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「夏の風の呼び名」(視点・論点)

詩人 高橋 順子

暑い夏には涼しい風が恋しくなります。毎日涼しい風が吹いてくる環境にある人はいいですが、そうでない人は山や海に出かけたりします。それも叶わない人はクーラーや扇風機の冷たい風に当たらなければなりません。涼しいと冷たいの違いは、生きている風と作られた風の違いです。生きている風は、葉っぱを揺らしたり、雲を動かしたり、また渡り鳥を乗せて走ります。

私たちには身におぼえのある風もあります。この季節、この方角、このくらいの強さ、あるいは弱さ、その他に風によってはクセがあります。さっぱりしているとか、べたべたしているとか、いい匂いをさせるとか。なつかしい、あるいはいまわしい風です。そしてそういう風は名前をもっているのです。
ある本によれば、この国には二千以上もの風の名前があるそうです。その他に書物の上にだけ吹いていた風や中国伝来の漢字で書く風の名前を合わせると、もっと多くなるのですから驚きます。
数年前、この本に助けられ、それから多くの国語辞典や歳時記を調べて、風の名前についての、解説やエッセイを書きました。書いているうちに、日本よりも多く風の吹く国はあるにちがいないけれど、こんなにきめ細かな風の名前を多くもつ国は他にないのではないかと思いました。この国は地震、津波、洪水に見舞われやすい国ではありますが、四方を海に囲まれ、四季に恵まれ、私たちは自然に対峙するというよりは、そのふところに抱かれて育まれてきたといえましょう。私たちは雨や風と濃やかに付き合ってきたので、それが雨風の名前の多さにつながってきたのだと思います。
きょうはこれからの季節、夏に吹く風の名前をたどっていきたいと思います。

さて、季節はまもなく梅雨明けでしょうか。梅雨の時期に特徴的なのは湿った南風です。
夏に吹く風は南風が多いですね。おだやかな南風は心地よい風です。
西日本では南風を「はえ」と呼びます。
この言葉は俳句の季語にもなっていて、いくつかに細分化されています。
「黒南風(くろはえ)」は黒っぽい雨雲のかかる梅雨入りのころに吹く南風。
「荒南風(あらはえ)」梅雨半ばに吹く荒い南風。
「白南風(しらはえ)」は梅雨明けのころにそよそよと吹く南風です。「白南風(しらはえ)」の吹く海は暮れ方になっても、まだ空が明るいのです。
私の古里は千葉県の九十九里浜に面した町ですが、ここでは南風のことを「風」は略して「みなみ」と言います。
強い南風のことは「おおみなみ」と言います。
東風は「こち」と言って、春だけではなく、夏にも使います。
俳句の季語で「青東風(あおこち)」といったら、初夏のすがすがしい東風で、
「土用東風」は夏の土用のころに吹く東風です。
古里の海は南東方向にひらけていて、沖からもろに吹いてくる強い南東の風を「いなさ」と言います。もちろん海上は時化で、なにごとか起こりそうな不気味な潮風です。
「いなさ」が吹くと、漁師は船を出しません。潮風はべたべたしているからと言って嫌う人が多いですが、私は塩分を含んだべたべたがかえって体を清潔にしてくれる感じがしてきらいではありません。
「いなさ」や「おおみなみ」が吹いた翌朝はいろいろなものが打ち上げられました。流木や巨大な海草や外国の文字が書かれた缶や、珍しい貝殻も打ち寄せられました。
それらは海風の贈り物といえましょう。
贈り物のことは「饗(あえ)」と言いますね。日本ではもっとも古い風の名前である
「あいの風」の語源は、この「饗(あえ)」ではないかという説があります。日本海の魚介類を浜辺に寄せ来るからです。この風は東風ではないかとされてきましたが、じっさいには北寄りの風をいうことが多いようです。太平洋岸とは逆に北風が浜にいろいろなものを打ち寄せます。
「あいの風」は「あゆの風」ともいいますが、奈良時代に今の富山県に国司として赴任した万葉の歌人、大伴家持はこの言葉をつかった歌を残しています。

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「あゆの風 いたく吹くらし 奈呉(なご)の海人(あま)の釣する小舟 漕ぎ隠る見ゆ」。
あゆのかぜが激しく吹いているようだ 奈呉の漁師たちが釣りする小船が、波間に見え隠れしている、という意味でしょうか。
数年前の夏、福井県の東尋坊を訪れたときのこと、熱い夕日が海に沈むのを見ました。その日泊まったペンションで、朝方涼しい風が枕辺に訪れました。宿の主人に「朝方涼しくなりましたね」といいましたら、「あいの風が吹くんですよ」という話でしたが、あれが『万葉集』で大伴家持を吹いた風、と思ってうれしかったです。
風はとらえようと思わないときにやって来るようです。「あいの風」は、江戸時代、北国から上方へ向かう北前船にとっては順風になりました。逆に上方から北国に向かう船にとっての順風は「下(くだ)り」という南の季節風でした。「あい」と「くだり」は対の風といえましょう。
思い出す涼しい風は「極楽の余り風」です。これは姫路市に住んでいた義母が言ったのを聞きました。ロープウェイに乗って市内の山のお寺に行ったところ、丈高い杉や檜の間からまさに「極楽の余り風」が吹いてきました。辞書を見ると、涼しい西風とありました。極楽浄土のある方角から吹いてくる、いっとき極楽を思わせる気持ちのいい風ということでしょう。
涼しい風ばかり紹介してきましたが、ここで恐れられている風を紹介しておきましょう。
山背風(やませ)。夏にオホーツク海の高気圧から、東北地方の太平洋岸に吹き出す冷たい北東の風です。涼しいを通り越しているのです。この風が吹くと厚い雲がかかり、霧や小雨を降らせるので、稲作農家に深刻な冷害を及ぼします。
私は二十年以上前に、この風に会ったことがあります。北に行くにしたがって夏が遠のいてゆくような感じで、雹が降り、青い稲は生長することを止めていました。心配したとおり、その秋は記録的な凶作でした。宮沢賢治の「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」ではじまる詩の中に「サムサノナツハオロオロアルキ」という一行がありますが、「やませ」が吹いていたのですね。夏は夏らしく暑いほうがいいですね。
風の名前が分かったときには、風と握手したというよりは、ハイタッチしたという感じですか。風はすぐに遠ざかってゆくことが多いですから。
人工のものが身の回りにますます増えていく時代に、自然と触れ合って、「あなたは誰」と吹いてくる風にたずねてみる、そんなふうに自然と会話することで、気持ちがはずむと同時に、いにしえの人びとの営みも、皮膚感覚で分かってくるような気がします。

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