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「アメリカの移民問題を考える」(視点・論点)

成蹊大学教授 西山 隆行

今年のアメリカ大統領選挙では、移民に批判的な立場をとるドナルド・トランプ氏が多くの支持を得て、共和党の候補となることが確実になっています。
グローバル化の進展に伴い移民が世界的に増大する中で、多くの西洋民主主義国は人種やエスニシティ(民族)の多様性を現実のものとして受け入れつつある一方で、移民の増大が社会不安を増大させ、移民に対する排斥主義的な動きも顕著になっています。そして、移民への反発を受けて、従来の政策を見直す動きも強まっています。
歴史的に多くの移民を受け入れてきたアメリカで、今、何故トランプが支持を得ているのでしょうか。
本日は、アメリカの移民問題から見えてくる課題を考えてみたいと思います。

トランプが支持を得ている背景には、アメリカの人口変動があります。

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近年のアメリカでは、マイノリティである中南米系とアジア系の移民が増大しており、1960年は白人が人口の85%を占めていたのに対して、2050年には中南米系を除く白人は50%を下回ると予想されています。
そうした変化を受けて、この20年、アメリカは出入国管理の厳格化や移民に対する福祉給付制限などの政策をとってきました。しかし、移民への反発を背景に打ち出されたそれらの政策は政府の意図に反する結果を招き、今、アメリカ社会の多数派としての地位を失うことに不安を感じている非ヒスパニックの白人、とりわけ、労働者階級の人々がトランプを支持しているのです。
それでは、どのような政策が政府の意図に反する結果を招いたのでしょうか。ここでは、社会福祉政策と犯罪政策の二つに注目したいと思います。

まず、社会福祉政策については、1996年に制定された社会福祉改革法で厳しい措置がとられました。例えば、公的扶助(日本でいえば、生活保護のようなものですが)の受給者は労働の義務を課されるようになり、その受給できる期間も継続して2年まで、生涯あわせて5年までに制限されることになりました。このように、公的扶助を受けるのが厳しくなった背景には、アメリカの世論が、黒人や移民などのマイノリティが社会福祉を悪用していると誤解していたことがありました。このような政策変更は、一見常識的に思えるかもしれません。しかし、いうまでもない事ですが、マイノリティのみならず、白人も貧困に陥ることがあります。それ以前は移民も受給できていた公的扶助が、この96年改革の結果、白人貧困者までもが十分な給付を受けることができなくなり、その社会的地位を向上させることが困難になりました。
また、改革の結果、市民権を持っていることが公的扶助を受給するための条件となったので、日本と違って住民票が存在していないアメリカでは、合衆国市民権の証明書や出生証明書を所有していないために、給付を受けることのできない白人貧困者も多く出たのです。
マイノリティに対する反発を背景として公的扶助の給付条件を厳格化した結果、公的扶助を受給できなくなった白人が増大したこと、また、仮に受給できる場合でも十分な給付を受けることができなくなるケースがあったことは、悲劇的だといえます。

つぎに、犯罪対策についてみていきます。
ある世論調査で、アメリカの白人は、マイノリティと犯罪の関係について、中南米系の人々は他のエスニック集団の人と比べて暴力的だと回答しています。また、中南米系に関する報道のかなりの割合を、犯罪、テロ、不法移民についての話題が占めていることも明らかにされています。アメリカでは、保守派の政治家やメディアが、移民犯罪の恐怖を煽り立てている現状があるのです。
しかし、移民の犯罪率が取り立てて高いという事実はありません。ですが問題は、移民犯罪が多いとする保守派の主張に、一見したところデータの裏付けがあるように見えることです。

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図は、人口10万人あたりの収監者数の比率を示しています。これを見ると、黒人と中南米系、とりわけ、黒人男性と中南米系男性の比率が非常に高いことがわかります。黒人男性の収監率が高いのは、プロファイリング(つまり人種的な特徴に基づく捜査と逮捕)が頻繁になされている結果だと言われています。
では、中南米系についてはどうかと言えば、移民法違反で訴追された人が多いのです。

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図は、連邦法で訴追された人の中で、移民法違反で訴追された人の割合を示しています。これを見れば、移民法違反で訴追された人が近年急増していることが理解できるでしょう。従来は行政法上の処分で済ませていた移民法違反者を、近年では裁判にかけて訴追するようになっているのです。訴追された者の多くを中南米系が占めていて、その結果、中南米系の収監率が高くなっているのです。これは、アメリカ=メキシコ国境を越えてテロリストが入国するのではないかと危惧する人が増えたのを受けての措置だとされています。
このようにして、警察などの取り締まり機関は不法移民対策に多くの人員と予算を割くようになっていますが、その結果、一般的な犯罪の取り締まりのための人員と予算が手薄になり、通常犯罪が適切に取り締まられなくなったという逆説的な現象も発生しています。また、中南米系コミュニティに対する警察当局の対応が、中南米系の人々の警察への信頼を低下させ、コミュニティ内にギャングが居住しているような場合にも情報提供をしなくなったと言われています。

このようにアメリカでは、社会福祉のような国の中核的サービスが、移民などのマイノリティに対する反発の結果として掘り崩されたり、また、警察などの取り締まり機関の人員と予算の多くが移民に関連する分野に割り当てられるようになったりしているのです。根拠が薄弱なイメージに基づいて重要な政策の方針が変更され、様々な社会問題が悪化している現状は悲劇的だと言えます。そして結局は、一連の政策変更の結果、移民のアメリカ社会への統合が妨げられているとも指摘されています。

このアメリカの経験から、日本は何を学ぶべきでしょうか。日本は急激な人口減少社会に突入しており、15歳から64歳までの、いわゆる生産年齢人口は、2010年から2060年の間に半減するとされています。これは、日本国内で、消費者、労働者ともに減少することを意味しており、以後日本が経済成長を達成するのが構造的に難しいことを示唆しています。福祉や介護の分野での人材不足も、今後さらに深刻化するでしょう。
少子高齢化問題については、対策をとってから効果が表れるまでに長い時間を要することを考えると、日本も移民の受け入れについて検討することを避けて通れなくなるのではないでしょうか。仮に、移民を受け入れる場合、日本にとって必要な人に来てもらうわけですから、彼らが日本社会で排除されることなく暮らせるような制度や環境を整えることが必要になると思います。
今日、日本にはすでに二百数十万人の外国人が合法的に居住しています。
すでに国内に居住している人も含めて、移民や外国人を社会に統合していくための方策を考えていく必要があると思います。

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