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「米国の日本美術、その収集と研究」(視点・論点)

東京藝術大学大学美術館 准教授 古田 亮

欧米を旅行すると、各国の美術館で日本美術の展示に出会うことがあります。米国ではメトロポリタン美術館やボストン美術館に数千点規模の日本美術コレクションがあり、美術館展示の主要な位置を占めています。米国において日本美術が収集され研究されるという歴史は、明治時代まで遡ります。19世紀末には日本では美術と見なされなかった浮世絵版画が熱狂的に愛好されたように、あるいはアメリカ人コレクター、ジョー・プライス氏が戦後いち早く伊藤若冲の収集をはじめていたように、米国のコレクターや研究者たちが日本美術の中に新たな価値観を見出し先導するということが起こっています。
その根柢には、日本美術に対する見方、感じ方の違いがあるのではないかと思われてなりません。そのことを、米国における日本美術の収集対象や研究方法などを例に、考えて見たいと思います。

昨年、ボストン美術館と東京藝術大学のふたつのコレクションによって日本近代美術を通覧する展覧会を開催した時に、それらには根本的な違いがあるということに気付きました。おなじ近代日本美術を対象としながら、両者の収蔵品が全く違っていたのです。

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たとえば、開国以来の西洋インパクトを伝える錦絵は芸大にはなく、ボストンでは豊富です。西洋画に刺激されて真っ先に油絵を描いた高橋由一らの油絵およびその後の近代洋画は、ボストン美術館にはありません。前身である東京美術学校関連の作品が芸大に多く所蔵されているのは当然ですが、ボストンのコレクションには全くありません。この表をご覧いただければ明らかですが、まるでお互いに相談してコレクションが重ならないようにしたかのようにさえ見えます。
芸大のコレクションは、ある意味で近代日本が国として目指したものの象徴ということが出来ます。それ故に美術とは見なされなかった浮世絵は収集の対象から除外され、近代美術の中心となる日本画、洋画のコレクションが収集されたという経緯があります。一方、ボストン美術館ではそうした近代美術にはほとんど関心を持たなかったのです。
これは、ボストン美術館のコレクションに限ったことではありません。米国の日本美術コレクションとは、基本的に個人の収集品によって成り立っており、それが寄贈されるなどして美術館のコレクションを形成しています。そこには、芸大コレクションがそうであるような日本人が思い描く近代日本美術の姿とは別の、いわば米国における近代日本美術の姿なるものが見えて来ます。
これは渡辺省亭という明治の日本画家の作品です。省亭は欧米ではたいへん人気があり美術館のコレクションでもよく見かけますが、日本では所蔵する美術館は少なく一般に知られているとは言えません。米国では省亭をはじめとしてジャポニズムの時代に好まれた河鍋暁斎、柴田是真らの作品、それから京都画壇の作品などは比較的よく目にするのですが、日本で評価の高い横山大観、上村松園といった巨匠たちの作品は全くと言ってよいほど見ることがありません。
なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。ひとつには、日本画を見る時に歴史や物語を主題としたものよりも自然や動植物を描いたものを好むという理由が考えられますが、浮世絵や近世絵画に注がれる熱い眼差しに比べて大観ら近代日本画に対する眼差しが冷ややかであることを、理論的に説明することは難しいと言わざるを得ません。
そうした日本美術に対する関心の持ち方、収集のあり方に日本と米国とでは少なからぬギャップがあることは事実です。ギャップとはすなわち、自然や文化の違い、見方の違いから生じる、きわめて感覚的なものであろうと思います。決して日本美術について欧米での理解が足りないというわけではないからです。むしろ、明治の初めから今日にいたるまで欧米における日本美術研究はたいへん盛んであり、また高い水準の研究が続けられてきています。
では次に、米国における日本美術史研究の現状について見てみましょう。
コロンビア大学では日本美術史研究の長い伝統があり、多くの優れた研究者を輩出してきました。彼等は専門の研究対象を持つとともに古代から現代まであらゆるジャンルの美術品について広く知識を身につけ、大学の授業や美術館での実践に活かしています。狭い専門にだけ閉じこもる傾向がある日本の研究者が見倣うべき点と言えるかもしれません。
コロンビア大学で長く教鞭をとられた村瀬美恵子教授がアドバイザーをつとめたバーク・コレクションは、仏画、やまと絵、水墨画、浮世絵など、古代から近世までの名品が集められました。米国における個人収集の日本美術コレクションとしては質量とも最大規模を誇ります。他の個人コレクションと根本的に異なるのは、それらが正統な学術研究の裏付けをもって日本美術史を俯瞰できるようにバランス良く収集されている点です。現在、このコレクションはメトロポリタン美術館とミネアポリス美術館に収蔵され一般に公開されています。これによって、今後、日本美術に対する見方や感じ方が修正されていく可能性もあります。ただし、残念ながら収集対象は近世までで、近代美術は含まれていません。
一方、ハーバード大学もまた、日本美術史の研究が盛んです。その特徴のひとつとして大学の附属美術館に多くのコレクションがあることが挙げられます。また、近年増築された美術館の上層階にはスタディー・ルームが完備され、研究者の閲覧に応じています。実作品を見るということは美術史研究には不可欠なことですので、学内にこうした施設があることによって教育的効果は大いに期待されます。
コロンビアやハーバード大学に限らず、米国には日本美術史研究がたいへん盛んです。それは、明治以降に蓄積されてきた豊富な在米コレクションの御陰だと言ってもよいでしょう。
今日、アメリカ人研究者が日本の学術誌に論文を発表したり、日本に招かれてシンポジウムに参加することなどは珍しいことではなくなりました。日米の日本美術史研究は、垣根のない世界を築きつつあると言えます。しかし、それでもなお、研究の対象や方法において日本と米国では多少のギャップを感じることがあります。日本人研究者が取り上げることのないマイナーな作家をアメリカ人研究者が熱心に調査するといったケースがそれです。それはフェミニズム理論によって埋もれた女性画家の研究をするといった、方法論に由来することもありますが、根本には作家や作品に対する見方や関心の違いが研究対象に影響を与えているように思われます。
今後益々、米国での日本美術の収集と研究は盛んになるでしょう。グローバル化の進む中で日本美術が世界に広がっていく際には、おそらく、価値観の違いが問題となる場合も出てくるでしょう。しかし、日本美術が日本人だけのものであった時代は、もはや過ぎ去ろうとしているのかも知れません。大切なことは、お互いの価値観を押しつけ合うのではなく、作品と人とのより積極的な交流によって、お互いを理解し合うことではないかと思います。

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