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「ロシアのドーピング問題」(視点・論点)

早稲田大学スポーツ科学学術院長・教授 友添秀則

国家主導のドーピング違反が指摘されているロシアが、リオ五輪に参加できるかどうかという問題で、IOC=国際オリンピック委員会は一定の条件を課すことで、ロシア選手のリオ五輪出場を認めることを決めました。出場が認められる条件は、すでに処分が出ている陸上を除く競技で、国外でのドーピング検査を受けて問題がない選手であり、各競技の国際競技団体が出場を認めた場合などとしています。
この決定に先立って、世界の反ドーピング活動を推進している独立機関である、WADA=世界反ドーピング機関は、ロシア選手団のリオ五輪からの全面排除をIOCに勧告していました。しかし、最終的にIOCは大国ロシアへの政治的配慮と選手個人の権利擁護とのバランスを考慮した玉虫色の決定を行ったとも言えます。国家主導のドーピングに対して厳格にノーを突きつけられなかったIOCは、五輪の将来に大きな禍根を残すことになったかもしれません。

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最初に、ロシアのドーピング問題の経緯について確認しておきましょう。事の発端は、2014年12月にドイツの公共放送ARDが放送したドキュメンタリー番組でした。ロシア反ドーピング機関の元職員と陸上競技の選手夫妻が、ロシアの陸上選手に蔓延する薬物使用の実態を告発しました。これを受けて翌年の11月に、WADAの独立委員会が報道内容の検証を行い報告書を公表しました。この報告書では、ロシアの陸上界が長年にわたって組織的にドーピングを行ってきたことや、本来はドーピングを取り締まる側のロシア陸連やモスクワ薬物分析機関、ロシア反ドーピング機関などの組織の幹部やコーチが検査の隠蔽、薬物使用や検査逃れの指南、隠蔽に対する選手への対価の要求に関与してきたことを明らかにしました。国際陸連は、この報告書で国ぐるみのドーピングを指摘されたロシア陸連に暫定的に資格停止処分を課したので、ロシア選手は国際大会に出場できなくなりました。

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今年1月のWADA独立委員会の第2回の報告書では、国際陸連元会長や関係者がロシア選手のドーピング違反を知りながら、その隠蔽や賄賂の要求に積極的に関与していたことを認定しました。まさに、スポーツの世界で犯罪行為が行われていたとも言える事態です。
さらに、今年5月には、モスクワ薬物分析機関の前所長がソチ冬季五輪期間中もメダリスト15人を含む代表選手がドーピングを行っていたと証言しました。また、前所長はロシアスポーツ省や連邦保安局の指示で、大会期間中にロシアの代表選手の尿サンプルの廃棄やすり替えを行ったと証言しています。今月出されたWADAの調査チームの報告は、この証言が事実であり、さらにパラリンピックを含む30の競技で、薬物使用と隠蔽が2011年から行われていたと述べました。
この他にも、6月にはWADAの独立委員会は報告書を出し、その中で問題発覚後の半年間でロシア選手のドーピング検査では、52件の陽性反応があり、700件を超える検査妨害や検査逃れがあったことを明らかにしています。また、IOCの調査でも、2008年の北京五輪、2012年のロンドン五輪のドーピング検査でのサンプルの再検査で22件のロシア選手の違反を明らかにしました。
国際陸連は自前の調査団の調査結果やWADA独立委員会の報告を踏まえ、ロシア陸連の反ドーピングへの改革が十分に行われていないと判断し、ロシア国外での検査体制の下で潔白を証明できた一部の選手を除いて、ロシア選手のリオ五輪への参加を認めないとする厳しい処分を下しました。ロシア政府はこの決定に対して、欧米によるロシアへの政治的攻撃の一環だと反発を強めました。
一方、IOCは、国際陸連の処分を尊重するとはしたものの、国際陸連が下した厳格な処分とは対照的に、すべてのロシア選手の身の潔白を当該競技の国際競技連盟が証明すれば、ロシアの旗の下での参加を認め、さらに、スポーツ仲裁裁判所で出場を勝ち取れば参加を認めるとの結論を出しました。また、すべてのロシア選手団をリオ五輪から排除するかどうかは、スポーツ仲裁裁判所に提訴したロシアの陸上選手への裁定を待ってから行うと処分を先送りにしました。そして、21日、スポーツ仲裁裁判所が、出場を求めるロシア選手の訴えを却下したと発表した後、今回の決定にいたったわけです。
ここには、国際陸連の処分に反発して、リオ五輪ボイコットをちらつかせるプーチン体制と大国たるロシアを敵に回すことが、IOCにとってマイナスと判断した、政治的思惑が働いているように思えます。
ロシアは、1991年、冷戦構造の終結後、ソビエト連邦の崩壊によって成立した国家です。東西冷戦下でスポーツは五輪や各種目の世界大会などで米ソ2大陣営のそれぞれの体制の優位さを示すツールとして利用されました。まさに、冷戦下はスタジアムや競技場を主戦場にして、米ソによる武のパワーゲームが展開された時代でした。戦後、初参加した1952年のヘルシンキ五輪では、金メダルやメダル獲得数でいきなり、アメリカに継ぐ世界第二位となり世界を驚かせました。
その後、国が丸抱えで選手を養成するステートアマチュア制度や五輪や世界大会で優秀な成績を収めた選手に特権を与えるスポーツマスター制度の導入、モスクワ体育大学を頂点とする選手養成制度の確立に努め、アメリカと並んで世界のスポーツ界の覇者の地位を築いてきました。しかし、ソ連の崩壊やその後の国家財政の逼迫と政治的混乱の中、選手養成制度は崩壊し、少なくないコーチや選手は活躍の場を国外に求めました。このようなスポーツの強化体制の弱体化とともに、夏季五輪では1992年のバルセロナ五輪を最後に金メダル獲得数で一度も世界一位を獲得できず、また冬季五輪では、1994年のリレハンメル五輪からソチ五輪までは低迷を続けました。
2000年に大統領に就いたプーチン氏は、他の先進諸国の為政者と同様に、スポーツを対外的にはロシアという国家のプレゼンスを世界に誇示する重要な媒体と考え、対内的には国民の連帯を強化し、国民としての誇りを醸成するツールと捉え、ロシア経済の不況にも関わらず、スポーツの強化に乗り出します。近年では、世界陸上選手権、ソチ五輪、世界水泳選手権、世界アイスホッケー選手権の開催、2018年のサッカー・ワールドカップの誘致に現れているように、スポーツのメガイベントを通して世界の注目をロシアに集め、国を挙げてスポーツ王国の復権を誇示しながら、ロシアの政治的、国家的威信を世界に示そうとするかのようです。
ロシアのドーピング問題の意味するところは、それが単に選手やコーチの利己的な勝利に対する欲望の表れという単純なものではなく、ロシアという国家の政治によるスポーツ利用の表れであり、国家や為政者の覇権主義への醜悪な欲望がスポーツの場で顕在化したものと捉えるべきなのかもしれません。また他方で、ロシアの国家主導のドーピング違反に対するIOCの玉虫色の決着は、オリンピズムの根幹を為すスポーツの正義やフェアネス(公平)をIOC自らが崩壊させてしまう危険性を孕んでいるとも言えるのではないでしょうか。

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