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「生活困窮者の自立支援を進めるために」(視点・論点)

中央大学 教授 宮本 太郎

生活困窮者自立支援制度をご存知でしょうか。昨年4月に福祉事務所のあるすべての自治体で開始された制度ですが、まだよく知らないという方もいらっしゃるかもしれません。この制度が開始された背景と目的について振り返った上で、その現状を考えたいと思います。

今日の日本では、生活困窮とは無縁だと思っていても、複数の要因が連鎖してあっという間に家計が行き詰まることがあります。老親の認知症で介護に時間をとられ、仕事を辞めざるを得なくなり、自らも健康を害したり、ローンが払えなくなる。こうしたことは誰にでも起こりうることです。相対的貧困といわれる状態にある人が増え続け、国民の6人に1人となっています。相対的貧困とは、平均的な所得の半分以下の所得しかないことを指しますが、この平均的な所得自体が、1990年代から12%以上下がっています。
このような事態に対して、自治体の制度はうまく対応できていませんでした。一つは福祉の縦割りの問題です。高齢者介護、障害、生活保護、母子などで福祉の窓口は異なります。しかし多くの生活困窮者は、複数の窓口を横断する複合的な困難を抱えているのです。
もう一つは福祉と雇用の断絶です。これまでの自治体が雇用安定に取り組む場合、福祉的な支援を必要としない人たちを対象としていました。しかし、今は働けないでいるが、しかるべき支援があって、労働時間や働く環境が調整できれば就労も可能、という人が増大しています。
こうしたなか、生活困窮者自立支援制度により、福祉事務所のあるすべての自治体に自立相談支援の窓口が設置されました。この窓口は複合的な困難を抱えた人々に縦割りの制度をつないだ包括的な支援をしていくためのものです。
ただし、従来の制度では、就労支援の仕組みが弱く、また世帯ごとの家計について相談ができるところはほとんどありませんでした。そこで任意の事業として、就労準備支援事業、家計相談支援事業、子どもの貧困に対応する学習支援事業、住居と食料などにかかわる一時生活支援の事業などを奨励しています。

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このような既存の制度の連携と新しい社会的資源で、生活困窮者の社会参加を妨げる問題を解決し、併せて就労機会を広げることを目指すのです。
さて、施行後1年と4か月を経て、生活困窮者自立支援制度はどのような成果をあげているでしょうか。結論から言えば、この制度は順調に動き出しているものの、改善すべき多くの課題も見えてきています。
昨年度の相談受付件数は、22万6000件で、5万6000件について支援プランが作成され、そのうち約半数が就労、あるいは増収につながりました。相談件数は、人口10万人あたりに直すとひと月15人程度です。生活に行き詰まった人たちがそれだけのはずはなく、他の窓口からの紹介、住民への一層の制度周知など必要です。しかし、まったく新しい制度としてはまずますの滑り出しといえます。
義務化されている自立相談支援事業以外の、任意事業に取り組む自治体も増えています。就労準備支援事業は、昨年度は28%の自治体でおこなわれていたのが今年度は39%に、家計相談支援事業は23%が34%に、学習支援事業は33%が47%になっています。
他方で、この制度を当初の狙いに沿って定着させていくために、乗り越えるべき課題もはっきりしてきました。
第一に、縦割りを超えた包括的支援に向けてさらなる努力が必要です。相談に訪れた人は、中高年の方が多く、男性が6割近くです。ここからは、高齢者、障害者などのための既存の窓口とすみ分けた「もう一つの縦割り」になってしまっている傾向もみてとれます。
相談件数は平均より多いのに、支援のプラン作りが平均の半分以下という自治体が300以上あります。包括的支援のための制度や社会的資源とつながらず、プランづくりに着手しにくい、という事情もあるようです。
現場の支援員の人たちだけで縦割りを超えていくことは無理です。自治体として、この制度の趣旨をふまえて、様々な制度とこの自立相談支援の窓口をつなげていくべきでしょう。また税や国民健康保険料の滞納など、自治体のなかでキャッチされる困窮のシグナルを、本人の同意のもとに自立相談支援の窓口に伝えていく仕組みも必要です。
第二に、窓口を訪れる一人ひとりへの包括的支援にとどまらず、世帯ごとの状況への対応を強めることが大切です。近年、安定した仕事に就けない現役世代が親の年金に依存するかたちで同居し、さらにその子どもが貧困に陥るなど、世帯のなかで高齢者、現役世代、子どもの困窮が連鎖するようになっています。
たとえば父親が非正規雇用である場合、子どもの貧困率は33%を超えています。したがって、急速に広がる子どもの貧困に対応するためには、学習支援事業など子ども自身への支援と併せて、親の就労や債務など、世帯が抱える問題を全体として把握し、支援していくことが不可欠なのです。
今日の自治体で世帯ごとの支援を実現できるところは、この生活困窮者自立支援制度以外ほとんどありません。とくに家計相談支援は世帯の問題に総合的に対処するうえで有効であることが分かってきています。今後は自立相談支援と家計相談支援の一体性を強めていくことも考えるべきです。
第三に、就労支援をさらにすすめる重要性です。現在多くの地域では、中小企業などの人手不足が深刻になる一方で、多くの生活困窮者は依然として就労機会を得ることができていません。生活困窮者は、健康の問題や家族のケアなどで、ただちに企業の求人に応じることが難しい場合が多いのです。自立相談支援の窓口に配置された就労支援員が、企業に働きかけ、一人ひとりの事情に応じた業務の切り出しや労働時間の調整を交渉することが期待されます。
ところが、自治体で自立相談支援や就労準備支援の事業を所管しているのは福祉部局がほとんどで、福祉部局はこれまで企業や業界とのつながりが必ずしも強くはありませんでした。自立相談支援の窓口には就労支援員が置かれていますが、昨年10月の研修時に就労支援員を対象に調査したところ、一般就労先の開拓について「まだ検討していない」という回答が51%にのぼりました。一般的就労の前の段階でもっと緩やかな条件で働いてみる「中間的就労」も大事ですが、「まだ検討していない」が68%でした。これも支援員任せにせず、自治体がイニシアティブを発揮して、福祉部局と雇用部局をつなげ、地元の企業との対話を広げていくことが重要です。
また深刻な困窮に陥っている場合、就労準備の訓練などを受けるにしても、当面の収入の見通しがつかなければ活動できません。自立準備期間の所得保障について、検討していくことが求められます。必要に応じて生活保護を受給できるように措置することも、自立支援のために必要です。
地域で高齢化がすすむなかで、支える側と目されている現役世代が経済的に弱体化し倒れてしまっています。政府は一億総活躍社会や地方創生などを掲げていますが、この生活困窮者自立支援制度は、その根本に置かれるべきものです。皆が活躍できる地域づくりのために、住民と自治体が協力してこの制度を育てていくべきではないでしょうか。

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