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「鳥の渡りの謎」(視点・論点) 

慶応義塾大学特任教授 樋口広芳

鳥は飛ぶことを生かして長距離の季節移動、渡りをします。毎年、秋と春に北の繁殖地と南の越冬地の間を行き来するのです。その距離、数千キロから数万キロ。長い旅の途中には、いろいろな危険が待っています。それでも、毎年毎年、山を越え、海を渡り、いくつもの国の上空を通過しながら、長旅を繰り返すのです。
 それにしても、鳥たちはいったいどこから来るのか、またどこへ行くのでしょうか。季節によって旅の道筋、渡りの経路は違うのでしょうか。鳥の渡りをめぐってはいろいろな疑問があります。私たち人間は、鳥のあとをついていくことができないので、これまで、渡りをめぐる多くの疑問に答えることはできませんでした。
しかし、最近の科学技術の発達によって、渡りの謎は急速に解明されてきています。利用できる技術は、人工衛星を利用した追跡から、日の出・日没の時間の地域差を、1グラム前後の小さな機器に記録し、追跡するものまであります。きょうは、最近明らかになった、鳥の渡りのおどろきの実態を紹介します。ただし、技術についての話は少々ややこしいので、省略します。

まずは驚異の記録から紹介しましょう。ヨーロッパとアフリカ西部を行き来するシロハラアマツバメは、繁殖時期を除く200日間、休まずに飛び続けます。羽ばたきと滑空を繰り返し、睡眠も飛びながらとっていると推定されています。
一方、干潟などにすむシギ類の1種、オオソリハシシギは、繁殖地のアラスカから赤道を軽々越えて、越冬地のオーストラリア東部やニュージーランド方面まで、一気に渡ることがわかりました。総延長移動距離は、長いものでは12,000キロほど。この距離を1週間ほどで渡ってしまいます。しかも、その間、無着陸。どこの陸地にも、また海上にも降りていないのです。
 アジサシ類の1種、キョクアジサシの渡りも、すさまじいものです。キョクという名がつくとおり、この鳥は北極と南極の間を行き来します。つまり、北極圏で繁殖し、南極圏で「越冬」するのです。「越冬」期の南極は、南半球なので実は夏です。長い北極圏で子育てし、南極まで渡ってまた夏をすごしていることになります。
片道15,000~20,000キロの旅、長いものでは往復で50,000キロ、最長で80,000キロに及ぶものもいます。キョクアジサシの中には、34年生きたものがいます。したがって、仮に、年間5万キロを移動する個体が34年生きたとすると、生涯で170万キロ!!!も移動していることになります。キョクアジサシの生涯移動距離は、地球と月の間を2往復以上するほどの距離があるということです。

さて、もう少しくわしく、図を使いながら、渡りの実態を見てみましょう。タカ類の一種、ハチクマの渡りです。
ハチクマは、ハチ類の蛹や幼虫を主食にする変わった鳥です。この鳥は、ハチ資源を求めて、東アジアの国々をぐるりとめぐる旅をします。

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秋、ハチの子などが得にくくなる9月中下旬から10月上旬に、本州から九州へと向かいます。九州西部の五島列島などを飛び立ったのち、東シナ海約700kmの海上を越え、中国の長江河口付近に入ります。

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その後、中国のやや内陸部を南下し、インドシナ半島、マレー半島を経由してボルネオやフィリピン、あるいはジャワ島や小スンダ列島にまで到達して、渡りを終えます。総延長移動距離、約1万キロ、全体として、大きなCの字を描く迂回経路です。
春には、秋とは大きく異なる経路をたどります。

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渡りは2月の中下旬から3月に始まります。マレー半島の北までは、秋の経路を逆戻りします。その後、インドシナ半島などで、1週間から1か月の長期滞在をしたのち、中国の内陸部を北上し、朝鮮半島の北部に至ります。

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日本には戻ってこないように見えますが、そこでなんと90度方向転換して、朝鮮半島を南下。朝鮮海峡を越えて九州に入り、さらに再び90度方向転換して東に進み、繁殖地の長野県や山形県、青森県などに戻るのです。延長移動距離は、1万数千キロ、やはり大きなおおきな迂回経路です。
おどろいたことに、秋と春を合わせると、東アジアのすべての国を一つずつめぐっていることになります。

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まるで、アジア各国をめぐる、親善大使をつとめているようにも見えます。
さらにおどろくべきことに、春と秋の渡りの距離は合わせて2万数千キロ、経路は季節によって大きく違うのに、戻る先は、人間世界の言葉を使っていえば、何丁目、何番地、何号くらいまで正確に決まっているのです。しかも、その位置は年によっても変わりません。
鳥たちは、地図も方位磁石ももたずに、どうやって渡る経路や終着点を見つけているのでしょうか。太陽の位置や、星座、地磁気、地形などを利用して移動しているようです。でも、くわしいことはわかっていませんし、仮にそうした手がかりを使っているとしても、季節によって異なる何万キロもの旅を続け、もとの場所に正確に戻る能力というのは、私たちの想像をはるかに超えるものです。鳥たちは、私たち人間にはとてもまねのできないことを、やってのけているのです!

では、ハチクマはなぜ、秋と春で渡りの経路を大きく違えているのでしょうか。私たちの研究グループは、気象条件に注目して理由を探っています。ハチクマの渡り経路を決める上で、鍵となる地域は、東シナ海です。あまり羽ばたかずに風に乗りながら移動することの多いタカ類にとって、島影のない700kmの海上を渡るのは、危険なことです。ここを越えるかどうかが問題です。
 東シナ海の秋と春の気象条件、とくに風向と風力について調べたところ、ハチクマが大陸に向かう9月中下旬から10月上旬にかけては、東からの風がかなり安定して吹いています。ハチクマは、この追い風を利用して、西に向かって移動しています。省エネルギーによる飛行が可能になっている、ということです。
一方、春。ハチクマが通過する可能性のある5月には、東シナ海の気象条件は不安定です。いろいろな方向からの風が吹き、南の海上には梅雨前線が発達していることもあります。700㎞の海を横切るのは、きわめて危険です。大きく迂回してでも、朝鮮半島を南下し、170 kmほどしかない朝鮮海峡経由で九州に入る方が、明らかに安全なのです。
 鳥たちは、気象条件や地理、地形などを巧みに利用しながら、何万キロにも及ぶ季節の旅を続けているのです。しかも、自分自身で羽ばたきながら、独力で、です。私たちヒトには能力的にも政治的理由からも、こんなすごい旅、すばらしい旅をすることはできません。

鳥の渡りはおどろき満載です。きょう、あまりお話できなかった渡る方角などを知る能力などをふくめて、知れば知るほど、渡りという現象はすばらしく、奥が深いものです。
 一方で鳥たちは、渡る先々でさまざまな環境問題に遭遇し、近年、急速に数を減らしています。渡る経路や中継地、越冬地を調べることによって、どこでどんな問題に出合っているかを調べることができます。私たちは得られた研究成果を、渡り鳥とその生息地の保全に役立てられるよう努力しています。

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