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「バオバブの定点観察と環境変動」(視点・論点)

進化生物学研究所理事長・所長 湯浅 浩史

この夏、旅をされた方も多いでしょう。
同じ場所を久し振りに訪れると、風景が変わっていることに気づくことがあります。建物など人工物の変化は、気づきやすいですが、自然の景観も、木が成長したり、倒れたりと、変化しています。同じ場所を写真で取り続けると、それがわかります。私は植物の調査やエコツアーなどでよく海外に出ます。そして、同じ国の同じ場所を何度もたずね、定点的に観察を続けています。特にマダガスカルは、1973年以来44回も足を運んでいます。

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マダガスカルはアフリカとは400キロほど離れた、インド洋上の大きな島です。日本の1.6倍の面積があり、世界で4番目に大きな島です。ただ、熱帯雨林、高原、大草原、岩山、乾燥地など変化に富み、小さいながら大陸のようです。
第七の大陸と呼ぶ人もいますが、確かに古生代、南半球に展開していたゴンドワナ大陸は、南米、アフリカ、南極、インド半島、オーストラリアがマダガスカルを扇の要として展開していました。古い大陸の中心地なのです。
そのため、ガラパゴス以上の進化の舞台として、さまざまな珍しい特有の動植物の宝庫となっています。動物では原猿類のアイアイ、シファカ、インドリやレムール類などが有名ですが、植物では巨木のバオバブが代表でしょう。

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バオバブは乾燥地に生える巨木で、マダガスカルの最大の木は、直径が9メートルもあります。バオバブはアフリカに1種、オーストラリアに1種分布、マダガスカルには少なくとも8種が知られています。マダガスカルは世界のバオバブの中心地なのです。

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バオバブは乾期には葉を落とし、その期間は8ヶ月に及びます。年の三分の二は葉なしで過ごしているのです。それなのに巨体を維持できるのには、いくつかの秘密があります。
一つは、幹には水分が60パーセントも含まれていて、長期の乾燥に耐えられるのです。冬に葉を落とす落葉樹は、寒さで休眠しています。
ところが、マダガスカルは、乾期であっても日中の気温が30度を超えます。
植物も呼吸をしているので、高温では呼吸のため完全な休眠はできません。
呼吸にはエネルギーが要ります。何とバオバブは、落葉中でも幹で光合成をし、エネルギーを補っているのです。

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表面を爪で引っかくくらいで、すぐ緑の層があらわれます。幹や枝の表面の下が葉緑体でおおわれ、葉がなくても光合成でき、エネルギーを生み出しているのです。いわばサボテンのような能力を持っていると言えます。
こんなすぐれた能力で、年間300ミリほどの雨量の乾燥地でも、巨木に育ってきたバオバブですが、今、存続の危機が迫っています。超高齢化が進んでいるのです。
バオバブは千年を超えて生きられます。ところが若木も苗木も育っていないのです。大木はびっしりと林立しているわけではありません。
点々と生えていて若木が育つ場所は十分あるのです。また、果実もよく成り、一つで何百個の種子が入っています。
播くとよく生え、成長もはやいです。それなのに次世代が育っていないのです。
どうしてでしょうか?主な原因は二つ。一つは地球の気候変動の影響です。

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二つ目は、人間の活動です。
マダガスカルの西部にムルンダヴァというバオバブの名所があります。

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日本のガイドブックでは「バオバブ並木」という表現で紹介され、それを現地でも口にするので地元の人も「バオバブ並木」という日本語が広がっていますが、これは間違いです。並木は本来、人が道路に沿って植えた木々ですが、ムルンダヴァはバオバブの自然林の中に道を通したので、たまたま道路の両側にバオバブが並んで生えているように見えるだけです。
私はそこで25年にわたり定点観察を続けています。

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最初に出向いたのは1990年でした。その折、青々と水を貯えた池の側でバオバブが茂っていました。観光客は全く見られず、そこに住んでいる人もいませんでした。

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ところが、翌年の乾季に訪れたら、池は干上がっていて燃えていました。

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近づくと男が火を放っていました。牛に若草を食べさせるため野焼きをしているとのことでした。この野焼きが大きな問題です。

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バオバブは巨木ですと水分が多いため、表面はこげても生き残りますが、苗木や幼木は燃えてしまいます。
先ほどの焼かれたバオバブを翌日見に行ったら、まっ黒に焼け焦げていました。
しかし、此の木は枯れませんでした。5年ほどは焼けた所は白いケロイド状になっていました。

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そして、10年を経てそのケロイドも直りました。驚くべき回復力、生命力です。ただ干上がった池は、以前のような水をたたえた美しい池にはもどっていません。

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雨の降り方が変わってきたのです。アフリカなど乾燥地では、気温の上昇よりも雨の変動の影響が大きいのです。
バオバブの生育地は畑をつくるためにも焼かれます。人口の増加のためです。私が最初にマダガスカルを訪れた1973年は人口600万人でした。
それが40年間で3倍半以上、今や2200万人にもなりました。
その人たちの9割9分がマキや炭で煮炊きをし、食料を増産するため林を焼き、マダガスカルの自然林は急速に失われています。

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バオバブの林にも人は押し寄せています。そのため20数年前には熱帯スイレンが茂り、バオバブが生えていた美しい景観が、小魚をとるため、新しく住み着いた人々が池をかき回し、スイレンは絶え、まわりに畑をつくり、バオバブは倒れてしまいました。

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さらに持ち込まれたホテイアオイが池に侵入し、今や池をおおってしまい、コブウシがそれを食べています。

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以前の熱帯スイレンの咲く側に堂々とバオバブが立つすばらしい景観は消滅してしまったのです。
バオバブはコブウシをひっぱるロープや住居の屋根、壁に使われます。

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そのため、住民はオノで樹皮をはがします。一部だけなら10年もすればはがされた幹は回復するのですが、需要が多くなり、ぐるりと一度にはがされると台風のような、インド洋上のサイクロンによって、そこから折れ倒れます。

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こうしてくしの歯が抜けるように毎年バオバブが失われているのです。
動物と違い、植物は動く事ができません。したがって環境変化がおおきければ植物はその影響を直接的に受ける事になります。だから、ひとつの地域の植物を定点観察する事で、その土地に生じた変化が手に取るようにわかるのです。
マダガスカルのバオバブはまさにその例です。「植物は環境の生きた証人である」といえるかもしれません。
そして私たちは、その声に耳を傾ける必要があるように思えるのです。

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