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「消費増税再延期②~消費税引き上げの問題点~」(視点・論点)

三菱UFJリサーチ&コンサルティング 上席主任研究員 片岡 剛士

去る6月1日、安倍総理大臣は2017年4月に予定していた消費税率10%への引き上げを延期して、2019年10月に行うことを表明しました。消費税率10%引き上げの延期表明は2014年11月18日に続き二度目となります。
消費税を増税するのは、社会保障制度を維持・充実させ、さらに財政健全化に結びつけることが目的と言われますが、私は問題点が大きいと考えます。

まず1つ目の問題点は、消費税は高齢化に伴い拡大を続ける社会保障給付費を満たすための安定財源ではないということです。2016年度の社会保障給付費は当初予算ベースで118.3兆円と見込まれていますが、高齢化が進む中で毎年増加を続けています。8%から10%に消費税率を引き上げた場合に新たに見込まれる税収は軽減税率導入に伴う税収減を合わせて考慮すると4.4兆円程度です。社会保障給付費は毎年2兆円から3兆円のペースで増えていますので、10%まで消費税率を引き上げても赤字額が削減されるのは2年程度であって、再び赤字額が拡大することになります。
厚生労働省の試算によれば、2025年度の社会保障給付費は148.9兆円となることが見込まれています。また研究者の試算によれば、2050年度には257.1兆円と2016年度の倍以上に膨れあがることが予想されています。社会保障制度を維持するために消費税を活用するのであれば、毎年のように消費税率を引き上げる必要があります。しかし5%から8%へと消費税率を引き上げるのに17年もの歳月がかかった事実、8%から10%への引き上げが2回延期された事実から考えると、消費税を社会保障の基幹財源とするのは非現実的です。税率を引き上げなければ税収が増えないこと、後で述べるように消費税には様々な問題点があることを考慮すると、消費税は拡大する社会保障給付に自動的に対応する安定財源ではないといえます。
2つ目の問題点は、消費税増税にともなう世代間格差是正効果は大きくないということです。確かに消費税率を引き上げれば、社会保障で受益が負担を上回る現在の高齢者世代の負担は高まります。ただし、家や自動車といった耐久財を既に購入済みであり、子育ても終了した高齢者が亡くなるまでに支払う消費税額は多くはないと考えられます。さらに消費税増税に伴う物価上昇に伴って高齢者の年金額は増加するため、高齢者世代の負担は多くはならないでしょう。
3つ目の問題点は、消費税は低所得者に対して特に厳しい税であるということです。消費は所得に比べて家計間の格差が小さいことが知られています。どんなに低所得者でも生活を営むには最低限の消費をしなければなりません。逆に高所得者は、所得のうち消費に回すお金の割合は一部であって、多くを貯蓄します。所得に応じて税率が変わる所得税とは異なり、消費税は低所得者から相対的に多くを徴収して、高所得者からは少なく徴収することになります。これは逆進性と呼ばれます。低所得者を支援することが目的の一つである社会保障の財源を、低所得者に厳しい方法で徴収するのは論理矛盾ではないでしょうか。

さて、政府は10%へ消費税率を引き上げるタイミングで逆進性を緩和するために食品や新聞に対して2%の軽減税率を導入することを決めています。しかし軽減税率は逆進性の緩和にはつながりません。

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こちらは年間世帯収入別に、一人あたりの酒類を除く食費支出額をまとめたものです。図から明らかなとおり、世帯収入の大小で食費支出額には大きな違いがないことがわかります。こうした現状で軽減税率を導入すれば、軽減税率の恩恵は低所得者ほど大きくなるのではなく、国民の大部分が平等に受けることになるため、負担の軽減にはつながるとしても逆進性の緩和にはならないのです。軽減税率には品目によって複数の税率が課されることで徴税コストが膨大になるなど、様々な問題が指摘されています。消費税増税とともに、逆進性緩和につながらない軽減税率が導入されるのは本末転倒といえるでしょう。
4つ目の問題点は、消費税増税は景気への悪影響が大きく、政府・日本銀行が進めているデフレからの完全脱却と経済成長の障害になってしまっているということです。
次の図は消費税増税が個人消費に及ぼす影響を図解しています。

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図中の青い点線は消費税率が変わらない場合の個人消費の動きを示しています。そして赤い実線が消費税率を引き上げた場合の個人消費の動きですが、消費税率引き上げ直前に駆け込み需要によって増加し、その後は駆け込み需要の反動によって減少します。しかし個人消費の水準は消費税率が変わらない場合よりも低くなります。これは、増税分だけ商品の値段が平均的に上がってしまうことで家計の実質的な所得が低下した結果、個人消費が抑制されてしまうためです。

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図は消費税率を3%から5%に引き上げた場合と消費税率を5%から8%に引き上げた場合の家計消費の動きを比較したグラフです。アベノミクス以降やや明るさが出てきたとは言え、デフレからの完全脱却の途中かつ賃金の伸びも低調だった2014年4月に3%の消費税率引き上げを行った事で、家計消費の落ち込みは深刻となりました。2016年4月の家計消費は3年前の2013年4月よりも低く、低迷が続いています。

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さらに家計消費の低迷は実質GDP成長率にも大きな影響を与えています。この図は実質GDP成長率と、実質GDPに含まれる各項目の寄与度をみています。2013年度の実質GDP成長率は2%と堅調でしたが、これには民間消費支出と住宅投資の増加が大きく作用していました。2014年度は2009年度以来5年ぶりのマイナス成長となり、2015年度の実質GDP成長率は政府が見込んでいた1.2%を下回る0.8%の成長率に留まりました。2014年度以降の成長率低下に寄与しているのは低調な民間消費支出です。政府は5%から8%への消費税率引き上げで見込まれる経済への悪影響を緩和するため、2013年度補正予算として5.5兆円の経済対策を行い、さらにその後の景気悪化に対応するために2014年度補正予算として3.1兆円の経済対策を行いました。消費税率引き上げで見込まれる税収8兆円を得るために、新たに同規模の財政支出を行ったという事実を考慮すれば、財政運営の観点からみても2014年4月に消費税増税を行ったことは失敗でした。
海外経済の先行きへの懸念が高まる中で2017年4月に消費税増税を行えば、低成長は続き、デフレからの完全脱却は困難となるでしょう。安倍首相が公約違反との批判を受けながらも再び消費税増税を延期したのは正しい判断です。
これまでみたように、消費税増税を社会保障の財源に充てる「社会保障と税の一体改革の枠組み」は消費税が抱える様々な問題点により破綻しつつあります。
デフレから完全に脱却し先進国並みの安定的な成長率を維持することで税収を持続的に増加させるとともに、資産課税を強化させるなどの手段を駆使するといった改革が必要と言えましょう。

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