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「有権者の選択と今後の政治」(視点・論点)

学習院大学教授 野中 尚人

アベノミクスの是非や改憲をめぐって争われた参議院選挙が終わりました。18才以上の若者が初めて選挙権を行使した国政選挙でもありました。
結果は、概ね事前の予測通りでしたが、改めていくつかの点を指摘しておきたいと思います。

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最初に、各党の獲得議席ですが、政権与党の自公両党が安定した力を発揮しました。目標の61議席という過半数を大きく超え、70議席に到達しました。特に公明党は、過去最高の14議席を勝ち取りました。他方、主要野党の民進党は選挙前より9議席減らした訳ですから、与野党間のバランスから考えて与党の大きな勝利だったことが確認できます。
ただし、1人区での接戦ぶりやその結果を見ると、一方的な与党勝利とは言えない面もあります。共産党を含めた野党共闘が一定の効果を発揮したことも事実でしょう。選挙の現場からも、共産党の支持者が民進党やその他の市民運動の関係者との交流を広げるという新しい機会になっている、とそういう指摘もあります。また、無党派層の中で野党統一候補の得票率が自民党候補を上回る例がかなりに上ったことも、今後の趨勢を占う上でかなり重要な変化かもしれません。自民党の勢いがやや頭打ちとなり始めたことを示唆しているようでもあります。
第2に、社民党と生活の党がわずか1議席にとどまり、「日本のこころを大切にする党」や「新党改革」などは全く議席が取れなかったことも1つの大きな流れで、これら小政党の淘汰が進んだと言えるでしょう。
第3に、投票率は54.7%と振るいませんでしたが、中でも初めて投票権を得た18-19才の層で45.5%にしか達せず、大変に残念な結果に終わりました。
第4に、いわゆる「改憲勢力」が改憲の発議をするために必要な3分の2を確保しました。今回の選挙の大きな争点でもあり、当然、今後の政治展開に極めて大きな影響を与えることは間違いないでしょう。

さて、こうした選挙結果を、近年の内外の政治情勢とも絡めながら考えてみるとどうでしょうか。私は、「奇妙な安定」ではないかと考えています。これはどういうことでしょうか。イギリスの国民投票でEUからの離脱が決まったことや、アメリカでもトランプ氏が共和党の大統領候補に決まったことが最も象徴的な出来事ですが、ヨーロッパのほとんどの国々では既成政党の力が大きく後退し、逆に、極端で破壊的な主張を掲げる反体制政党の影響がどんどん大きくなっています。こうした大動乱に比べて、日本では主要政党への支持の回復と安定が大きな特徴となっていると思います。

ただ、私が「奇妙な」、と表現するのにも理由があります。1つは、グローバル化や格差の拡大といった他の国々と共通の問題があるのに、それが何故か、政治的なうねりにならないからです。例えば、私がここ数か月滞在していたフランスでは、若者が抗議のための徹夜の対話集会をあちこちで繰り広げたり、ひどくなるとデモから暴徒化して大問題となったりしています。若者の失業率など、背景の違いがありますから単純な比較はできません。また、日本でも一部の若者の一生懸命な取り組みが見られました。ですが、全体としてみますと、日本の若者の「奇妙な」と言っていいかわかりませんが、体制順応主義というか、政治的な無関心さはやはり気になるところです。
それと、地方で人口がどんどん少なくなり、疲弊が進んでいるにもかかわらず、本当のところ、それが選挙の争点になっていなかったように感じられます。「アベノミクスの恩恵が地方に及んでいない」という捉え方では、物事の深刻さがどこか覆い隠されていたように思えてしまいます。これが、「奇妙な安定」と呼ぶ際の、もう1つの懸念という訳です。ちょっと別の言い方をすれば、「嵐の前の静けさ」ということかもしれません。

ところで、いわゆるブレギジットとトランプ選挙に共通しているのは、平気でウソをつき、ごまかしてでも投票に勝つというやり方です。エリートに対する庶民の反感、グローバル化と貧富の格差の拡大、大量の移民や繰り返されるテロなど、「ウソの政治」は、こうした不満や反感をばねとしているのでしょう。
この点日本では、今のところはるかに「ましな」政治が維持されていると思います。しかし、問題がないかと言えばそうではありません。それは何かと言えば、選挙の際に説明をせず、大切な問題をめぐって国民に向き合おうとしてしないことです。「ウソの政治」ではありませんが、「隠す政治」になっているように思えてなりません。これも深刻な問題なのです。

前回の衆議院総選挙でもそうでしたが、今回の選挙戦でも、一番推進したい勢力は、改憲に関わる議論を極力さけていたように思います。これは大変に残念なことだと言わねばなりません。
政治にはリーダーシップが必要です。時には、孤独な決断をし、その全責任を負うことを覚悟しなければなりません。しかし、それは白紙委任を認めるものではありません。自らの決定と行動を選挙の際にきちんと説明し、今後の方針についてしっかりと国民と対話をする、そうした選挙での取り組みこそが、本当の意味でリーダーシップを支えるということを再確認してもらいたいものです。

さて今後についてですが、いわゆる改憲勢力が3分の2を確保した訳ですから、憲法改正に向けた議論が開始されることになります。ですが、様々な立場や考え方があり、例えば、実際の改正の前提として、立憲主義に関わる考え方の整理やその確認が不可欠だという見解にも重要な意味があります。
しかし他方で、この前提ばかりを争っていてはなりません。国民の権利・義務の根幹やその原理に関わる条項は全く別ですが、少なくとも、統治の仕組みを規定する部分については、実際の仕組みを規定している部分、むしろ一刻も早く議論を開始し、しっかりとした検討に基づいて合意形成を少しでも進める必要があります。例えば、衆議院と参議院との関係を始め、国会改革を放置することはもはや許されない段階だと断言できます。

注意が必要なのは、憲法をめぐるイデオロギー論争に陥ってしまうと、他の政策課題に振り向けるべき時間や労力があっと言う間に失われてしまうことです。ですから、憲法についてはとにかく冷静な議論を積み上げその上で土俵づくりをしっかりと地道に行っていくことです。そして、アベノミクスが極めて大きなリスクを抱えつつあるということも言えるわけですから、まずは経済対策にこそ全力で取り組むべきでしょう。長期的な観点から経済と社会の活力を取り戻していくことは容易ではありませんが、これこそが今、ぎりぎりのところで求められている真の課題だと確信しています。
この点、政権の受け皿として魅力ある政策を準備するという野党の役割も大変に重要ではないでしょうか。

選挙後の調査結果においても、安倍政権への全面的な信任というよりは、野党側に魅力のある政策と選択肢がなかったという感想が多かったですが、これにも現れています。
骨太で透明な競争のある政治に向けて、野党にも新たな覚悟と一層の奮起が求められていると思います。

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