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「裁判員制度 国民の参加を促すには」(視点・論点)

國學院大學 教授 四宮 啓
 
裁判員制度が施行されて7年が経過しました。今年の3月までの統計では、裁判員裁判によって8、900人以上の被告人に判決が言い渡されました。また67、000人以上の人々が、裁判員や補充裁判員となって、法廷に座わり証拠調べを聴き、評議・判決に参加しています。
 裁判員制度は、定着に向けて概ね順調に運営されてきたと言えるでしょう。
しかし課題も浮かび上がっています。今日は裁判員裁判への国民の積極的参加が必ずしも進んではいないという点について考えてみたいと思います。

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 裁判員として参加された方の多くは「良い経験だった」と評価しています。
 
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最高裁が裁判員制度施行の2009年8月から行っている裁判員に対するアンケートによれば、「非常によい経験と感じた」と「よい経験と感じた」を合わせた人の割合は、裁判員経験者の95パーセント以上になります。そして注目されるのは、この傾向が制度施行以来、一貫して維持されていることです。
では実際にはどのくらいの人が裁判所に出かけているのでしょうか。
 
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まず辞退率を見てみましょう。裁判員制度では、候補者は、法令が定める理由があるときには裁判員を辞退することを裁判所に申し出ることができます。候補者名簿に名前が載った後、事件について担当することを求められた候補者が辞退を申し出て、認められる辞退率は、年々上昇して最近では65%を超えました。

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次に出席率を見てみましょう。
出席率は、辞退理由がないとして裁判員を選ぶ手続への出席が求められた候補者のうち、どのくらいの人が出席しているかです。辞退理由がない裁判員候補者は、裁判員を選ぶ手続に出席する義務があります。正当な理由がないのに欠席すると10万円以下の過料の制裁が定められています。
注目されることは、この出席率は年々低下し、したがって欠席率は年々上昇し続けていることです。今年になってから3月まででは、出席を求められた候補者のうち約40%の人が欠席しています。
裁判員を経験した人の95%以上の人がよい経験だったと回答しているのに、なぜ候補者のうち6割以上の人が辞退をし、また出席を求められた候補者のうち約4割の人が欠席するのでしょうか?
 
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一つのヒントは、裁判員を経験する前の国民の意識にあるように思います。裁判員を経験した人々も、経験前には「やりたかった」という人は3割程度に過ぎず、「やりたくなかった」という人が半数以上でした。この傾向は、一般市民の傾向と類似しています。
では経験していない一般の人はどこに不安やためらいを感じているのでしょうか?最高裁のアンケートによれば次のような点が挙げられています。
 
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これによりますと、被告人の運命が決まる(76.3%)、素人に正しくできるか不安(62.0%)、などとなっています。注意していただきたいのは、このような不安やためらいを感じつつも、実際に裁判員を務めると、95%以上のみなさんが「よい経験だった」と評価していることです。そこには不安やためらいを上回る遣り甲斐があったということが示されているのではないでしょうか。

それでは国民の参加を促すにはどうすべきでしょうか?
参加の意義を誰もが分かるようにするために最も必要なものは、正確で豊富な情報です。
経験者の経験談こそが、一般市民の不安・ためらいを少なくするといえるでしょう。
では、裁判員経験者の経験談は広く社会で共有されているでしょうか?残念ながらNOと答えざるを得ないのが実情です。裁判員経験者は「良い経験だった」と誇りを感じながら家庭や職場に戻ります。しかし家族も職場の同僚も経験について質問しないケースが多いようです。経験者も周りの人も、積極的に経験を語ったり聞いたりすることにためらいを感じているのではないでしょうか?それはなぜでしょうかー私には、裁判員の守秘義務のあり方に原因があるように思われます。
 日本では、法律上裁判員経験者には広い守秘義務が課されています。もちろん、公開の法廷で行われたことや裁判員になった感想は話してもよいとされています。しかし裁判員として語りたいこと、また裁判員から聞きたいことは、国民の目からは見えない部分でしょう。日本の制度では、話してよいことといけないことの境界ははっきりしません。勢い安全策で、黙っていることになります。社会もそう考えて、訊くことをしません。
 これでは「よい経験だった」という経験者の思いが社会で共有されるはずはありません。裁判所や政府などお役所の広報も大切ですが、もっとも効果のある「広報」は、経験者自身が、日常生活の中で、語る事です。一般市民へのアンケートでも、裁判員制度への参加意欲を高めるために必要な情報としては、「精神的負担への支援」(50.1%)、「勤務先での裁判員休暇制度」(48.6%)などと並んで、「裁判員経験者の具体的な経験談」(46.1%)が挙げられています。
そのためには、法律の運用を、原則禁止・例外自由から、原則自由・例外禁止に変えることを提案したいと思います。例外的に話してはいけないこととは、法律が定める次の事柄です。①他人のプライバシー、②誰が何を言ったかと、意見が何対何だったか、③自分が関与した判決の当否です。現在法律が話すことを禁止している「評議の経過」は、一切の経過を指すのではなく、評議の正当性を著しく損なうようなものに限定すべきでしょう。たとえば、①~③の外、裁判員・裁判官で話さないと合意した「経過」に限られると運用してはどうでしょうか。そうすれば、日本の裁判員経験者にとっても言ってはいけないことが明確になり、家庭でも職場でも、「よい経験」が共有されていくでしょう。

次に、学校における教育が重要でしょう。初等・中等教育で学ぶ生徒達は、将来の裁判員の担い手たちです。今年6月から、選挙権年齢が18歳に引き下げられたことに伴って、主権者教育が学校内外で盛んです。今回の選挙権年齢引き下げは、残念ながら裁判員の資格については当面見送られました。しかし、主権者として国の重要な問題について議論し意見を述べるという本質は裁判員も同様です。私はできるだけ早く選挙権と連動させるべきと考えますが、少なくとも、これからの主権者教育においては、裁判員となることも併せて教育されるべきでしょう。
一般市民を対象としたアンケートでは、「刑事裁判や司法など公の事柄については国や専門家に任せておくのではなく、国民が自主的に関与すべきであるという考え方についてどう思いますか」と尋ねています。
 
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2009年から2015年までの平均で、「そう思う」「ややそう思う」を合わせると約半数の人が、この考え方に賛成しています。
裁判員制度は、主権者である国民の良識を刑事裁判に反映させるために導入されました。国民が専門家と協力して、私たちの社会をより自由でフェアで責任ある社会にしていくための制度です。同時にこの制度は、社会の重大な事柄を、みんなで討論して決める大切な民主主義の政治制度でもあります。
私たちは長期的な視点をもって、将来の担い手をも考えつつ、裁判員制度をよりよいものに育てていくことが必要であると思います。

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