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「農山村の再生と田園回帰」(視点・論点)

明治大学教授 小田切徳美

安倍内閣の「地方創生」やそのきっかけとなった「地方消滅」という議論の中で、最近では、改めて農山村が注目されています。今日は、農山村の新しい動きをお話してみたいと思います
しかし、農山村は、かなり以前より衰退が論じられています。そこで、まずはその流れを振り返ってみましょう。

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1960年代から70年代前半の高度経済成長期には、▼若者を中心に、農山村から激しく人口が流出しました。いわゆる「過疎化」であり、それをここでは「人の空洞化」と表現したいと思います。▼その後、地域に残った親世代の高齢化により、農林業の担い手不足が生じ、農地や林地が一挙に荒廃化する「土地の空洞化」が生じました。そして、90年代からは、▼「むらの空洞化」も見られます。人口減少や生活様式の変化の波に洗われながらもその機能を維持してきた集落、つまり「むら」も、住民のさらなる高齢化や世帯数の減少により、揺らぎ始めました。助け合いの力が低下し、道路の草刈りや水路清掃という共同作業が困難となる「むら」も現れています。

こうして、農山村では、人、土地、むらの3つの空洞化が、段階的に、そして折り重なるように進んでいます。この動きは農山村から地方都市に向かっても広がりました。2000年代以降になると、人口が増加基調にあった地方都市さえも、その多くが人口減少に転じ、高齢化も進み始めています。
そして、最近では、地方全体の「消滅」を予測する議論もあります。

しかし、こうした空洞化傾向に対抗する動きも生まれています。
「地域づくり」といわれる挑戦で、1990年代中頃から始まったと言われています。
その動きは、とても多様ですが、地域経済と地域コミュニティの一体的再生を果たそうとする点では共通しています。

経済的な挑戦としては、新しい産業を地域から内発的に作りだすというもので、農産加工や農家レストランなどの「6次産業」がそれに相当します。また。農家民泊などの都市農村交流による「交流産業」も生まれています。「6次産業」も「交流産業」も、その地域の独自の資源を基盤とした産業づくりといえます。

新しい地域コミュニティの構築とは、地元の小学校区などのお互いの顔が見える範囲で、住民が集まり、行政などのサポートを得ながらも、手作りで地域課題の解決を実現するという挑戦です。それは、なくなったお祭りの復活という小さな活動から、撤退したスーパーマーケットやガソリンスタンドを住民自らが経営するという、大がかりな試みまで多様です。また、廃止されたバス路線に代わり、住民ドライバーがワゴン車による「コミュニティバス」を運営し、子供の通学や高齢者の通院の足を守る活動も注目されます。そのベースには、「地域の問題は自分たちで解決する」という住民の当事者意識があります。

興味深いことに、こうした動きは、過疎化が先発した地域、たとえば中国地方の山地で盛んに見られます。「崩壊」とも言われる厳しい状況の中で住民が再生の力を働かせる-つまり「崩壊と再生のフロンティア」という状況が生まれているのです。

このような「地域づくり」の動きは、バブル経済崩壊以降のいわゆる「失われた20年」と重なります。高度経済成長期やバブル経済期には、工場やリゾート施設を外部から迎え入れ、雇用と所得を生み出す、「外来型発展」が当たり前でした。しかし、それが望めない状況のなかで、地域の住民が産業を興し、コミュニティで課題を解決するという挑戦が行われてきたのです。
その点で、この20年間は、少なくとも農山村では、「未来に向けた20年」であったと言えます。

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そして、注目すべきは、そこに「援軍」が生まれていることです。都市から農山村への移住が活発化しています。それを「田園回帰」と呼んでいます。
まず、全国の動きを確認してみましょう。NHK・毎日新聞と明治大学の私たちの研究室の共同調査によれば、東京と大阪を除く、全国45道府県の移住者数は▼2009年度から2014年度までの5年間で4.1倍、実数で8800人増加し、11735人にも達しています。
大都市圏周辺の長野、岐阜に加えて、ここでも中国地方が多いことが注目されます。その中で、鳥取県における動向を、県の調査により見ると、県外からの移住者数は、2011年度の504人から2015年度には1953人と4年間で4倍近くに、やはり急増しています。そして、2015年度の移住者世帯の世帯主年齢を見れば、29歳以下が46%、30歳代が25%と、両者で全体の7割以上を占めています。移住者の中心は若い世代であることが確認できます。

移住者に各地でヒヤリングすると、子育て世代では「農山村で子育てしたい」、より若い世代では「自分の力を試すために起業に挑戦したい」、「困っている地域で何か貢献したい」など多様な動機があります。しかし、共通するのは、彼らは、住民が前向きに問題を解決しようと格闘している地域に親近感をもって、そこに向かう傾向があることです。
移住した若者たちは、「お年寄りが頑張っている姿に憧れた」「お母さん世代の女性がみんな仲良く、笑顔か素敵だ」といいます。

そこから、地域づくりと、田園回帰の関係が見えてきます。住民が「地域づくり」に取り組む農山村に、若者を中心とする移住者が引き寄せられ、彼らがその「地域づくり」にかかわり、地域がより魅力的なものに磨かれ、さらに外部から移住者を呼び込むという好循環です。

いまや農山村では、一部ではありますが、人も地域も動き出しています。
もちろん、このような挑戦が持続するためには多くの課題があります。地域の人々の覚悟や努力だけでは十分ではなく、それを支える地方自治体や国の政策の力が欠かせません。また、都市に住む人々が、ボランティアとして汗を流し、ふるさと納税を含む寄付などで応援することも必要でしょう。さらに、企業やNPO、大学などの地域貢献活動にも期待されます。

それらを含めて、国民的な意識の変化が徐々に生じているのではないでしょうか。しかも、それは「農山村のみが元気であれば良い」というのではなく、急速な高齢化が進む東京圏を含めて「都市なくして、農山村なし。農山村なくして都市なし」という両者が補完しあう道、つまり「都市農村共生社会の創造」に向かう意識変化だと思います
しかし他方で、2020年東京オリンピック・パラリンピックを契機に、東京への「ヒト・モノ・カネの集積」を促進し、グローバリゼーションの時代にふさわしい「世界都市TOKYO」を創造するという議論もあります。そうした主張には、農山村をはじめとする地方は視野に入っていません。
つまり、私たちは、大きな岐路に立っています。「世界都市TOKYO」づくりを集中的に進めるのか。

それとも、それぞれの地域が個性を活かし、多様に輝く「都市農村共生社会の創造」を進めるのかの選択です。
「ポスト東京オリンピック・パラリンピック」を見据えた国民的議論が今、求められています。

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