NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「医療事故調査制度 開始1年の課題」(視点・論点)

患者の視点で医療安全を考える連絡協議会 代表 永井 裕之

医療事故調査制度が始まって、この10月で一年を迎えます。 2008年、私たちは「患者の視点で医療安全を考える連絡協議会」を結成しました。 それから、医療事故調査制度の実現を要望するチラシ配布と署名活動を続けてきました。 その結果、ようやく昨年十月から、医療事故調査制度が始まりました。
しかし、この制度は私たちの要望した内容から外れて、医療を行う側のための制度にとどまっていて、国民は全く蚊帳の外の状態です。
この制度には、どのような問題があり、どのように解決していけばよいのか、考えたいと思います。

s160930_1.png

この医療事故調査制度では、医療機関で医療を受けて「予期しない死亡や死産」が起きた場合、医療機関は遺族に説明をし、新たに設けられた第三者機関である医療事故調査・支援センターに、発生報告をします。そして、医療機関は自ら事故原因を調査します。結果を遺族に説明すると共に、センターに報告書を提出します。遺族は、調査結果に納得がいかない場合などは、センターに調査を依頼することも出来ます。
この1年間で、医療機関からあった事故報告は、400件程度と見られています。当初は年間1300から2000件を予測していましたが、実際は予測の三分の一以下です。
なぜ、報告件数が少ないのか。その理由は次の点が考えられます。
ひとつは、医療機関の制度自体への理解が不充分であることです。また、「医療事故」として報告することへの抵抗感が医療機関側にあるようです。すなわち「事故」という言葉に「悪い事」というイメージを持っているようです。
さらに、遺族が医療事故の疑いがあると主張しなければ、報告しない医療機関もあります。 次に気になるのは、遺族からのアクセスの少なさです。8月末までに各医療機関から報告書が提出された139件のうち、センターに再調査を依頼した件数は10件、全体の7.2%だけで、非常に少ないです。
遺族が医療機関の事故調査報告を受けて、理解、納得した結果がこの数字であるならば、大変良い調査内容であったと思いますが、実態がどうなのかはわかりません。
今回の制度は事故があった医療機関が中心になって調査します。しかし、それだけで、はたして調査の公平・中立性が担保されるのか疑問です。死因究明のために必要な、解剖が実施されないケースもあるのです。
1999年2月10日、私の妻は左手中指の簡単な手術をし、手術は成功しましたが、翌11日急死しました。主治医が死因は心筋梗塞、大動脈乖離、くも膜下出血が考えられると説明しました。私は死因に疑問を持ったので、死因を知りたいとの思いで解剖をお願いしました。

s160930_7.png

さらに、通夜に先立つ湯かんの儀で、右腕に大変目立った炎症があることを初めて知り、消毒液が間違って注入されたに違いないと思い、写真を撮りました。
病院側に、この写真を見せながら、「これだけはっきりしているのに事故と認めないのですか」と、尋ねましたが、 院長は事故であると認めませんでした。警察への届け出を強く要請しましたが、その日は受け入れませんでした。
その後、警察が血液から消毒薬を検出したので、事件は解決の方向に向かいました。もし、解剖をしていなかったら、うやむやになっていたことでしょう。
日本内科学会が中心となって始まり、昨年まで、十年余り続いた「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」では、調査を始める前提は解剖されていることでした。解剖により、死亡原因が究明できた事案が約88%であったと報告されています。
遺族は医療機関の説明に納得ができない時は、亡くなった方の無念を少しでも晴らすために解剖をぜひお願いするべきだと私は思います。
この十数年、多くの医療機関は医療の安全性確保に取り組んできています。しかし、その取り組み内容に大変なばらつきがあります。特に医療事故の調査において、原因究明をしっかり行い、事故から学んで再発防止に取り組む姿勢が十分な医療機関はまだ少ないと思います。
昨年10月から始まった医療事故調査制度はまだよちよち歩きです。医療機関のためだけでなく、国民が信頼できる制度にするためには、事故調査に公正中立性、透明性、独立性などを確保することが必要です。患者の視点から制度を見直すために、当面改善すべきことを5つ提言します。
まずは、医療事故調査制度の目的を国民が共有することです。目的は原因究明をし、再発防止を図り、日本の医療の質と安全を高めていくことにあります。
次に、遺族が事故に遭ったと思っていても、病院などが受け付けない時のために、医療事故調査・支援センターに相談窓口を新たに設置し、聞き取りを行い、医療機関に対して指導、助言をできるようにすることです。この6月の厚生労働省の省令改定で、センターが遺族から聞き取りを行うことは追加されました。センターが聞き取りを行ったうえで、病院などに対して指導、助言するようになれば、国民はこの制度を信頼し始めるでしょう。
3番目は、センターは民間の機関ですが、公的な役割を発揮できるように権限と責任を与え、この制度をリードできるように機能強化を図ることが最も重要なことです。そしてセンターはこの制度の信頼度を高めるために、院内事故調査報告書などに対して助言や指導をし、リーダーシップを発揮することです。
4番目は、6月の改定で「遺族から「医療事故」が発生したのではないかという申出があった時、「医療事故」には該当しないと判断した場合は、遺族等に対してその理由をわかりやすく説明すること」を追加しました。遺族が「予期していなかった死亡」についても、医療機関は死亡原因を明確にするために解剖を遺族に薦めてください。そして、予期したものと一致するかを検証し、その内容を遺族に説明して疑問を晴らす努力をすることで、崩れかけた信頼関係が回復できることを経験してほしいです。
5番目は、事故の定義や調査方法、報告書の書き方などのガイドライン・マニュアルの標準化です。現在は各支援団体が全く違うガイドラインを数多く作っています。それらの標準化を早めることです。今回の改定で、支援団体等連絡協議会を設立し、医療事故の判断、医療事故調査の参考となる標準的な取扱いについて意見の交換を行うことになりました。早くこの動きを始めることが必要です。
日本医師会は今回の制度が始まるにあたって、めざすべき価値基準を二つ挙げています。一つは医療提供者と患者・国民の信頼関係であり、二つ目は医療の質の向上です。それを実現するために医療界、医師会の真摯な姿勢と一丸となった取り組みが見られると、指摘しています。 「医療事故調査制度は小さく産まれました。これから大きく育てていきましょう。」 この取り組みは医療従事者だけの問題ではなく、国民のみなが参画して育て続けていかなければなりません。

キーワード

関連記事