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「夢とキャリア教育」(視点・論点)

法政大学 教授 児美川 孝一郎

現在の日本社会には「夢」が溢れています。いや,誤解のないように急いで付け加えますが,これは,日本の社会は希望に満ち満ちているという意味ではありません。子どもたちや若者たちに向けて,「夢を持て」「夢を諦めないで」と言う言葉が,溢れんばかりに投げかけられるような状況になっているということです。もちろん夢を持つのは悪いことではありません、しかし一方で今この「夢」が若者達を悩ませているようにも思えるのです。今日は「夢」とどう付き合えばよいのか、キャリア教育という観点から考えてみたいと思います。

テレビや新聞・雑誌を覗けば、スポーツの世界で活躍する選手や事業に成功した経営者などが、「夢を持て」と語りかけます。少々厳しい状況やピンチになっても「夢」を諦めずに、頑張っていくことの大切さを熱く説いているわけです。あるいは、プロフェッショナルと称されるような様々な分野の人たちが、一つのことに打ち込み、苦労や挫折を経ながらも最後は大成していく姿が、ドキュメンタリー番組で描かれています。日常生活の中でも、大人は子どもや若者に出会うと、必ずといっていいほど、「将来は何になりたいの? 夢は?」と尋ねるのではないでしょうか。
視点を変えて、子どもや若者たちの側からこうした状況を見ると、どうでしょうか。
もしかすると、私たちのこの社会は、子どもや若者に対して「夢」を持つことを賞賛する社会、もう少し強く言うと、彼らに対して「夢」を押し売りする社会になっているのではないでしょうか。「夢は持ったほうがよい、いや、夢は持つべきだ。」これが、大人社会が、子どもや若者に届けているメッセージです。
だからこそ、「夢」なんて持っていないという子どもや若者は、「夢」に向かって頑張っている友だちや同級生を羨ましく感じつつ、どこかで後ろめたさを感じてしまいます。「夢」や「やりたいこと」が見つかっていない自分は、「ダメな人間なんじゃないか」と思ったり、「早く夢を見つけなきゃ」と焦ってしまったりするのです。
ところで、「キャリア教育」という言葉をご存知でしょうか。
簡単に言ってしまえば、キャリア教育とは、子どもたちが将来、社会に出ていくために必要な力を身につけるための教育のことです。具体的には、働くことや職業生活についての理解を深めたり、自分の価値観を知り、適性を見きわめたり、将来の目標に向けたライフプランを描いてみるといった活動に取り組んでいます。中学生が職場体験に出かけたり、高校生がインターンシップに参加したりするのも、こうしたキャリア教育の一環です。
日本の小・中・高校の教育現場が、キャリア教育への取り組みを開始してから、すでに10年以上が経っていますが、実は、ここでも「夢」が重要なキーワードになっています。子どもたちに「夢」や「やりたいこと」を見つけさせ、「夢」や「やりたいこと」を実現するために、進学先を選択させたり、勉強をはじめとして日々の学校生活に全力で取り組むように促しているのです。
こう見てくれば、私たちの社会が、もしかすると、子どもたちや若者たちに対して「夢を押し売りする社会」になっているのではないかという危惧は、あながち根拠のないものではないことがわかるでしょう。
家庭でも学校でも、メディアを通じても、子どもたちや若者たちは、つねに「夢を持ちなさい」と諭されています。そんな「空気感」の中を生きているのです。なかには、息苦しくなったり、自己を卑下したり、あるいは焦ってしまう者が出てきたとしても、何ら不思議なことではないでしょう。
ここで、敢えてこんな問いを提出してみましょう。――「夢」を持つことは、そんなに素晴らしいことなのでしょうか。そもそも、「夢」なんて、そんなに簡単に見つかるものなのでしょうか。そして、「夢」を持つことには、デメリットや「落とし穴」があったりはしないのでしょうか。
私も、「夢」を持つことを否定するつもりは、もちろんありません。「夢」があるからこそ、人は前向きに頑張れる。モチベーションも高まるし、行動力も出てくる。少々のことではくじけない精神力も生まれてきます。素晴らしいことです。
しかし、同時に、「夢」を持つことには、ある種の「危うさ」も付きまとっていると考えています。子どもたちや若い人たちには、この「危うさ」についてもよく理解したうえで、「夢」と上手に付き合って欲しいと思っているのです。
では、危うさとは、いったいどんなことでしょうか。
第一に、「夢」を持っている人は、往々にして、自分の「夢」の世界以外には興味や関心を示さなくなったりします。まだまだ成長途上にある子どもや若者がこれをしてしまうと、結果として、将来の選択の幅や選択肢を狭めてしまうことにもなりかねません。
第二に、当たり前のことですが、「夢」は、誰もが実現できるとは限らないものです。「夢に向かってまっしぐら」という姿は、若者らしくて素敵なものだと思いますが、しかし、いざ「夢」が実現できなかった時に、はたと困って、立ちすくんでしまうということも十分にありえます。
第三に、若い人たちの中には、表現が適切であるかどうかはわかりませんが、まるで「出会い頭の恋」のような形で「夢」を持っている人がいます。実は、「夢」の世界についてはイメージだけの理解にとどまっていて、その現実や実態をよくわかっていないというケースもあります。
要するに、私が伝えたいと思っているのは、こういうことです。
まず、若い人たちへ。
「夢」が見つからないという人は、特別に焦ったりする必要はありません。いろいろな選択肢に対してアンテナをはりながら、いつか「夢」や「やりたいこと」が見つかった時に困らないように、今の自分を磨いておくことが大切です。
「夢」が見つかっている人は、自分の「夢」の世界を取り巻く現実をよく知って下さい。「夢」は必ず実現するとは限りません。その時に困らないように、関心や興味のアンテナを狭めすぎないようにしていて下さい。自分がなぜ、この「夢」を抱いたのかという「根っこ」を掘り下げておくことも大切かもしれません。夢が実現しなかった時に、次を探すきっかけになるのではないでしょうか。
次に、キャリア教育に取り組んでいる先生がたへ。
「夢」や「やりたいこと」を考えさせるという実践には、これまで述べてきたことを踏まえて、より慎重に、そして柔軟に取り組んでいただきたいと思います。当面の目標を設定することは、キャリア教育として大事なことですが、他の選択肢を狭めないような配慮も必要です。
私は、「夢」というのは、「育てていくもの」だと考えています。実現できなかったり、挫折をしたりしても、次への転換や発展ができればよいのです。どこかの一時点で、見つけて、あとは追いかけて終わり、というものではありません。実際に活動しながら、時間をかけて、紆余曲折も経験しながら、最終的に自分のものにしていければよいのです。
そんな「夢との付き合い方」を子どもたちに伝授していくことが、学校におけるキャリア教育の役割なのではないでしょうか。

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