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「道徳の教科化① 道徳教育の抜本的改善を」(視点・論点)

昭和女子大学 教授 押谷 由夫

いま、道徳教育が注目されています。道徳教育は、国の将来を担う子どもたちの生き方に直接かかわることから、国民の関心も極めて高いものがあります。その道徳教育が大きく変わろうとしています。
文部科学省では、道徳教育の抜本的改善・充実という目標を掲げて、「特別の教科道徳」の設置を中心とする道徳教育改革に取り組んでいます。抜本的充実・改善とは、教育の本質から道徳教育を捉え直し、学校の教育課程での具体化を図っていこうとするものです。

日本の教育の指針を示す教育基本法が、10年前の平成18年に59年ぶりに改正されたことに起因します。

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改正教育基本法では、わが国の教育の目的を「人格の完成」を目指すとし、生涯にわたって「人格を磨き、豊かな人生が送れるようにすることである、と明記しています。豊かな人生とは、生きがいのある人生であり、幸せな人生に他なりません。それを追い求めるのが、道徳教育です。つまり、日本の教育は、道徳教育を中心として一人一人が幸せな人生が送れるようになることを目指して行われているのです。そして、その要の役割を果たすものとして「特別の教科 道徳」が設置されました。

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学校における道徳教育は、さまざまな教育活動や学校の生活全体をとおして行われます。学校の教育課程を規定する学習指導要領では、道徳教育の目標を次のように示しています。「自己の生き方(人間としての生き方)を考え、主体的な判断の下に行動し、自立した人間として他者とともによりよく生きるための基盤となる道徳性を養う」(カッコ内は中学校)です。
まず、人間としての自分らしい生き方について考えられるようになること。そして、人間としての自分らしい生き方を具体的な日常生活や学習活動などにおいて主体的に追い求めていくようになること。そのことを通して、自らの幸せとよりよい社会をみんなでつくっていける子どもたちを育てるものだといえます。

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その道徳教育の要である「特別の教科 道徳」の目標は、次のようになっています。「よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を(広い視野から)多面的・多角的に考え、自己の生き方(人間としての生き方)についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育てる」(カッコ内は中学校)です。

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「特別の教科道徳」では、まず、思いやりとか、いのちを大切にする、くじけず努力するといった「道徳的諸価値について理解」を深める学習を求めています。そして、深められた道徳的価値意識を基に「自己を見つめる」のです。思いやりの心などが自分はどのような状態なのか、どのように伸ばしていけばよいのかといったことを見つめるわけです。

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さらに、道徳的諸価値を基に、いじめなどの道徳的な事柄をさまざまな側面から考え、議論し、主体的に対応できる力を育てようとするのです。
そして、その力を、日々の生活や学習活動において主体的に発揮して自己を磨き育てていくことを目指しています。
では、評価はどのように考えればよいのでしょうか。「特別の教科 道徳」の評価は、従来の評価観を180度転換することを求めています。つまり、教えたことをどの程度理解し身に付けたかを中心とする評価から、子どもたちが本来もっているよりよく生きようとする心をいかに目覚めさせ、引き出したかを中心とする評価です。

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具体的には、一人一人の子どもが、「特別の教科 道徳」の授業をとおして、自分の中にあるよりよく生きようとする心に気づき、目覚め、伸ばそうとしている、その姿をしっかり見取り、記述式で知らせようということです。その評価に優劣はありません。それぞれに価値があるのです。その記述は、子どもたちを勇気づけ励ますものとなりますし、一生の支え(宝物)ともなります。このような評価を行うには、教師の子どもたちへの絶対的信頼とゆるぎなき愛情を必要とします。
こういった道徳教育を、どのように具体化していくのでしょうか。これからの学校教育改革について審議している中央教育審議会では、大切にすべき資質・能力を3つの柱で示しています。

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第1は、「何を知っているか、何ができるか(個別の知識・技能)」です。第2は、「知っていること・できることをどう使うか(思考力・判断力・表現力等)」です。第3は、「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか(学びに向かう力、人間性等)です。
一言でいえば、しっかりとした知識や技能を身に付け、それを活用して、さまざまな課題や問題に挑み、解決を図る中で、考える力や解決する力、表現する力を養い、それらをより幸せな生き方へと導く力を育てるということです。つまり、さまざまな学びを人間としてよりよく生きることに結び付けていけるようにしようとするのです。道徳教育がこれからの学校教育をリードしていくことになります。
また、深刻化するいじめなどの問題行動に対しては、正面から向き合い、「どうしてこのようなことが起こるのか」について、人間理解や道徳的価値の側面からの理解を深め、「どうすればよいのか」を具体に即して考え、議論し、解決を図っていけるようにするのです。

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さらに、国際化や情報化、環境問題や福祉、安全や健康・食育の問題など、社会的な課題や学校独自の課題、自分たちの課題に対して、子どもたち自身が解決に向けて取り組んでいく。つまり、それらを道徳的価値の側面から考え、「どう対処すべきか」を、計画し、取り組み、また見直し、よりよい方策を考え取り組んでいく。そのような学習を、「特別の教科道徳」の授業を要にして関係する教育活動と連携した総合単元的な道徳学習を計画し取り組んでいくのです。
それらに合わせて大切なのが、子どもたちの心を潤す取り組みです。

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急かされる社会、より成果を求められる社会で生きる子どもたちは、ストレスが増し、心をすり減らしていきます。
どうすれば、乾いた心に潤いをもたらすことができるのでしょうか。心地よい環境の中で、のびのびと生活しながら、生きる喜びを味わえるようにすることが大切です。それらは、すべて道徳的価値意識の育成とかかわります。
このような道徳教育は、実は大人自身にも求められることです。子どもの道徳教育に最も影響を与えるのは、大人の後ろ姿です。大人自身が、道徳的価値の理解を深め、自己を見つめ、物事を多面的・多角的に考え、人間としての自分らしい生き方を主体的に追い求めていくことが求められるのです。学校における道徳教育の充実は、私たち大人一人一人の道徳教育の充実と表裏の関係にあります。
日本国民全体が、人間として生きることの誇りを培う道徳教育に真剣に向き合い、取り組む時代がきたといえましょう。

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