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「災害後のエコノミークラス症候群を防ぐために」(視点・論点)

新潟大学講師 榛沢和彦

3ヶ月前に発生した、熊本地震では、大規模避難所施設の損壊による避難所不足、度重なる余震の恐怖などから多くの方が車中泊避難をされました。その結果51人が入院を必要とするエコノミークラス症候群を発症し、そのうち重症は5人で1人が亡くなっています。
残念ながら、日本では災害の度に、多くの方がエコノミークラス症候群にかかる、という事が繰り返されています。
今日は災害後のエコノミークラス症候群を予防するために何が必要なのか、お話したいと思います。

その前にまずエコノミークラス症候群とは何でしょうか。
正式な病名は静脈血栓塞栓症と言います。肺を含む静脈に血の塊、つまり血栓が出来ることで起きる病気です。この病気はふくらはぎから始まります。

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ふくらはぎの中にあるヒラメ筋は、歩くことで心臓に血液を戻す第2の心臓と呼ばれている部分です。ヒラメ筋の中にある静脈はヒラメ筋静脈と呼ばれ、膨らみやすくできています。
しかし飛行機のエコノミークラスなどで、長時間座ったままでいると血液が重力で落ちてヒラメ筋静脈が膨らみ、その中で血液がよどんでしまいます。そのうえに水分を摂らない状態が続くと、血液が濃くなり血栓ができてしまいます、これを▼深部静脈血栓症と言います。この段階では80%は無症状なため、さらに動かないでいると▼血栓は大きくなり心臓方向に延びていき▼骨盤内にまで達するとちぎれて飛散し心臓を通って肺動脈を詰まらせます。これが▼肺塞栓症です。血栓が大きい場合は死にいたる場合もあります。深部静脈血栓症と肺塞栓症は一連の病態であることから合わせて静脈血栓塞栓症と言います。これがいわゆるエコノミークラス症候群です。

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18世紀に病理学者のウィルヒョーが、▼血流が滞ること、血液が固まりやすくなること、血管が損傷することの3つの原因が重なると静脈に血栓ができることを報告し現在もそう考えられています。これを災害後に当てはめると、▼「血流が滞ること」は車中泊や混雑した避難所や狭い応急仮設などで長時間動かないこと、▼「血液が固まりやすくなりこと」は水や食料が不足することで血液が濃くなること、▼「血管が損傷すること」は避難時の打撲を含んだケガや長時間座りっぱなしによるヒラメ筋静脈の過度の拡張による損傷です。▼このように災害後にはエコノミークラス症候群がおきやすくなっているのです。

災害後の車中泊避難によるエコノミークラス症候群が注目されたのは、2004年の新潟県中越地震でした。
我々の調査では14人が肺塞栓症で搬送されそのうち7人が亡くなっています。
しかし、この教訓がその後の災害で生かされたとはいえません。
原因は2つあります。ひとつは時間の経過ともに災害の教訓が風化してしまうこと。
もうひとつは予防できる死亡は徹底的に防ぐという医療安全管理の考え方がまだ日本で定着していないことです。
死に至る重症な肺塞栓症は深部静脈血栓症の1000分の1程度でしか発症しません。これは少ない率かもしれませんが、決して無視していい数字ではないと思います。日本は災害大国です。もっと日頃から準備しておく必要があるのではないでしょうか。
災害対応は平時での仕組み作りが重要です。災害後にエコノミークラス症候群が起きやすい、という事実を認識しているだけでは予防は難しいということを熊本地震は示したと思います。

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では、エコノミークラス症候群を防ぐためにはどうすればよいでしょうか。
個人で出来ることとしては
・肢の静脈血流を良くするために数時間毎に歩く、
・ふくらはぎをマッサージする、弾性ストッキングを履く
・血液が濃くならないように水分を補給する、
・車中泊を避ける、
・足のケガは早めに治療し、打撲したら包帯や弾性ストッキングで圧迫しておくなどです。
弾性ストッキングは特殊な編み方でつくられていて、圧迫力を備えた医療用ストッキングです。弾性ストッキングを装着すると、肢の静脈の血流がよくなります。ご家庭でも用意しておくことをお勧めします。行政は、弾性ストッキングの製造業界との防災協定や、  配布着用指導する人達との取り決めなどを平時に締結しておくと良いと思います。

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さらに、避難所の環境を良くすることが大切です。
これは、東日本大震災後の新潟県の遠隔地避難所でのヒラメ筋静脈血栓の発生率です。ほとんどの場所で10%以上の率で見つかりました。新潟県は東日本大震災の被災地ではないことから、被災地だから血栓ができるのではなく、避難所そのものに問題があることがわかりました。
そして、避難所の環境を良くし、エコノミークラス症候群を防ぐためには簡易ベッドが
有効だとわかってきました。

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実は簡易ベッドの有効性がわかったのは、1940年、第二次世界大戦中のロンドン地下鉄避難所です。この時ロンドンはミサイル攻撃を受け地下鉄ホームが雑魚寝の避難所になりました。そして肺塞栓症による死亡数が前年の6倍になったことが報告されました。そこで、イギリス政府は簡易ベッドを地下鉄避難所に20万台準備したところ、肺塞栓症はその後減ったということです。

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昨年9月の茨城県常総市の水害でも多数の雑魚寝の避難所ができました。
そこで我々は段ボール製簡易ベッドの導入を試みました。
避難所の状況によって使用率が異なったため、その後の調査で、ベッドの使用率が高い避難所ほど、ヒラメ静脈血栓の頻度が減少する、つまりエコノミークラス症候群が予防できることがわかりました。
ベッドの方が、寝起きが楽で活動量がます事、安眠できて精神的に楽というような事が理由だと考えられます。
この結果から、内閣府の避難所運営ガイドラインに簡易ベッドの使用項目が入りました。また同時に弾性ストッキングの着用も入りました。
さらに、災害直後から、ラジオでエコノミークラス症候群の危険性及び予防法の
放送をすることも有効です。今後も災害がおきたら、直後から周知放送をすることが大事です。行政は地元放送局と、そういう仕組みづくりをしておくことも必要ではないでしょうか。
さらに、我々の調査では、災害時にエコノミークラス症候群の予防をすることが、
新たな病気を防ぐことになる、という事もわかってきました。
我々は毎年、新潟県中越地震地域で足の静脈エコー検査を行っています。
その際、震災後に新たな病気になったかをアンケート調査しました。

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その結果、被災地域のヒラメ筋静脈血栓の頻度は地震の無い地域に比べて10年以上高いままであること、震災直後に見つかった血栓がまだ残っている人が10%程度いることが分かりました。また、震災8年後までにヒラメ筋静脈に血栓が見つかった人では見つかっていない人に比べて肺塞栓症は約70倍、脳梗塞は約4倍、心筋梗塞は約2倍多いことがわかりました。深部静脈血栓症を予防することで、長期的にこうした疾患が予防できる可能性があります。

災害とエコノミークラス症候群の連鎖は、もう断ち切らなければいけません。
そのためには、行政の平時の仕組みづくりと準備が大切です。
そして何より、災害時のエコノミークラス症候群の健康被害を風化させず、語り継いでいくことが重要だと考えます。

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