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「森を食べる 腐生植物のくらし」(視点・論点)

東京大学大学院教授 塚谷 裕一
 
 日本列島も梅雨本番、春の花と新緑の季節も一段落して、木々の緑がいっそう濃くなってきました。快適な気温ですから、野山に出かけてみようと思っても、雨は降っているし、森の中は暗いし、ちょっと億劫ですね。
 植物にとっても梅雨の季節は良し悪しです。水は潤沢にありますが、いかんせん、雨の日が多くて陽の光が少ない。
 それでも木々の梢の方なら明るく光が照らしますが、木の根元、森の地面近くの林床では、そうはいきません。ただでさえ雨雲で暗いところを、頭上を覆う葉の茂みが完全に光を遮ってしまいます。
 植物にとっては、どれだけ陽の光を使えるかは死活問題ですから、森の中の林床は、好ましくない環境と言えます。
 ところがそんなところに好んで生え、人知れず花を咲かせる一群の植物があります。それが本日の主題、腐生植物です。

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 どうでしょう。まるで海の中の生き物のような不思議な形と色彩の植物たち。彼らは、海の中ではなく、森の奥、林床にひっそりと花を咲かせる植物たちです。腐生植物、腐るに生えると書く、この変わった植物について、ご紹介します。
 
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 まずはギンリョウソウをご紹介しましょう。日本で目にする腐生植物としては、最も身近な種類ですので、山歩きをされる方なら、見覚えのある方も多いのではないでしょうか。シルバーの銀、ドラゴンの竜、そして草でギンリョウソウと言います。
 この植物、名前の通りに白銀色で、暗闇で育てたもやしと同様に、全身緑の色を持ちません。真っ白です。
 そう、腐生植物は、植物でありながら、葉緑素、クロロフィルを持たない存在なのです。葉緑素を持たないため、当然、光合成をしません。光を浴びて、二酸化炭素と水とから炭水化物を作り出すという、植物ならではの仕組みを持っていないのです。
 しかし光合成をしないと、炭水化物が手に入りません。日々の暮らしに必要な資源を、彼らはどうやって手にするのでしょう。
 実は腐生植物は、森を食べて暮らしているのです。腐生植物は、森を食べる植物と言い換えることができます。
 植物でありながら、森を食べる。
 どういうことでしょう。
 腐生植物は、名前の通り、以前には腐ったものに生える植物だと思われていました。ちょうどカビやキノコのようなものですね。実際、森で腐生植物が生えているところを見ると、まさに茸が生えそうな暗い林床です。昔の図鑑などでは、根元を掘るとネズミの死体が出てくるなどと、見てきたような話が書かれていたこともありました。
 でもこれは誤解です。
 腐生植物は本当は、カビやキノコと同じような暮らしをしているのではなく、カビやキノコを食べて暮らしているのです。どこで食べるのでしょう。

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 これはギンリョウソウの根の部分です。変わった形をしていますね。実はここには特殊な能力があって、この根の中に入り込んできたカビやキノコの菌糸の、その侵入を逆手にとって、そこから栄養を抜き取ってしまうのです。
 そのカビやキノコが、もともとどこからその栄養をとっているかといえば、森です。カビやキノコによっては、生きた樹木と協定を結んで、ミネラルを植物に供給する代わりに、樹が光合成で作り出した糖分をもらって暮らしているものもあります。そうでなくても、落ち葉や枯れ枝から、栄養をもらっています。そう、カビやキノコの栄養源は、森そのものです。

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 ですから、そのカビやキノコから栄養を奪う腐生植物と森との関係を図にしてみると、こんな風になります。木々が光合成をして炭水化物を作り、それがカビやキノコの栄養となり、それをまたさらに腐生植物が横取りをする、というわけです。
 このように腐生植物は、森の豊かさに頼って暮らす植物ですから、当然のことながら、豊かな森でないと見ることができません。
 またふだんは地下で暮らしているため、人の目につきにくいところがあります。そんな見落とされがちな腐生植物ですが、他の植物にないユニークなところがたくさんあります。

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 これは日本に固有の腐生植物、タヌキノショクダイです。なにより花の形がユニークですね。私は大学受験の頃、植物図鑑で初めてこの植物の写真を見て、一体どこがどうなっているのか、解説を読みながらためつすがめつしたことがありますが、全然分かりませんでした。その後、大学の理学部に進んで、大学の標本庫にある標本も見たのですが、ぺったんこに平たくなってしまった押し花標本では、やはりどこがどうなっているのか全く分かりませんでした。
 これ、何に近い仲間かというと、とろろを作るヤマイモ、あのヤマイモに割と近い種類なのです。ですから、萼片が3枚、花弁が3枚あって、それらが組み合わさってこの、奇妙なぼんぼり状の構造を作っているはずなのですが、わかりますか。
 わかりませんね。私も、どこがどう変形して組み合わさっているのかは、結局、この仲間を実際に手にとってみるまでは分かりませんでした。この花の構造に興味のある方は、ぜひ私の書いた本の中に、図解をしておきましたので、そちらをご覧下さい。他にも色々変わった形の腐生植物を紹介していますので、楽しんでいただけると思います。
 ちなみに、タヌキノショクダイの花の構造を私がやっと理解したときの、その花は、ボルネオ調査の際に見つけたものでした。
 
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 これです。どうでしょう。美しくも奇妙な花ですね。これ、ボルネオで見つけたところ、新種だったのです。まだまだこういう不思議な姿の腐生植物が、地球上にはたくさん人知れず花を咲かせているのです。
 このように腐生植物は、不思議の宝庫ですし、新種の宝庫でもあります。
 新種の腐生植物が隠れているのは、遠い国の森だけではありません。実は植物の戸籍調べが地球上で最もよく進んだ地域、日本国内からも、まだ新種の腐生植物が見つかり続けています。今年は屋久島から、その名もヤクシマソウという名の腐生植物が発見・発表されました。
 森を食べる植物、腐生植物はこんなにも謎に包まれ、これほどにも魅力に溢れた植物たちです。もし身近に、植物に興味を持ち始めたお子さんがいらしたなら、是非、あまたある植物の中でも、特に腐生植物をお勧めください。
 また山歩きのお好きな方は、次回、林床の小さな花に気をとめてみてください。梅雨時の森の中は暗いですが、腐生植物にとっては季節到来。傘を差してゆっくり足下を確かめながら山を歩いてみると、今までは気づかなかった新たな世界が見つかるかも知れません。森を食べる植物の、その不思議をぜひ堪能していただければと思います。

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