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「山地酪農で未来をひらく」(視点・論点)

酪農家 中洞 正

私は、現在岩手県で酪農を営んでいる、中洞正と申します。
山地酪農という手法で、牛を放牧し、そこで生産された牛乳を使って、飲用牛乳、ヨーグルト、バター、アイスクリームなどの乳製品を製造販売しています。牧場内では農薬や化学肥料などは一切使わず可能な限り自然の摂理のまま牛を放牧しております。
今日は私が行っている「山地酪農」と日本の酪農のあり方についてお話したいと思います。

私が30数年に亘って、実践してきた山地酪農は、戦後まもなく猶原恭爾という植物生態学者によって提唱された、山地を利用した放牧酪農です。
輸入の餌は全く使うこと無く、国内に自生する野シバを主とした在来野草を利用した酪農手法です。

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日本の国土の約7割を占める山地地帯が、何の産業もないまま放置されています。この山地に無尽蔵にある草を餌として活用し林業との共生をはかりながら、より自然な牛乳を生産する、いわば地域にある資源を有効に活用して、品質の良い製品を生み出す、循環型の酪農です。
幸いにも日本の国土は海洋性気候の為、温暖で日射量や雨量も多く草の生産量は非常に高いのです。緑の放牧地が連なる放牧酪農の中心地、ヨーロッパアルプスは冷涼で雨量も少なく日本の山地に比べれば草の生産量は格段にすくないと言われています。
1960年代「アルペン酪農」を提唱した日野水一郎という人は「日本の山地は露天掘りの金鉱である」と言われました。残念ながら、その金鉱と呼ばれた山地が、放置され山村に産業が無くなってしまいました。産業が衰退した山村は、今や限界集落から崩壊集落へとなっています。
最近、地方再生を訴えている人達が多くなっていますが、私は地方再生イコール産業の育成であると考えます。日本の山地での産業は林業と牧畜ではないでしょうか。
かつて、日本の山村の主たる産業は林業でした。しかし、1964年に木材が自由化された以降、日本の林業は崩壊し山村の主たる産業がなくなってしまいました。林業は経済スパーンの非常に長い産業です。林業が産業として成り立っていたのは伐採、植林を同時に行っていたためです。
しかし、現在は植林が殆ど行われていません。ということは途中で経済のサイクルが途絶えてしまいます。収入が無くても林地の管理をしなければ林業の経済サイクルは再生しません。
そこで、林地に牛を放牧すれば、牛の力で、林地の下草刈り等の管理をしながら、牛乳生産で収入が確保でき、林業の再生が可能となります。
このように「山地酪農」には素晴らしい可能性があるのです。
私が、32年前この山地酪農を始めたきっかけは、酪農と言う産業で国土の有効利用を図りながら、牛乳を供給して国家、国民に寄与すると言う理念に傾倒したからです。
しかし、現在の日本の酪農の現状をみると、私には大きな問題があるように思います。
1960年代には全国に40万戸にも及ぶ酪農家がいたのですが、2013年にはその
20分の一の、2万戸を割ってしまいました。最近のバター不足もこのように酪農家戸数が激減したことが主な原因です。
酪農家激減の原因を、分かりやすく言えば、儲からなかったからです。その上、365日、重労働が、朝早くから夜遅くまで続くのです。国内の牛乳生産の約半分を賄っている北海道に至っては、ここ10年で20数%も酪農家が離農しています。
重労働の上に儲からなければ離農するのは当然のことではないでしょうか。
儲からない原因は、牛の餌代と糞尿処理です。これが酪農家の経営を圧迫してきたのです。特に餌代は経費の50%を占めていると言われています。
日本の酪農は戦後、アメリカの余剰穀物戦略によって急激に発展した産業です。トウモロコシや小麦などのアメリカの余剰穀物を、酪農を始め、日本の畜産業に売るという仕組みの上に構築された産業だったのです。
その証拠は欧州や豪州を始め、世界各地にみられる放牧酪農、が日本にはほとんど見られないことです。
テレビをご覧の皆さんは、北海道の牛乳は放牧された牛から生産されていると、思われますか?そう思っている方が多いと思いますが、実際に北海道で放牧している酪農家戸数は全体の10%にも満たないのです。頭数や、牛乳生産量の割合から見れば更に少なく、限りなくゼロに近い数字になっています。
しかも、飼われている牛は、牛舎の中で身動きも出来ない環境に置かれているため、運動不足等のストレスで病弱化しています。本来は20歳近くまで生きられる牛が、たった5~6歳で乳牛としての役目を終え、屠殺場へ送られるのです。この時はじめて日光を直接浴び、外気を吸う牛も少なくないのです。これは虐待的飼育とされても仕方ありません。
EUでは家畜福祉と言う概念から虐待的飼育は法律で禁止され始めてきました。日本でも、最近になってやっと家畜福祉を推進する団体が出来たことは大変喜ばしいと思います。
日本の酪農業界を牽引して来た専門家は草や酪農、畜産の専門家でした。
彼らはいかに乳量を増やすか、規模拡大をするか、ということばかりに奔走してきた、と思われます。
その結果、日本の乳牛は1日一頭30リットルから50リットル、高泌乳牛といわれる牛は100リットルの乳を出すまでに改良されてきました。
日本の酪農業界がTPPで戦々恐々としているニュージーランドの一頭あたりの乳量は日本の半分程度と言われています。
高泌乳戦略の日本の酪農が低落状態で、改良もせずに少ない乳量のニュージーランドが世界に冠たる酪農大国になっている現状はあまりにも皮肉な話です。
私が実践している山地酪農を提唱した猶原博士は植物生態学の学者でした。日本の山々に在来の野シバの放牧地を作り、持続型酪農を構築し、千年続く酪農を夢見てそれを「千年家構想」と呼びました。生態系を重んずる発想から沢山の乳量を求めることを戒め、外来牧草に依存しない放牧地を作ることを提唱し続けたのです。

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しかし、アメリカの余剰穀物の利用を前提とした酪農業界においては、この山地酪農はあくまで異端で、実践するものはほとんどありませんでした。
しかし、山地を活用した放牧によって餌の購入費を抑制し糞尿処理費と重労働の軽減を図ることが出来ます。そして、何より放牧によって牛のストレスが減少し、牛が健康になり自然の野草を活用することによって、安心、安全の牛乳が生産されます。
後継者不足が深刻な酪農業界にあって、私どもの牧場には農学部の学生を中心に年間
200名以上の若者が研修に訪れます。この中から何名かがすでに山地酪農を実践し始めています。こうした若者たちが、これからの日本の酪農業界に大きな足跡を残してくれると確信しております。

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