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「拡散するテロとIS」(視点・論点)

日本エネルギー経済研究所 研究理事 保坂 修司

7月1日、バングラデシュの首都ダッカにあるレストランを武装集団が襲撃、20人以上を殺害するという事件が発生しました。犠牲者のなかに7人の日本人が含まれていたことで、日本国内にも大きな衝撃を与えました。イラクとシリアを拠点とする国際テロ組織、イスラミック・ステート、ISが犯行声明を出しており、彼らの犯行である可能性が高いと考えられています。
このとき、メディアなどではいくつかの疑問が提示されました。なぜこの時期、なぜバングラデシュ、そしてなぜ日本人、という疑問です。仮にISの犯行であるとするならば、こうした疑問点には、ISのイデオロギー、現状、戦略、そして戦術の視点から応えていかねばなりません。

まず、イデオロギーの視点でいいますと、ISはつねに、イラクやシリアでISを攻撃するいわゆる有志連合を攻撃対象にすると主張していました。ISはこれをしばしば「十字軍」と呼んでいます。バングラデシュでのISの犯行声明でも「十字軍」を標的にしたことが明言されています。その意味でいえば、ダッカで外国人、すなわち十字軍諸国の国民が集まるレストランが狙われたのは、ISのイデオロギーからみて、当然のことだったといえるでしょう。
一方、ISは2015年9月以降、バングラデシュでイタリア人や日本人といった外国人のほか、世俗主義者、ヒンドゥー教徒、キリスト教徒、仏教徒のバングラデシュ人を対象とするテロを起こしてきました。
また、ISの英文機関誌では当初より世俗的なバングラデシュ現政権を批判しており、2015年11月以降は連続してバングラデシュに関する大きな記事を掲載するなど、バングラデシュを攻撃対象として重視する戦略を示してきました。そのうちの一部はバングラデシュの公用語であるベンガル語にも訳されており、ISのバングラデシュ重視戦略は国内の過激分子のあいだでも広く共有されていたと考えられます。事件の少しまえ欧米のテロ情報機関からバングラデシュがISの標的になる可能性が高いという警告が出ていたのはそのためです。
ISがイラクやシリア以外の国や地域を戦略的に重視するようになったのはISを取り巻く状況の変化とも関係があるといえます。ここ数か月、イラクやシリアではそれぞれの政府軍が有志連合等の支援を得ながら、ISの拠点をつぎつぎと奪還しています。拠点であるイラクのモスルやシリアのラッカにも反IS軍の攻勢が迫っています。こうしたイラク・シリアでの劣勢を跳ね返すための戦略としてそれ以外の地域での作戦を重視するのは、ISとしては当然のことといえるでしょう。
事実、ISの報道官、アドナーニーは5月、イスラム教徒の信仰心が高まる断食月、ラマダーン月を直前に控え、ヨーロッパやアメリカにいる支持者にそれぞれ住んでいる国でテロを起こすよう呼びかけました。組織と直接的なつながりやそこからの指示がなくとも、思想や理念に共鳴して、自分の生まれ育ったところでテロを起こす、いわゆるローンウルフ(一匹狼)とかホームグローンと呼ばれるタイプのテロ、ISがこれを期待しているのは明らかです。
ISはイラク・シリアという直轄地、そしてそれ以外の中東やイスラム世界の一部を州(ウィラーヤ)として統治していると自称しています。彼らが本当に支配しているかどうかは疑問ですが、これらの地域で彼らの組織が活発に活動をしているのは間違いありません。
しかし、最近活動を活発化させているのは、むしろISが州を置いていない国や地域といえます。バングラデシュもそのひとつですし、またフィリピン、そしてトルコなどもそこに入れられます。さらにここのところヨーロッパやアメリカにおいても頻繁にISの、あるいはIS的な事件が発生しています。これらの地域でのテロは、従来から存在するテロ組織・過激組織がISに忠誠を誓って、ISに加わるケースと、ローンウルフやホームグローン型のケースが大半で、いずれにしても、イラク・シリアから直接要員が派遣されたり、指示を受けたりしてテロを起こすのはほとんどないといっていいと思います。
既存の組織がISに忠誠を誓う場合には、従来型のテロの標的、たとえば政府であったり、異なる宗派であったりに加えて、それぞれの国にある十字軍、つまり欧米諸国の象徴的な施設や権益が攻撃対象となります。
一方、ローンウルフ型テロの場合、事実上、有志連合に参加した国であれば、どの国を攻撃しても、またそのなかのどこを攻撃してもいいことになってしまいます。実際にはイスラム的に許されない場所が標的として優先される傾向がありますが、象徴的な場所・時間、なるべく多くの犠牲者を出せる機会が狙われることもあります。実際、ISは十字軍諸国には「無辜の民」は存在しないと考え、欧米の権益を襲う場合には民間人を狙うことを推奨しています。
また、ISの戦術にも大きな変化が見られます。バングラデシュで出されたISの声明では「インギマーシー」というみなれないアラビア語が用いられていました。これは特攻隊とか、決死隊とか訳されるもので、最近ISが多用している戦術です。いわゆる自爆テロの一種なのですが、自爆テロが特定の場所で体に巻いた爆弾を自分で爆発させるだけなのに対し、インギマーシーは、その場所まで銃などの武器をもって攻撃しながら突っ込んでいき、最終的に自爆したり、警官などに射殺されたりします。ふつうの自爆テロより遥かに粗暴で、残虐だといえるでしょう。昨年のパリでの事件、フロリダでのナイトクラブ襲撃事件、ニースでのトラック暴走事件はいずれもこのパターンです。
最後になぜ日本人が殺害されたのかという点に触れなければなりません。すでに1990年代からジハードの名で50人以上の日本人が犠牲になっています。しかし、そのうちわざわざ日本人を狙ったケースはほとんどありません。しかし、だからといって、日本人が標的にならないというわけではありません。すでに日本は2004年から十字軍連合の一員とみなされており、理不尽ではありますが、日本人は殺されるべき範疇に入ってしまっているのです。
すでにISの活動は、一部のアラブ諸国をのぞけば、もはや組織や思想とはいいがたく、現象にすぎません。ISに加わる若者たちの大半はイスラムに関する深い理解があるわけでなく、単にISの掲げる暴力に共鳴し、その理念を利用して自分たちの怒りや不満を爆発させているだけのようにみえます。これは、ISに敵対する国であれば、中東であれ、欧米であれ、どこでも事件が起きてしまうことを意味しています。
資源の少ない日本は、エネルギー源の確保や貿易、さらに文化交流や援助のため、世界中どこであれ、人を送らねばなりません。その最前線に立つビジネスマンや援助関係者、外交官らをISのテロから完全に守るのは不可能です。しかし、ISや地域に関する正確な知識を増やすことでその危険度を下げることは可能です。官民や産学・メディアの垣根を超え、危険情報をタイムリーに出し、共有できるシステムを構築したり、地域の専門家を戦略的に育成することがますます重要になっています。

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