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東京大学 大気海洋研究所 教授 蒲生 俊敬

日本は小さな島国です。その面積37万8千平方キロメートルは、世界の61番目でしかありません。しかし、我が国のまわりには広大な海があります。沿岸から200海里(約370 km)の範囲を「排他的経済水域」と呼びますが、我が国の排他的経済水域は、447万平方キロメートルと、国土の12倍もの面積があります。これは世界第6位の広さです。

この広大な海とどう共存し、海の恵みをいかに活用できるか。このことが、我が国の未来を大きく左右することでしょう。海とうまくつきあうためには、当然、海のことを詳しく知る必要があります。海の成り立ちを調べ、その謎を解明するサイエンスといえば海洋学です。海洋学は、物理学、化学、生物学、水産学、地質学など様々な自然科学系の基盤研究分野はもちろんのこと、人文科学系の研究領域とも関わりを持つ総合的な学問領域です。

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私の所属する研究所では、例えばこの写真のような大型の研究船を用いて、日本の近海から、太平洋・インド洋に至る、様々な海域での基礎的な研究を、半世紀以上にわたって続けてきました。本日は、そのような研究の一例として、我が国にとって身近な、「日本海」に関するものを取り上げようと思います。

日本海は、面積という点では、太平洋の1%にも満たない小さな海です。太平洋の北西のきわを、日本列島が取り囲むかたちをしています。

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この日本海と、隣り合う海との間にはわずかな隙間があります。九州の北側にある対馬海峡や、本州と北海道とを隔てる津軽海峡など、4つの海峡です。
ここで重要なことは、これらの海峡はみな、とても浅いということです。最も深い対馬海峡と津軽海峡でも、深さは130mくらいしかありません。一方、日本海の平均水深は1700mくらい、最大水深は3800mもあります。つまり日本海は、隣りの海と表面だけはかろうじてつながっていますが、それより深い部分は、周囲から独立しているのです。もし太平洋をプールに例えるとしたら、日本海は、さしずめ、その端っこにはめ込まれた風呂桶のようなものでしょうか。
この日本海という風呂桶の内部には、海水を上下にかき混ぜる巧妙な仕組みがあります。日本海のおおまかな断面図を見てください。

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北部のロシア沿岸域では、冬になると、寒冷な北西季節風が吹きつけ、表面海水が冷却されます。海水は低温になるほど重くなります。そして水温が-2℃くらいになると氷結しますが、氷はほとんど真水なので、その周りの海水は塩分が増加して、ますます重くなります。こうしてずっしりと重い、高密度の海水が作られ、重力の作用で海底に向かって沈むのです。特に寒冷な冬には、深さ3000m以上の深海まで沈むような重い海水が作られます。このような表面海水の沈み込みが発端となって、海水の循環がおこり、日本海を上下にかき混ぜてくれます。
沈み込む表面水には、新鮮な空気、特に酸素ガスが大量に溶け込んでいます。それが深層へ送り込まれますから、これは一種のリフレッシュ、換気作用と言ってもいいでしょう。酸素は、ほとんどの生物の生存にとって不可欠です。海洋では、植物プランクトンと呼ばれる微生物が、光合成によって酸素ガスを作っています。ただし光合成が起こるのは、深さ100m程度までの表面だけです。そこまでしか太陽光線は届かないのです。
太陽光線のない、真っ暗な深海でも生物は呼吸しています。もし表面海水の沈み込みによる酸素の補給がなければ、酸素はどんどん減ってしまいます。黒海という、ロシアやトルコなど6カ国に囲まれた小さな海をご存知でしょうか。そのサイズや地形が閉鎖的であるところなど、日本海と似ている海です。しかし黒海は、日本海と違って、表面海水を重くする仕組みを持っていません。表面には豊富に存在する酸素が、深層へ沈み込むことがありません。そのため、黒海の深層には酸素がまったく存在せず、生物の棲めない「死の海」になっています。
幸い日本海には、表面海水の密度を高め、深海へと送り込む仕組みが備わっているので、深海まで酸素が行きわたり、生物も住むことができるわけです。

さて、人類活動がいま、地球環境を変えつつあります。産業革命以後、石油や石炭の消費量は急激に増え、大量の二酸化炭素が放出されました。大気中の二酸化炭素レベルは、産業革命前の1.4倍以上になり、なお増加を続けています。この二酸化炭素の温室効果により、気温の上昇、いわゆる地球温暖化が進行していると言われます。
地球温暖化の影響は、当然、日本海にも及んでいます。気温の上昇は、冬の日本海北部での表面水の冷却を弱め、重い表面水の生成を妨げている可能性があります。もし表面水の沈み込みが弱まれば、深海への酸素の補給も滞り、酸素濃度の低下していくことが懸念されます。

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この図は、日本海の東北部の代表的な観測点において、過去30年以上にわたって実測した、酸素濃度分布の変遷を示しています。「底層水」と呼んでいる、深さ2000mより下の、日本海で一番深い部分に注目してください。観測を開始した1977年から最近の2010年まで、底層水中の酸素ガス濃度は、ほぼ一方的に減り続けています。その減少量は、当初の濃度の10%にも達しています。この原因として、地球温暖化が大きく関わっていることは否定できないと思います。今後どうなっていくか、たいへん気になるところです。
日本海における海水の沈み込みや循環は、時空間スケールこそ違いますが、世界の海と仕組みが共通しています。世界の海では、北極海や南極海の表面で冷やされ、重くなった海水が沈み込み、大西洋・インド洋・太平洋をベルトコンベアーのようにつなぐ大規模な深層循環が知られています。日本海は、まさにそのミニチュア版と言えるでしょう。ミニ海洋日本海で起こる現象は、世界の海でも同じように起こる可能性があります。今後、日本海の研究は、世界の海との対比という点でも、一層重要性を増すと思います。

研究船を活用した、最近の海洋研究の実例を一つお話ししました。このように研究者の自由な発想や提案に基づき、厳しい評価を経て実現する研究航海が、我が国の海洋学の基盤を支え、さらには次の世代の海洋学者を育ててきました。しかし、このような基礎研究に充てられる研究船の運航日数もまた、昨今の厳しい財政状況などにより、減少の一途にあることが気になります。我が国が、海との強い絆を、今後もしっかり保ち続けるよう願ってやみません。

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