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「消費増税再延期③~先送りが許されない社会保障改革~」(視点・論点)

慶応義塾大学 教授 駒村 康平

政府は来年4月に予定していた消費税率10%への引き上げを2年半延期することにしました。消費を維持し、デフレ解消を確実にするという目標を重視したからです。しかし、日本社会は、急激な高齢化と人口減少に確実に向かっており、社会保障不安、老後、介護不安が人びとの最大の将来の不安であり、その不安が人々の消費意欲を減退させています。
こうした不安を取り除く社会保障制度改革を行うためには、十分な財源と政治の利害調整能力が不可欠です。かつての日本のように十分な経済成長があり、人びとの生活にゆとりがあれば、政治の利害調整の負担は小さいでしょう。しかし、経済成長が鈍化し、格差が拡大し、他人に配慮する余裕のないなかでは、社会保障制度改革によって「負担の押し付け合い」が表面化するために、政治の強い利害調整が必要になります。

人口高齢化によって発生することが予想される問題は、ほぼ確実に現実のものになります。
厳しい未来から目を背けて、対応を先送りすると、事態はますます深刻になります。
その最も典型的な例が、現在の人口減少・高齢化問題の直接的な原因になった少子化問題です。1990年代、急激に低下する出生率を前にして、行うべき政策を先送りにしたことが、今の人口減少・高齢化の決定的な要因です。同じように少子化を経験しながら、迅速かつ十分に対応し、出生率の反転上昇に成功した欧州諸国と比較すると政策対応の失敗は明らかです。

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図は、ここ35年間の政府の人口推計の1年間に生まれる子どもの数の予測数です。1975年の青の線が示すように、1975年当時の出生率2・1を維持できた場合、2015年でも200万人程度の子どもが生まれるはずでした。
しかし、75年以降、社会経済構造の変化のなかで、急激に出生率が低下していきます。それでも1992年の出生率は1・5程度でした。もしここで政府が保育所や児童手当の引き上げなどの十分な対応をして、出生率を1・8まで回復していれば、1992年の緑の線が示すように、2015年でも130万人程度の子どもが生まれていたはずです。しかし、この1990年代という大事な時期に、政府は本格的な少子化対策という地道な政策を先送りしました。この結果、少子化の傾向はなかなか改善せず、赤字線で示すように、2015年に生まれた子どもの数は100万人程度で、2040年頃には50万人程度まで減少することが予測されています。
子どもが減少し、高齢者の寿命も伸びた結果、高齢化率は予想以上に急上昇します。

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1975年当時の推計では高齢化率はピークでも18%程度でとどまるはずでした。あるいは1992年に少子化対策を行い、出生率を1・8まで回復しておけば、高齢化率はピークでも29%程度にとどまったかもしれません。しかし、実際には2016年ですでに27%近くになっており、将来2040年から45年頃には40%になることが予想されています。

このような現在の高齢化、人口減少は90年代以降、当時行うべき少子化対策に対する不作為が原因であり、政府は正しいタイミングで必要な政策を行わなかったことを大いに反省すべきです。

私たちは、こうした厳しい人口減少と高齢化を前提に社会保障制度を再構築する必要があります。特に人口の多い団塊世代が75歳になる2025年には社会保障制度の支出が急増し、社会保障給付費は現在の1・4倍、150兆円に達することがわかっています。
そのために、主な与野党が増税に合意するというきわめてまれな政治状況を背景に2012年に社会保障・税一体改革が行われたわけです。
その一体改革の内容は、まず消費税を3%あげ、その税収8兆円で、基礎年金の国庫負担分と将来世代へのつけ回し分を減らしつつ、少子化対策も強化する。
そして、次の増税2%分で残った将来世代へのつけ回し分の穴埋めや低所得者対策を行う予定でした。しかし、今年6月の総理の新しい判断のもと、後半部分は先送りになり、予定していた財源が確保できず、社会保障・税一体改革は途中で宙に浮いてしまい、2025年という9年後に迫った課題にすら対応できない状態になっています。

忘れてはいけないのは、高齢化のピークは2025年ではなく2040年から50年頃で、このころ65歳以上人口は最多になり、高齢化率も40%に接近します。
なるべく早く2025年の課題を解消し、2040年を視野にいれた社会保障制度改革に着手する必要があり、足踏みしている時間的な余裕などないはずです。
社会保障制度とその財政問題は、
①高齢化率がピークとなる2040年過ぎに高齢化率が40%になるなかで、どのように社会保障制度を持続させるのか?負担をあげるのか、それとも給付を下げるのか、②もし、負担をあげないのならば、大幅に社会保障給付を下げることになるが、それで老後生活を過ごすことができるのか、③逆に、給付の維持を優先して負担を上げる場合、若年者に負担を押しつけることになり、不公平感や働く意欲を奪うのではないか、という社会保障制度改革のジレンマに突き当たることなります。

社会保障制度のなかでも高齢化の影響を受けやすい、公的年金の改革では、制度の財政的な維持の確保と、これ以上、若者に負担を押し付けないため、つまり保険料の上昇を抑えるために、高齢化率の上昇分だけ、国民年金の水準を引き下げることを決めています。
この引き下げ幅は、約30年間で累積30%カットとなります。すなわち2040年頃には国民年金は現在の貨幣価値で考えると45000円程度の水準になることが想定されています。

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その上、今後も上昇する医療保険料や介護保険料がこの年金から天引きされることになるので、手取り年金はさらに大きく低下することになります。これでは、高齢者のみならず若い世代も老後展望、将来展望を持つことができないでしょう。
こうした社会保障改革のジレンマを回避するためには、先送りされた消費税に代わる安定財源の確保、低所得者向けの給付への重点化、高齢者も経済、社会保障制度の支え手になるような改革を急ぐ必要があります。こうした改革は利害調整が大きく政府にとって大きな負担になると思いますが、逃げてはいけません。

さらに仕事と子育て、介護の両立は社会保障・税一体改革ではあまり検討されません
でしたが、今後は一層、重点的に対応すべき問題です。すでに2025年を待たずして、団塊の世代の介護のために就労継続が難しくなっている現役世代が増えています。放置しておけば、子ども世代の介護離職を発生させ、親子共倒れ、日本社会の経済力も大きく損なうことになります。

人口構造の変化に伴う問題は、ある程度、予測可能です。したがって、準備すべき政策内容はわかっているはずです。問題はそれを計画的に実行できるかどうかにあります。逆に、やるべき時にやるべき政策を実行しないとそのつけは何倍にもなって社会に押しかかってくることは、90年代の少子化対策の不作為でわかっているはずです。もう先送りはできません。財政も政治力も、社会保障改革に集中的に投入することが必要になっています。

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