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「イチロー 3000本の彼方へ」(視点・論点)

NHK野球解説者 小早川 毅彦

8月7日、マーリンズのイチロー選手があらたな大記録を達成しました。
メジャーリーグ通算3000本安打です。打ったイチロー選手の表情がこの記録の重みを物語っていたように思います。私も試合を見ていましたが3000本目にふさわしい、すばらしいあたりのヒットでした。
きょうはこの大記録を達成したイチロー選手の心技体について、お話しようと思います。

まずイチロー選手のこれまでの主な記録をみてみましょう。

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イチロー選手は42歳。1991年オリックスに入団。日本プロ野球史上初めてシーズン200本安打を達成、7年連続首位打者を獲得しています。
そして2001年、27歳でメジャーリーグにデビュー。いきなり首位打者、MVPを獲得。2004年にはシーズン262安打で年間最多安打記録を塗り替えました。10年連続200安打はメジャーリーグ記録です。また、今年6月に、日米通算でピート・ローズのメジャー安打記録を上回りました。
そして今回メジャー通算3000本安打に到達したのです。
改めてこの記録の価値を考えてみましょう。3000本と一口に言いますが、1年200安打を毎年打っても、15年かかります。長くレギュラーでいる事、いつでも打席に立ち続けられる技術と体力がなければとうてい不可能な記録です。だからこそ約140年と言うメジャーリーグの歴史の中でもわずか30人しか達成できていないのです。イチロー選手はわずか16年目でピート・ローズ選手と並び史上最速で達成しました。またアジア選手としては初であり、他の国でキャリアをスタートさせた選手としても初めてです。
これも大変価値のある事だと思います。
これまで数々の記録を作ってきたイチロー選手ですが、私は今回が、一番大きな意味を持つ記録達成だったように思います。
正直なところ、イチロー選手といえども、ここ数年は成績も落ち、現在も第四の外野手という位置づけで、先発出場する機会も多いとはいえません。
私も経験がありますが、代打での出場は実は先発より疲れるものです。
苦しい事も多いと思います。その中で1安打ずつ積み重ねての達成ですから喜びもひとしおだったのではないでしょうか。
イチロー選手は何故これだけの成績、記録を残せるのでしょうか?
私は「こだわり」というキーワードをあげたいと思います。もちろん才能にも恵まれているのですが、その才能を強い意志の力、「こだわり」をもって磨きあげているのです。
まず、最初にあげられるのは、ヒットへのこだわりです。
イチロー選手はメジャーデビュー以来、長打ではなく、とにかくヒットを打つことにこだわるスタイルをつくりあげてきました。そのスタイルを貫くことでヒットを量産し、ポジションを確立してきたと云えます。
パワーが重視されていたメジャーで、それまで見向きもされなかった内野安打の価値を認めさせたのもイチロー選手です。平凡な内野ゴロをそのスピードでヒットに変える。一塁でのスリリングなクロスプレーがファンに支持されました。また、相手投手によってはわざと詰まらせてヒットを打つ技術もみせてくれました。
イチロー選手はヒットを打つために道具にもこだわっています。
まずスパイクは、徹底した軽量化をはかっています。製造するメーカーも「これ以上は無理」と根をあげるくらいのレベルです。したがって耐久性はありません。数試合ではきつぶすくらいですが、それよりもスピードを重要視しているのです。

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ユニフォームの着方にもこだわりがあります。アンダーソックスを見せるオールドスタイルという着方です。これはWBCの時からとりいれた着方です。このほうが楽に速く走れることがわかった、というのが理由です。
そしてバットです。私も持たせてもらった事がありますが、イチロー選手のバットはどこに重心があるかわからない独特のバットでした。
これは、普通ならヘッドが走りにくい形状なのですが、イチロー選手はむしろヘッドの走りまで自分でコントロールできるバットを選んでいるように思います。バットコントロールにとことんこだわったバットだと言えるでしょう。そしてけしてバットを変えません。
ちなみに、イチロー選手は他の選手のバットにはけして触りません。
普通プロ野球選手は人のバットが気になるもので、触ったり振ったりするのですが、イチロー選手は「人のバットを持つと感覚が狂う」という事で触らないのです。
これは天才バッターならではの感覚だと思います。
次のこだわりはトレーニングです。
イチロー選手のプレーには、あの肉体が不可欠といえるでしょう。
若い頃とほとんど変わらない体型を維持し、筋力にもほとんど衰えはみられません。それは毎日地道なトレーニングを続けてきた成果といえます。昔イチロー選手とトレーニング方法について話した事があるのですが、その時彼は「自分ができることを毎日コツコツやるのが自分のスタイル」だと言っていました。
毎日ハードなトレーニングはできません。逆に言えば毎日するためにはどうすれば良いのかという事を考え抜いて今のトレーニング方法にたどりついたのだと思います。
量より質を重んじ、キャンプ地やホーム球場にも専用のトレーニングマシンを持ち込むほどの徹底ぶりです。
さらに日常生活から球場入り、試合に臨むまでも毎日ほぼ同じパターンで動いています。チームメイトが「イチロー選手をみていると時計がいらない」というくらいです。こうすることで「いつもと違う感覚があった時にすぐに気づく事ができる。そうすることで怪我を防げる」とイチロー選手は言っています。
身体のメンテナンスに細心の注意を払って、故障しない体づくりを行い、メジャーデビュー以来故障者リスト入りしたのは、たった1度だけです。
こうした徹底した自己管理がメジャー通算3000本安打に結びついたのだと思います。
さて、イチロー選手の次の目標はなんでしょうか?
「50歳まで現役」ではないかと思います。あと8年。私は十分可能だと思います。そしてその鍵は、守備力、特に走力にあるように思います。
プロ野球選手が現役を続けていくには雇ってくれる球団が必要なのも事実です。
イチロー選手の野球選手としての武器はバッティング技術だけではありません。その守備力、肩の強さは大きな武器です。今もその守備力でチームに大きな貢献をしています。外野守備には走力が欠かせない要素です。今の走力が維持できれば、50歳でプレーするのは可能です。これは新たな挑戦といえるでしょう。
イチロー選手には、メジャーリーグ通算3000本安打をスタートラインとして、新たな目標をめざして輝きつづける姿を見せていってほしいと願っています。

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