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「自殺対策基本法10年 今後の課題」(視点・論点)

自殺総合対策推進センター長 本橋 豊
 
10年前、2006年に自殺対策基本法が制定されてから、日本の自殺対策は大きく進みました。そして、今後の対策をさらに推進するために、今年4月1日に改正自殺対策基本法が施行されました。今日は、改正された自殺対策基本法に基づく日本の新たな対策の方向性はどのようなものなのか、自殺問題の現在の状況と今後の課題、とりわけ地域の特性に応じた対策について、私がこれまで関わってきた秋田県や京都府の経験を踏まえつつ、お話をしたいと思います。

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今年6月に公表された自殺対策白書によると、2015年の日本の自殺者数は、24,025人でした。1998年には自殺者数が32,863人となり自殺問題は大きな社会問題となりましたが、1998年の自殺者数と比べて、2015年には8,838人の減少(26.9%の減少)を示していることは、日本の自殺対策の成果と評価することができます。しかし、今なお2万人を越える方たちが自殺で亡くなっていることも事実です。さらなる対策を進めていかなければなりません。
また、年齢別に自殺者数を見ると、若い世代の自殺は深刻な問題となっています。15歳から39歳の各年代の死因の第一位は自殺となっており、これは先進7カ国の中では日本だけです。若い世代の自殺対策を推進していくことは今後の大きな課題です。

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 さて、この図は、1993年から2015年までの日本の自殺率の推移を示しています。1998年に自殺率が急増し、その後、2009年までの間、自殺率は高い値で推移しています。
 1998年に起きた自殺の急増では、中年男性の社会経済的要因と関連した自殺者数が増加していることが問題となりました。2006年の自殺対策基本法の成立後、矢継ぎ早に打ち出された対策は、うつ病に対する啓発などの対策のみならず、多重債務問題改善プログラム、貸金業規制法改正、総合的相談窓口の開設といった包括的取り組みが特徴でした。この図に示すように、総合的な自殺対策の重層的な取り組みが行われた結果、2009年以降の自殺率の減少につながったものと推測されます。
 しかし、自殺者数は着実に減少したとは言え、OECD諸国と比較して、日本の自殺率はまだ高率です。若者を対象とした対策の取り組みが不十分である、対策の取組に地域格差が認められるなど、自殺対策のさらなる推進に向けた課題も指摘されるようになりました。
 このような、社会状況の変化を踏まえて、自殺対策の更なる推進の必要性が議論されることになり、2016年3月22日に改正自殺対策基本法が成立しました。改正された法律では、自殺対策の理念が明確化され、さらに地域自殺対策推進の強化が盛り込まれました。

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 まず、都道府県と市町村には地域自殺対策計画策定が義務づけられました。
次に、自殺対策の推進体制強化のため国の自殺総合対策推進センターと地域自殺対策推進センターが設置されることになりました。最後に重要なことは、地域自殺対策の予算が恒久財源化されたことです。これにより地域自殺対策が継続的に実施されることになりました。
 これまで行われてきた地域の自殺対策では、先進的な都道府県の取組がありました。私自身が関わってきた取組として、秋田県と京都府のケースをお話したいと思います。
 2000年当時、秋田県は自殺率が日本一という状況でした。高齢化と過疎化の進んだ地域が多く、地域の絆が弱くなるなどの社会的背景が自殺率の高さと関係していると考えられます。しかし、一方では自殺問題が身近なものであるがゆえに、早い時期から真剣に取り組もうとする動きが活発化しました。
 2000年に、当時の秋田県知事のトップダウンにより、都道府県としてはじめて自殺対策の予算が計上され、行政として積極的な自殺対策が展開されることになりました。農村地域で総合的な自殺対策、例えば、自殺の偏見をなくすための積極的な啓発活動や相談窓口の周知、ゲートキーパーと呼ばれる、自殺の危険を示すサインに気づき、適切な対応を図ることができる人の養成、保健師のきめ細やかな訪問指導、自殺予防リーフレットの全戸配布などを実施した結果、対策を実施した地域では自殺率が4年間で47%減少するということも明らかになりました。また、秋田県は、自殺問題に取り組む自主的な民間団体の取組が活発に行われている地域です。倒産した経営者を支える民間団体の「蜘蛛の糸」の活動がよく知られています。その他にも、藤里町という農村地域でコーヒーサロン活動を通じて寄り添い活動を続ける「心といのちを考える会」の活動も優れた取組です。
このように、秋田県の先駆的な取組によって、総合的な自殺対策の有効性と知事のリーダーシップが自殺対策を加速させることができるということが明らかになった訳です。
 次に、京都府の取組についてお話をします。京都府は昨年4月に都道府県で初めてとなる自殺対策の条例である「京都府自殺対策条例」を策定し施行しました。京都は大学が多く、若者の自殺問題が課題のひとつとなっています。人口密度の大きい都市部の自殺対策が重要な地域です。大学コンソーシアムにおいて、大学生を対象とした自殺予防教育が行われています。悩みを抱えた大学生に対して大学の先輩や同級生がサポーターとなって支えていく存在となるということだけでなく、社会人となる大学生自身が自殺問題に関わるきっかけとなることをめざす取組ということができます。また、宗教施設の多い京都の特色ある取組として、宗派を問わずに宗教者が悩み事の相談を行う活動を活発化させています。
 秋田県と京都府の先駆的な取組を紹介しましたが、いずれの地域でも地域のリーダーが自殺対策を先導し、地域の実情を踏まえた地道な活動を行っていることが特徴であると言えます。今後も、このような効果的な対策を全国津々浦々に広げていきたいと考えています。これからの日本の自殺対策は、どこの地域に住んでいても人々が充実した支援を受けることができるようにすることです。
改正された自殺対策基本法では、自殺対策は「生きることの包括的支援」として実施されることが明確に規定されました。
 「生きることの包括的支援」とは、すべての人がいきがいや希望を持って暮らすことができるように、例えば生活苦や介護疲れなどで悩みを抱えたときに、その問題の解決のために福祉や医療の専門家が連携して支援をしていくことです。この自殺対策の理念を実現するために、これまでに効果が明らかになった、
さまざまな具体的方策を講じて行くことが重要であると考えています。
 自殺対策では、地域の実情を踏まえて、悩みを抱えて孤立しがちな人をみんなで支えていく、ということが大切です。支える手立てを増やしていくことが、対策の基本です。誰も自殺に追い込まれることのない社会をめざして、今後も活動を続けていきたいと思っています。

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