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2016年 アメリカ大統領選挙の行方(視点・論点)

東京大学大学院 教授 久保 文明

本年のアメリカ大統領選挙は、極めて異例な展開となっています。まず二大政党が、ドナルド・トランプ氏のように政治経験皆無の人物を大統領候補に指名することは誠に異例であります。第2に、第二次世界大戦後の歴史で共和党がトランプ氏のように孤立主義的外交政策を提唱する人物を公認候補に指名することも異例なことです。第3に二大政党の大統領候補、どちらもが保護主義的であるというのも戦後の歴史では異例であります。トランプ氏は強く環太平洋経済連携協定、すなわちTPPに反対の姿勢を示し、本来国務長官としてそれを推進してきた民主党のヒラリー・クリントン候補も反対の立場から再交渉を要求すると発言しています。日本に及ぼす影響も甚大であります。

今回は民主党、共和党双方で党の主流派が苦戦しました。特に共和党の場合は、党のエスタブリッシュメント、既成政治家たちが、これ以上ないほど完璧に敗北したと言ってよいかと思います。
我が国では、トランプ現象をもっぱら、格差拡大といった経済的要因にも求めようとする論調が目立ちますが、それはやや視野が狭い見方ではないかと思われます。特に共和党での予想外の展開を理解するためには、不法移民問題やイスラム系テロリストに対する不満、共和党指導部に対する怒りなどを含めた分析をする必要があるように思われます。
共和党の支持基盤は圧倒的に白人であります。それに対して民主党は黒人票の約9割、ヒスパニック票のほぼ7割を獲得し、多人種、多民族的です。過去40年間にわたり共和党は白人の低所得層に支持を大きく広げてきました。その主たる切り札は、減税、あるいは信仰心へのアピール、あるいは黒人など少数派への反発の利用でした。
21世紀に入ってからは黒人への反発は一部1100万から1200万人いると言われる不法移民に対する反感に変わりました。国民の一部は自分が失業した時、それは不法移民に職を奪われたせいだと考えるようになります。あるいはアメリカは本来、英語を話す白人の国ではなかったのか、と思う人も少なくないようです。
そのような中、一般の白人労働者層の共和党員からすると共和党の政治家たちは、強硬な不法移民対策を講ずる、と言いながらまだ実現できていないということになります。あるいは大型減税、あるいは人工妊娠中絶禁止など宗教的な公約を共和党の政治家たちはふりかざしながら、直接的な形では、白人労働者層の不満にほとんど応えてくれていない、このような感覚が蔓延しています。これがトランプ氏を共和党の中で押し上げてきました。
それでは選挙戦の現状はどのようになっていますでしょうか。クリントン、トランプ両候補の全国での支持率は、このようになっています。

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トランプ氏の支持率が、ここで下降しています。最新のABCニュース、ワシントンポストの世論調査ではクリントン氏51%、トランプ氏39%という形で大差がついています。トランプ氏によるメキシコ系判事に対する人種差別的発言が尾を引いているようです。ただし、実際に勝敗を決する州ごとの情勢、情勢分析では、まだまだ接戦州が多く、予断を許さないようです。

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このグレーの部分が接戦州であり、非常に多数あります。特に今回注目される白人労働者層が多いオハイオ、ペンシルベニア両州ではかなりの接戦となっています。ご覧のとおりであります。全国平均よりかはかなりせっております。

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それでは、今後の展開を見てみたいと思います。

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選挙戦の基本的な情勢がわかるのは、7月に行われる二つの全国党大会終了後、およそ2週間程度たってからかと思われます。党大会を行うと、普通その党の候補者の支持率が大きく上がります。それが落ち着いたところが、選挙戦の基本的な情勢です。その後候補者討論会が3回予定されています。政策論に弱いトランプ氏にとって、大きな関門となるかもしれません。
次に、それぞれの候補の強みと弱みをまとめてみたいと思います。

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まずは、クリントン氏の方であります。上院議員あるいは国務長官としての圧倒的な経験、あるいは政策に対する理解力、このあたりは彼女の強みであります。
他方で、既成政治家のイメージが非常に強く変化をアピールしにくい、あるいは、実は好感度もかなり低い、非好感度が高いというのも彼女の特徴であります。あるいは、国務長官時代に私的なアカウントでEメールを使った問題が、今、FBIの元で捜査されています。

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次はトランプ氏であります。既成政治に挑戦するそのイメージ、これが非常に今あのトランプ氏の強みであり、また、ズバリ物事を言うことで白人労働者層の心を掴んできました。
他方で、失言が多い、あるいは政策の内容についての理解が弱い、それからトランプ氏の場合には特に今、あの非好感度が高い、といったことが弱点でもあります。
両候補とも深刻な弱点を抱えているということが言えるかと思います。

ただし、11月8日の投票日まで様々なことが起こり得ます。

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こちらで示したのは、ほんの一例にすぎません。テロ、スキャンダルなどは既にお話ししましたけれども、例えば、両候補の集会で暴力的な衝突が起こるということもありえ、その予想外の影響ということもあるかもしれません。
今後特に注目に値するのが、トランプ氏が本選挙において、どの程度、予備選挙での戦い方を変えることができるか、だと思われます。予備選挙では、素人の勘に頼る戦略が、まんまと当たりました。しかし、本選挙では、そうはいかないだろうと思われます。
まず共和党主流派の支持を固めることが重要であります。次の点が注目に値します。
まず副大統領人事であります。これは既成政治家を充てることを示唆しています。次に重要なのは、連邦最高裁の判事の候補です。現在一人の欠員があります。トランプ氏はそのリストを示しました。それは保守派の判事ばかりでして、共和党主流の間では高く評価されています。
これらはすべて共和党主流との関係修復を狙った判断であります。さらに、選挙戦では、これまでの選対本部長を更迭し、政治資金調達や世論調査の専門家を雇用し始めました。またいくつかの重要演説では、プロンプターを使用し、失言をしないように気をつけ始めました。支持率においてクリントン氏との間に生じた大差を埋めていくには、これら多数のことをしなければならないわけでありますが、最も重要な点は、トランプ氏が今後、直観だけに頼らず、専門家の助言も尊重しながら、自らを律し、政策も学び、選挙戦を展開していけるかどうかにかかっているかと思われます。
今回の選挙には、普通の選挙とやや違う部分があります。それはトランプ要因により、二大政党の従来の支持基盤が一部変動することであります。一方で共和党の高学歴層、あるいは外交専門家らは、棄権かあるいは民主党に投票すると思われます。リチャード・アーミテイジ元国務副長官、あるいはヘンリー・ポールソン元財務長官らは、クリントン氏に投票すると公言しています。あるいは、評論家のジョージ・ウィル氏は共和党離党を宣言しました。他方でトランプ氏は潜在的には民主党の支持基盤である白人労働者層に食い込んでいく可能性を秘めています。その効果がでやすいのがオハイオ、ペンシルバニア、ミシガンなどの州であると思われます。現段階では、クリントン氏が有利な戦いを進めていますが、投票日はまだ4カ月先であります。しかも、今回は様々な異例な要素が入り込んでいます。過去のパターンやこれまでの常識にとらわれずに見ていく必要もあるかと思います。

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