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「これからのファッションと教育」(視点・論点)

文化服装学院学院長 小杉 早苗

最近のファッションは、「安ければ良い」というような「廉価な工業製品であるファストファッション」が一通り行き渡ったせいか、世界的に見てもその反動が来ています。今再びクオリティの高いファッションを求める購買者が増えてきているのです。そこで今日は、これからのファッションと、それを支えてゆくファッション教育には何が必要かを考えてみます。

私たちは、ステイタスや品格、自由と責任、スポーティブやエレガント等いろいろな場面で着用する服を着分けています。少し高価でも納得のいく価格で買った服は手入れをして大切に着ます。どこかに置き忘れたり、安易に買い替えたりしません。
しかし、その良質な服を作る為に絶対必要とされているパタンナー、ここで言うパタンナーとは服を作るために型紙をつくる人、が今不足しているのです。現在アパレル産業ではこの十数年の間他の国に任せていた分、今になって質の良いデザイナーやパタンナーの不足が目立ち、自社のオリジナルやレベルの高い商品の生産が難しくなっているのが現状です。実は日本出身のパタンナーはパリで「マジシャン」とさえ呼ばれて実力を発揮している人が大勢います。ニューヨークでもパターンの会社を起業したある人は多くのデザイナーからアウトソーシングと言って外注パターンを引き受けていて、大変忙しいそうです。日本では、デザインとパターンは表裏一体として教育し、さらに服装人間工学と言って骨の構造と皮膚面の形状や動きを学んでいますので、デザイナーがユニークなデザインをしても必ず人が着用するうえで安定するパターンを作ることが出来ます。

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また、パターンを作成する方法として、欧米では立体裁断のみで作るのが主流ですが、日本で学んだ人は理論を基にして書く平面裁断と立体裁断を併用して使いこなす力を持っていますので、早くて正確なパターンを作成することが出来ます。

上級では美学、伝統文化、古美術も学びますので、感覚的にデザイナーの考えを理解することが出来、良質のパターンに仕上げられます。
ブランドの人材育成についても日本と欧米との違いがあります。
日本のオーナーデザイナーはコングロマリットと言われる巨大な資本をバックに活動するのではなく、最初から自らオーナーデザイナーとして活動しています。
ヨーロッパ型の「デザイナーをよそから買ってくる」というようなことはせず、オーナー自身でそのブランドの精神を引き継げる人や、後継者を育成して自分の後に繋げています。

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例えば三宅一生さん。折り紙を原理とした服のデザイン発想の、意外なものや意外な事からという精神を引き継いでいる「イッセイミヤケ」の宮前義之さん、曲線のプリーツを発明しています。

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同じく「イッセイミヤケメン」の高橋悠介さん、柄やプリントなどテキスタイルの開発に力を注いでいます、山本耀司さん、布の分量とフォルムを重視して、着る人の内面の強さを引き出そうというコンセプトを引き継いだ「リミフウ」の山本里美さん、そして、川久保玲さんの誰もやっていない、見たことがないデザインという考えを引き継いでいる「ジュンヤワタナベコムデギャルソン」の渡辺淳弥さんというように、そのブランドのマインドを持った方々が後に続いています。

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このようなトップクラスのグループでなくとも、そこで育った人たちがやがてオーナーデザイナーとして活躍しているのも日本の強みです。
私はブラジル・ロシア・オーストリア・トルコ等の大学や大学院で「日本の若者が面白い、日本のデザインが興味深い」という質問を受け、その理由を含めたお話しをしています。
デザインのカテゴリーで言えば「ストリート・アバンギャルド」などでしょうが、簡単に言えば日本におけるヨーロッパスタイルの「服」の発祥や歴史が非常に浅く、着方やデザイン、着る場所・時間帯など制約のあるヨーロッパと違って日本はあまり制約されることなくデザインが出来るのです。
勿論日本の和服について様々なルールがあるのは当然ですが、「服」についてのデザインはほぼ自由なのです。
三~四十年前に穴の開いた「ボロルック」と呼ばれた服をパリコレクションに持ち込んだ山本耀司さんと川久保玲さんは、もはや世界の服の歴史としてベルエポックを築き、レジェンドにさえなり得たのです。
つまりあちらの人々にとって思いも及ばないデザインの提案で勝負出来たわけです。

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先ほど一生さんのところで出たブランド名132 5.という数字は一枚の布から順を追って着られる服になるという意味を持っており、一生さんも発想の段階では大変自由ですが、それを必ずプロダクトに乗せるという方法で世界中をあっと言わせ続けています。
外国の方が興味深く思う日本のデザイン発想は、日本人が持って生まれて身体に染み込んでいる日本独特の伝統文化に根差した美意識にあると言えます。
日本の若者のデザインが、正に「独特なデザイン」や「興味深いデザイン」になってゆくのです。
しかし、これからは益々日本だけでファッションビジネスを行ってゆける時代ではなくなって行きます。そんな時、持って生まれた日本の伝統や文化を土台にした、内容の濃いそしてクオリティの高い商品を提供してゆく為に、地に足をつけたファッションの教育を受けて世界中で活躍してほしいものです。
では、これからのファッション教育についてお話します。
実は、ファッション界を支える教育についても欧米との違いがあります。日本ではまずファッションの流れ全般についての基礎をきちんと学んでから、自分が仕事として選ぶ専門のコースを勉強しますが、何はともあれ「服作り」のメカニズムを一通り理解し、その上でさらに心理学や経済・歴史・流通など教養を養う全人教育的なものを行っています。
一方欧米では、専門の職種のみを勉強するのが通例で、他の人が何をやっているのか把握できない場合が多いのです。
最近のことですが、グローバルファッションスクールランキングで日本のファッション学校が非常に高い評価を受けました。
特に、1つ目は、働く上で使用する最先端の機材や機器の操作を経験させたり、各学校が自前で作ったオリジナルのテキストを使うという学習環境、2つ目は、就職率の高さと卒業生どうしのネットワークや有名人を多く輩出しているなどの2点で、他の国の国立ファッション系大学より上にランクされました。
教育システムが違うという事かも知れませんが、日本出身のデザイナーやパタンナーが世界中で良い結果を出していることを考えますと、日本のファッション教育のシステムは非常に将来性があり、世界から見れば日本のファッションそのものが魅力的なのです。
今後もこの丁寧な教育法をさらに発展させて、質の良い優れた人材を育ててゆきたいと思っています。

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