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「イギリスEU離脱とヨーロッパ」(視点・論点)

北海道大学大学院教授 遠藤 乾

6月23日、イギリスでEU=ヨーロッパ連合からの離脱の賛否を問う国民投票が行われ、離脱派が勝利しました。
これにより、イギリスは、1973年に加盟したEUから脱退することが確実となりました。
今日は、背景を探り、今後のイギリスとヨーロッパのゆくえを考えてみたいと思います。

端的に言えば、これはイギリス国内、イギリスとヨーロッパ、そしてヨーロッパ内の分断を深め、すでに危機のなかにあるEUをさらにピンチに追い込むでしょう。

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投票は、まずイギリス国内の分断をあらわにしました。スコットランドと北アイルランドはそれぞれ62%、55.8%が残留を求め、イングランドとウェールズの過半数は離脱に投じました。スコットランドが24ポイント差をつけ残留を選んだのを、人口で勝るイングランドが7%差で離脱を望み、圧倒しました。このねじれの結果、2年前の住民投票で独立が否決されたスコットランドで、改めてイギリスからの独立を希求する声が高まっています。
分断は地域間ばかりではありません。
若者の7割超が残留を、高齢者の6割が離脱を志向し、高い投票率でいわば高齢者のパワーが勝った形となっています。
また階層別でも差が出て、収入の比較的高い中流上層以上は57%が残留、労働者階級と低所得者層の64%が離脱に投票しました。亀裂は明らかです。
それにしたがい、多様な支持者を束ねてきた2大政党は内部で割れています。反EU・反移民の立場で離脱を主導したイギリス独立党で支持者の96%が離脱に票を投じたのは当然ですが、保守党支持者はおよそ6対4で離脱、労働党支持者は逆に6対4で残留を志向しました。
指導層の間、支持者と指導部の間の溝が深まっています。保守党は、閣内に離脱派を抱えており、今回の離脱派の勝利を経て、残留派のキャメロン首相が辞任に追い込まれました。9月上旬には新党首、すなわち新首相を選出予定ですが、党内融和は容易ではありません。
労働党内の分裂も深刻です。党は公的には残留支持を打ち出していましたが、最左派に位置するコービン党首はもともとEUに懐疑的で、残留運動には熱心ではありませんでした。指導力の欠如を指摘され、多くの同僚議員に見放されています。しかし、もっと深刻なのは、グローバル化やヨーロッパ統合で見放された感を強める草の根の労働者が、今回、党のラインに従わずEU残留に動かなかっただけでなく、今後イギリス独立党に票を入れるのではないかと懸念されていることです。
これらの亀裂の背後には、EU域内からの移民の急増を介して立ち上がった、イギリス――とりわけイングランド――のナショナリズムと主権=自決意識があります。もともとイングランドに限らず、自国のことを最優先するナショナリズムは、「自国のことは自分たちで決める」とする国民主権的な自己決定と親和性があります。今回、その2つの結合がEUに対して向けられたわけです。
僅差の結果だったこともあり、いまイギリスは国家統合の危機のなかにいます。南北、老若、貧富など至るところに断層が姿を現し、国としての成り立ちを問い直す局面にあります。選挙期間中、虚言で人をだますデマゴークや過度に有権者を怖がらせる言説がはびこったことから、選挙後も陣営間でギスギスし、民主政治の劣化も指摘されています。したがって、EUとの関係を統一・建設的に策定するのが困難になるわけです。具体的には、いままで単一市場を形成し、モノ・ヒト・サービス等の自由移動を享受していたEUとイギリスがどういう関係を結ぶのか、イギリスという国としてイメージを描けずにいるのです。内閣も倒れ、対抗政党も混乱の極みで、政治指導にも大きな穴が開いています。
他方、EUが受けたダメージも計り知れません。もともとEUは、複数の国が結集することで、一国で確保できない平和、繁栄、権力を共同で保全するメカニズムです。そこから、域内第2位の経済体であっただけでなく、金融センターとして世界的な地位を保ち、外交安全保障において影響力のある大国イギリスを失うことになるのです。テロへの対処、サービス業などの競争力、そして対外的な影響力の投射において否定的な影響が出ることになります。
ダメージはそこに留まりません。ヨーロッパ統合史上初めて、国として離脱する事態に至りました。かつてデンマークの自治領グリーンランドが脱退したことはありますが、これは加盟国としてではありませんでした。今回は、大国が国民投票という民主的な手続きを経て、いわばEUにNOを突き付けた形となっています。
EUの中心には、自由があります。国境障壁をなくした結果、ヒト・モノ・カネ・サービスなどが自由に動き、一大市場を形成するのですが、一方向的な域内移民の増加に対し無策のまま、自由を放置すると、地域住民に不満が高まります。学校、病院、住宅などの地元インフラが他国の人ばかりに使われる状況は、確かに離脱派が多い比率を占めたイングランド東部等で聞かれた現象です。保守党政権が進めた緊縮財政がそうしたインフラの余力を奪った側面はあるのですが、本来ならば、移民の送り出し国、受け入れ国、そしてEUが協力して、地元自治体や住民への支援をすべきだったのではないでしょうか。そういう支援のないまま事態を放置しておくと、今回離脱派が強力に主張し、動員に成功したように、「自国のコントロールを取り戻す」といった言動が力を持ち、EUに刃が向けられるのです。
これは、どこの国でも起きうることです。去年域外からの難民が殺到して、国境フェンスを構築したハンガリーで実際に起きたようにです。イギリスに向かっていたEU移民は、今度は他のEU諸国に向かうかもしれません。適切な公共政策が打てずに、各国のナショナリズムと主権的な自決意識が結合して、ポピュリズムが支配すれば、EUの側に対抗する術はありません。60年以上にわたる戦後統合を経ても、EUのことを「自分たちのもの」として意識している人は少数なのに対し、加盟国はいつでも愛国心に訴えることができるのです。
2010年代に入って、EUは次々に危機に襲われてきました。ユーロ危機、ウクライナ危機、難民危機、テロ、そして今回のイギリス離脱です。この先、反移民・難民、反EUの機運が盛り上がり、イギリスで使われた国民投票という手段を模倣する集団が現れることで、EUの基盤をなしくずしにしていく可能性があります。
一種の複合危機に襲われているEUは、いまその存在意義が問われています。今回の事態に対し、独仏等の中心国が結束してEUを守っていけるのか、それとも反EUの機運が勝っていくのか、緊迫した局面が続きます。打開の鍵は、市民の懸念に分け入っていく積極的な姿勢、とりわけ移民や格差に関してEUが、自らが拠って立つ自由に背を向けることなく、意味のある政策を打ち出せるかにかかっています。
グローバル化は深まる一方なのに、国際協力は各地で逆風にさらされています。その進化モデルとしてかつて輝いて見えたEUは正念場を迎えており、その行方は世界史な意味を持つといえましょう。

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