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「カビから体を守る」(視点・論点)

千葉大学真菌医学研究センター教授 亀井 克彦

今日はカビによる病気についてお話したいと思います。

カビで深刻な病気が起こるのだろうか、とお感じになる方もいらっしゃるかもしれません。たしかに、カビによる病気としてまず第一に思い浮かぶのはいわゆる「水虫」です。水虫はカビが皮膚に入り込む感染症で、とても治りにくいのですが、あまり命にかかわる病気ではありません。このため、カビによって深刻な病気が起こるという印象はお持ちでないかもしれません。
病院で亡くなった患者さんたちの中で、重症のカビによる病気を持っていた方の割合を、解剖時の所見をもとに見てみると、1960年代には2%以下だったものが、その後、右肩上がりに増えて、現在は大体5%程度にまで増加していることがわかります。5%というと20人に一人ということですので、かなりの割合です。
この増加の原因には、医療の進歩に加え、社会の高齢化や、喫煙・大気汚染などの影響が考えられます。カビによる重大な病気は決して稀ではないということ、ときに生死に関わること、そして今、増えてきているということを、ぜひ知っていただきたいと思います。
私たちの身の回りには数多くの微生物がいます。カビもその一種ですが、一番なじみがある微生物は、大腸菌や肺炎球菌かもしれません。これらはどれも一般細菌と呼ばれている微生物です。その細胞は、仕組みも構造も、人間とは全く違っていて、抗生物質がよく効くものが多いという特徴があります。これに対して、今日お話しするカビという生き物は、人間と同じ真核生物という生き物で、仕組みも構造も人間にそっくりです。このためにかびは「真菌」、まことの菌と呼ばれていてカビによる病気を真菌症と呼びます。人間に近い、ということから、カビにはよく効くけども人間に対する副作用は少ない、という薬が作るのは容易ではありません。治療が難しいとされるのもこのためです。では、カビはどこに生活しているのでしょうか。
実は、カビは土の中、水の中、植物など、いろいろなところにたくさん生きています。しかし、カビの大切な特徴として、胞子をたくさん作って、それが空気中に長く漂う、という点があります。一般の家庭では空気1立方メートルあたり1,000個程度の生きたカビが漂っているのが普通です。もちろん、条件によってはもっとずっと増えていきます。1立方メートルあたり1,000個ということは、毎日1万個くらいのカビを吸いこんでいることになります。もちろん、この中の多くは、ただちに激しい病気を起こす、というカビではありませんが、病気のもとになるカビも必ず含まれています。私たちの肺の中では、吸い込んだカビとそれをやっつけようという人間の抵抗力との間で、絶え間のない争いが続いているのです。実は、重大なカビの病気は肺から始まることが多いのですが、それはこのためです。
ではカビによってどのような病気が起こるのでしょうか。
カビによる病気は大きく分けて、中毒、感染症、アレルギーの3つに分けられます。この中で、最も予防が難しく深刻なのが、感染とアレルギーです。アレルギーで有名なのが「夏型過敏性肺炎」といわれる病気です。アレルギーといっても、喘息とは全く違っていて、肺の奥で起こるアレルギー性の「肺炎」です。
家の中に、トリコスポロンというカビがふえてきて、その胞子を吸い込むことによりおこります。このカビが生えやすい状況としては、たとえば台所や床下の木材が水漏れで腐ってきた場合などが挙げられます。
 
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ちょうど今の時期、6月頃から10月頃までがピークです。乾いた咳、微熱、息切れなどがでてきます。10月になりカビが減っていくと次第に症状は治まっていきますが、とはいっても治ったわけではなく、また繰り返します。やがて肺の奥に繊維が出てきて次第に肺が硬くなり、息が苦しくなっていきます。毎年500人以上が発病しているとされています。治療はまずステロイドのようなアレルギーを抑える薬を使いながら、引越しやクリーニングなどによりトリコスポロンからの隔離を行います。しかし、肺が硬くなってからでは、治療はとても難しくなります。早めに診断をつけて治療することが大切です。
もう一つ大切な病気として、肺アスペルギルス症という病気があります。
こちらは感染症で、カビが直接体に入り込むものです。
 
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アスペルギルスはどの家庭にもいる普通のカビで、まったく正常な方にはそう簡単には感染しません。しかし、肺に傷んだところがあったり、軽い糖尿病や、ステロイドなど免疫の力を抑える薬を常用している方は、かかりやすくなります。
レントゲン写真ではこのような痛んだ肺に、アスペルギルスが入り込んで大きな塊を作っています。肺の傷んだところというのは、たとえばタバコによって肺の奥にできる小さな袋や傷であったり、結核や肺炎が治った後の小さな穴やひきつれのことで、カビの大好きな場所です。タバコを吸っていなくても、年齢とともに肺にはこのような傷んだところが次第に多くなっていますので、健康だと思っている人も油断はできません。カビはこういう場所に入り込んで、肺を壊しながら成長していきます。
日本では毎年8,000名程度の新しい患者さんが出ているという試算もありますので、決して珍しい病気ではありません。最初は軽いたんや咳が出るようになり、進むと血痰や微熱がでて、次第に息が苦しくなります。治療はカビをやっつける薬を使いますが、なかなか効果的な薬が作りにくいのが実情です。場合によっては手術を行うこともありますが、いずれにしても進行すると命の危険があります。
ではこのような、カビによる肺の病気をどのように防げばよいでしょうか。一番確実なのは、カビを吸わないようにすることですが、カビはもともと私たちの身のまわりに満ち溢れている生き物なので、事実上不可能です。だからといって、極端にカビの多い環境や、アスペルギルスなど病気を起こす力の強いカビが増えてしまったような環境で生活すれば、体を危険にさらす事になります。
カビを増やさないようにするためには、カビにとって必要な条件、つまり湿った場所、エサになるような汚れ、あるいは空気のよどみなどを作らないことが大切です。
さらに、これからの時期は、カビの温床になりやすいもの、たとえばエアコンなどはきちんと清掃・管理しておくことが勧められます。もちろん、自分の肺や免疫の力に異常があってカビの感染にかかりやすい、という方の場合は、一段高いレベルの注意が必要でしょう。
湿度・温度が高くなるこれからの時期は、カビを必要以上に増やさないよう、特に注意していただきたいと思います。
カビは古代から人間と一緒に生きてきました。味噌、醤油などはカビによる発酵を利用した食品ですので、人間はずっと昔からカビを上手にコントロールして、共存してきたことがわかります。カビを過度に怖がる必要はありませんが、カビはいつもすぐそこにいて、条件さえそろえば誰でもかかる可能性があります。最初はかぜのような症状ですので、つい油断してしまいますが、たとえば原因のはっきりしない咳が2週間以上続く、という場合は、カビを含めていろいろな病気の可能性が考えられます。真菌症専門外来、あるいは呼吸器内科など、専門の医療機関への受診をぜひお勧めしたいと思います。

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