期待したいことは、現在の学力調査のスリム化です。2019年度から、中学校において英語科の学力調査が実施される計画です。それは英語の聞く力や話す力までを含めた総合的な英語力をみるための調査になりそうです。英語教育の改善のためには必要なことですが、学校に負担をかけることも心配です。
そのためには、現在の調査冊子の数を合本にして減らしたり、調査時間を少し短くしたりするなどの工夫が必要かもしれません。

3つめに、次の学習指導要領の改訂において最も大切な教育方法のキーワードになる、アクティブ・ラーニングを通した授業改善を推進するために、調査内容を一層充実させることであると思います。アクティブ・ラーニングとは子どもたちの学びの主体性を生かし、子どもたち同士の対話や教え合いを通して、より深い理解や技能の向上につなげる学習のことです。今年度の調査において、アクティブ・ラーニングの実施状況についてたずねる項目をアンケート調査用紙の方に入れましたので、子どもたちや管理職に調査した結果も明らかになっています。
概要のみ紹介しますと、子どもたちのアクティブ・ラーニングの取組については、アクティブ・ラーニングによく取り組んでいる児童生徒ほど学力が高い傾向にあることがわかりました。
また、学校質問紙調査という校長先生に対する調査では、「少しあてはまる」という回答を含めてですが、7割から8割の学校が肯定的に回答しています。
しかし、まだ実態としては、アクティブ・ラーニングが十分に行われているとはいえません。アクティブ・ラーニングを一層推進するために、調査問題や調査項目の改善、そしてその結果を活用した学校での実践研究が求められます。

最後に、くり返しになりますが、先ほど指摘した、課題の大きな学校に対する支援策の明確化と条件整備の充実が急務です。

国や地方自治体は相互の協力の下に、積極的な予算配分を行って、国づくりは人づくりの精神の下に、学力調査の結果を学校の条件整備の充実に生かす取組を始めていただくことを切に願っています。

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