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「弁護士激増と司法の課題」(視点・論点)

愛知大学法科大学院教授 森山 文昭

今、日本では弁護士の数が増え過ぎたことなどによって、その結果、裁判官・検察官・弁護士を志す人が激減するという、深刻な事態が起きています。今日は、その実状をご紹介し、どのような対策を講ずればよいのかを、皆さんとご一緒に考えてみたいと思います。

裁判官・検察官・弁護士のことを法曹と言いますが、法曹になるためには、司法試験に合格する必要があります。

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この司法試験の合格者数は、1990年まで、長い間500人程度でした。これが徐々に増やされ、特に2003年以降、急激に増やされた結果、2007年には2000人を上回るようになりました。なお、ここ2年間は1800人程度になっています。
一方、司法試験の志願者は、合格者が増えると徐々に増えていき、2003年には5万人を数えるようになりました。そして、その翌年に法科大学院が設立されたのですが、皮肉なことに、その後は志願者が年々減り続け、今では1万人程度になってしまいました。合格者が500人程度だった時代でも、志願者は2~3万人程いたのですから、その時と比べても大変な減りようです。
なぜ、このようなことになってしまったのでしょうか。その最大の要因は、司法試験の合格者を急激に増やしたことによって、弁護士の数が増え過ぎてしまった、という点にあります。司法試験の合格者が500人程度であった頃と比べますと、今では3倍近くの弁護士が働くようになっています。しかし、現在の日本では、弁護士の仕事は、民事事件も刑事事件も減っています。その結果、法律事務所の経営が苦しくなっています。弁護士の所得も下がっています。そのため、司法試験に合格しても就職する法律事務所が見つからない、という人がたくさん生まれるようになりました。就職できたとしても、その先の生活が心配です。こうして、多くの人が法曹になることを敬遠するようになりました。
このことは、これから法曹になろうとする、若い人にだけ関係する問題ではありません。法曹志望者が減るということは、優秀で多様な人材が法曹界に集まらなくなる、ということを意味しています。しかも、司法試験の合格者が増えると、合格ラインも下がるわけですから、国民が安心して依頼できる法曹の質が十分に保たれるか、という心配が出てきます。
こうした心配をなくすためには、教育と研修を充実させる必要があります。しかし、現実には、それに反するような事態が起きています。その1つの例を挙げますと、これまでは、初めて弁護士になる人は、ほとんどの人が、まず既存の有力な法律事務所に就職して、先輩の弁護士から徹底的に鍛えてもらい、自信がついてから独立をしていました。
ところが、最近では、こうした通常の就職をすることができず、「ソクドク」あるいは「ノキベン」という形で仕事をする若い人が増えています。「ソクドク」というのは、最初から1人で独立して仕事をする形態です。「ノキベン」というのは、法律事務所の一角に机を置く場所だけ貸してもらい、事実上1人で独立して仕事をする形態です。このように、これまで新人弁護士にとって重要なトレーニングの場であった、勤務弁護士という形態が、一部で崩れ始めているのです。
このような状態を改善するためには、どうしたらよいのでしょうか。現在起きている問題は、弁護士を増やし過ぎたことによって起きているのですから、まず、司法試験合格者数を以前の500人程度に戻すべきだと、私は思います。昨年、政府の法曹養成制度改革推進会議は、司法試験合格者数が1500人以下にはならないように努力する、ということを決めました。しかし、それでは弁護士数は増え続け、弊害がますます拡大してしまいます。現状では、毎年500人程度の法曹が、年齢などの理由で現役を引退されていますので、司法試験合格者数を500人程度にすれば、法曹人口は、当面、現状維持となります。その間に司法改革をやり直すことが重要ではないか、と私は思います。

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以前行われた司法改革は、とにかく弁護士の数を増やすことありき、というものでした。そのため、実際の需要がどれだけあるのかという調査も、全く行われませんでした。しかし、需要を無視して、弁護士の数だけ増やしても弊害が大きい、ということがはっきりしたわけですから、まず需要を喚起する司法制度の改革に取り組むことが必要です。具体的には、裁判所が弱者の権利をしっかり守ってくれる、頼もしい存在になること、国民が裁判費用や弁護士費用のことを心配しなくてもよいようにすること、そして、弁護士も人権擁護とサービス向上に努め、自己研鑽を怠らないようにすること、などが重要だと思います。こうした改革が進めば、今は埋もれている法的な需要が、掘り起こされてくる可能性があります。そのときこそ、それに併せて、必要な法曹人口をしっかり確保する、という考え方に立つことが大事だと思います。
次に、受験生の経済的負担の問題も重要です。法科大学院ができてからは、原則として法科大学院を卒業しないと、司法試験を受験することができなくなりました。そのため、法科大学院在学中の学費と生活費の負担が、受験生とその親御さんの肩にずっしりと重くのしかかってくるようになりました。加えて以前は、司法試験に合格して司法修習生になりますと、給費が支給されていたのですが、この制度も廃止され、いまでは貸与制に変わりました。この貸与金や奨学金を含む借金が、1000万円を超えるという人も珍しくありません。
このままでは、お金持ちの家に生まれた人でないと、法曹にはなれないようになってしまいます。給付型の奨学金を充実し、司法修習生の給費を復活させるなどして、経済的な心配をしなくても司法試験を受験できるようにする、ということが重要だと思います。

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また、現在は、法科大学院に進学することが難しい人たちのために、法科大学院を卒業しなくても、予備試験に合格すれば司法試験を受験することができる、という制度があります。法科大学院は、卒業しないと司法試験の受験資格が得られません。これに対して、予備試験は、いつでも誰でも受験することができますので、予備試験に合格して司法試験を目指そう、という人が一定数存在しています。このような現状に対して、予備試験に人が流れるのは本来の姿ではないということで、予備試験の受験資格を制限するべきだという考えもあります。
しかし、そのようなことをすれば、法曹を志す人が、もっと減ってしまう恐れがあります。しかも、人々の自然な流れにさからって、強制的に法科大学院へ進学させようとしても、それは、根本的な解決にならないだろうと思います。仮に、法科大学院の卒業が司法試験の受験資格ではなくなったとしても、多くの人が自発的に法科大学院で学びたいと思うような、すばらしい教育を提供して、人々の足が自然と法科大学院に向かうようにする、ということが最も大事なことではないでしょうか。
このように、司法試験合格者数を減らして弁護士の過当競争を解消すること、法曹を目指す人に対する経済的な支援を充実させること、などの方策を至急実施することにより、有為な人材が、心おきなく法曹を目指せるような社会にするということが、いま何よりも求められていると思います。

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