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「言葉は人生の潤滑油」(視点・論点)

落語家 立川 談四楼

今日は「言葉は人生の潤滑油」ということでお話しますが、ちょっと困ったなと思うのは、相反するような格言ですとか歌謡曲の歌詞ですとか、ありますね。「目は口ほどにものを言い」とか、「沈黙は金」、あるいは「俺の目を見ろ何も言うな」とか、「愛する二人には言葉はいらない」とか、これはほんとなのでしょうか。例えば「目は口ほどにものを言い」、よく目の演技でありますよね、以心伝心というやつでございます。しかしこれ気心が知れているから、親しいからの技でございまして、そうでないシーンも見たことあります。
「何?なんの話?」なんていうので、ぶちこわしでございます。
やはり基本は言葉なんでございますね。その言葉に目の表情とかの表情、そして身振り手振りが加わって、我々は人様とコミュニケーションというものを取るわけでございます。

今回この潤滑油という言葉をぼんやり眺めて、ふっと気がついたことがあるんです。皆さん、お気づきですか?この三文字、全て“さんずい”なんでございます。
潤滑油の「潤」は潤うという、こんな意味がございますね、「滑」、これは円滑に物事を進めるとか、滑空するとか、滑るとか、なめらかという、こんな意味合いがありまして、「油」、これはもう油そのものでございますね、例えば自転車がキイキイ言ってると、油ぎれだよ、油を注してごらん、なんていうので一差しすると、なめらかに動くようになるというような、「油を売る」という言い方がございますね、「中東で油を売ってきた」なんという笑い話もあるんでございますが、それは置いておいて、つまり油を売るってことは、話が面白いんですね、弾んでしまって肝心の用件とか仕事を忘れてしまうと、こういうことなんですね。
だから、「油ばっかり売ってないで仕事しろ」なんていうのも若干これまた矛盾するんで、話が盛り上がっているという状況なんでございますね。基本言葉を使って我々はコミュニケーションを取るんですが、言葉でも公のものと、まあまあ非公式、プライベートなものがございますね。例えば、祝儀・不祝儀という公のものを出しましょうか、このお祝い事、つまり開業式ですとか創立何十周年とか、代表的なのはやっぱり結婚披露宴でございましょうか。私、その司会を長く多くやりましたので、思うところ大でございまして、招待状が来て、出席をして、祝辞をお願いします、こんな展開よくございます。乾杯までのご挨拶というのは基本ちゃんと聞いてもらえます。お仲人さんの挨拶、双方の主賓の方とか、乾杯のご発声をなさる方。なぜならばこれはノンアルコールという状態だからですね。しかも社会的地位の高い場慣れした人達がしゃべるのですから聞いてもらえるんです。かわいそうなのは乾杯後ですね。祝宴に入ってから挨拶する人、悲惨な人なんかもずいぶん見ました。何しろもうアルコールが入ってます、料理があります、久々に会った人もいますね。「久しぶり」なんていうので、「二次会どうするの?」「何時からどこ?」、なんていうので盛り上がってる。名刺交換するマメな人もいますし、もっとマメな人はビール持って各テーブルまわったりなんかする。つまり場内は騒然としているわけです。
ここへ経験の乏しい若い人なんかがスピーチをと促されるわけで、難しいんですね、この局面。褒める、当人褒めてるつもりですけれど、司会の私からすると、けなしてるようにしか聞こえないのもあるんでございます。結婚披露宴ていうのは、また難しいことに、今あまり気にする人は少なくなりましたが、忌み言葉というのがございますね。禁句といいますか言わないほうがいい言葉ですね。
「返す、引く、戻す、切れる、割れる」こういう言葉は避けたほうがよろしいんです。それをよけながら騒然とした中でやる、これは難しいですね。「新郎は勉強よくできて、当然仕事も熱心で、友達付き合いも良くて」なんていうのでね、ぼそぼそやってる。これ、けなしてるようにしか聞こえないんですね。一調子上げる必要があるんですね、騒然としてますから。わざとらしい言葉、ちょっと浮きがちな言葉でもかまいません、例えばですよ、私が聞いてて、すごいこと言うな、でもピッタリだなと思ったのは、「皆さん、新郎をご覧ください、紋付羽織袴姿で、日本男児の正装です。凛々しいではありませんか」なんていうと、みんな、「おお、そうだそうだ」なんて。新婦にいたっては「三国一の花嫁姿」なんて演歌の司会みたいなことを言ったりして。でも雰囲気にはピッタリなんでございますよ。
このテンションを持ち込んではいけないのが不祝儀という、つまり通夜、葬儀、年回、法要でございますね。例えば通夜に駆けつける、ご遺族と会う、ここで高っ調子でベラベラしゃべる人は、あんまりおりません。基本的に何言ってるかわからないというのがお悔やみなんでございますね。
「どうも・・びっくりいたし・・・さぞや・・・ほとほとほとほと・・・ほとほと」はちゃはちゃばかり言ってる人はいますよ。でもご遺族にも周りの人にも、当人、何を言いたいかがきっちり伝わってるんですね。
「あたくし、訃報を伺って大変驚きましてございます。さぞやお力落としのことでございましょう。これよりお悔やみを申し上げます。本日はご愁傷様でございます。」こう言ってるのがわかるんですよ。ただ聞こえるのは「どうも・・、はちゃはちゃはちゃはちゃ・・」、これだけなんですね。
日本語の不思議といいますか言葉の不思議、別の意味での以心伝心と、こういうことなんでございましょう。私の師匠というのは立川談志といいまして、5年前に亡くなりました。この人は毒舌家でならしておりまして、人を悪く言わせると名人でございましたですね。ボキャブラリー、語彙が豊富なんです。口を極めて相手をやりこめるというような。一方で褒め上手だったということは案外知られてないのでございます。この人はズバっと褒めてくれます。照れたりしません。人は褒める時にやっぱりちょっと照れるんですね、つい、にやついたりする、これがマイナスになるんですね。台無しになってしまいます。
談志は例えば私の落語を聞いて、「いいぞ、お前。いい。ああ、感心したよ、磨け、これを。商売、これ商売もんになるぞ。お前、この話儲かるぞ。お前、どんどんやれ、いい」なんてんでね。滅多に褒められたことがないですから、もう舞い上がって、ようやく理解してくれたなんて。で、油断はするもんじゃないですね。すぐに、「こんなこともわかんねえのか、ばかやろう。だからてめえの落語はマズいんだ」なんていうんでね。元の木阿弥になったりもするんでございます。
そして思うことは、例えば女性を褒めるのもなかなか難しいですね。ちょっと昔ですと、女性が髪の毛を切ると、誰も触れてくれないとご不満だそうですよ。昔だったら、「髪切ったの、失恋でもしたのかい」なんていうんでね、でも今これNGなんだそうです。セクシャルハラスメントということで、会社員の方は大変だなと思ったりもするんですが、どうやって切り抜けてるのか聞いたら、さすがです、名人はいるもんですね。「え、ちょっと雰囲気違うよね、え、え、なんだろうなんだろう、もちろんいいほうに違うんだけどさ、どこが変わったんだろう。いや、雰囲気違うんだよ」「うん、髪の毛切ったのよ」、なんていうんでね。相手に言わせるんだそうです。はい。名人ているもんですね。
そうすると相手も気持ちよくて気をよくする。当然一言が効いてるんですね。もちろんいいほうに変わってるという、このワンフレーズが効いているわけでございますよ。でも俺は口下手でさ、なんていう人いらっしゃいますね。そういう人は1つ聞き上手に撤するとか、色々手はあろうかと思いますんで、1つこの言葉、大いに駆使して、口はタダなんでございます。はい。なめらかな潤いのある暮らしをお楽しみください。

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