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「ホタルの舞いを求めて」(視点・論点)

東京ゲンジボタル研究所代表 古河 義仁
 
初夏の風物詩、ホタル。日本各地で「ホタル祭」や「ホタル観賞会」が行われています。皆さまは、ホタルをご覧になったでしょうか?

ホタルは、720年頃の奈良時代に書かれた「日本書紀」に初めて登場し、平安時代になると「万葉集」や「源氏物語」にも登場します。清少納言は、「枕草子」の中で、「夏は夜が良い。月が出ている頃は言うまでもなく、月が出ていない闇夜もまた、ホタルが多く飛び交っている様子も良い。また、たくさんではなくて、ほんの一匹二匹が、ぼんやりと光って飛んでいくのも趣がある。」と詠っています。平安時代は貴族による「ホタル見」、江戸時代は庶民の「ホタル狩り」として親しまれていましたが、「景色」として見ていたと思います。「景色」という文字は、光と色と影のバランスという意味があり、また、精神的な意味も含まれています。つまり、ホタルの光と色、そして暗闇・そこから、美や幻想、癒し、はかなさを感じ、「風情」あるものとして見ていたのではないでしょうか。現在ではどうでしょう。ホタルが棲めない都会でもホタルを見ることができます。

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ホタルは、本来、写真のような「里山」に生息しています。里山は、多様な生物が生息する豊かな生態系の宝庫です。ホタルはその一員であり、里山環境の結晶です。なぜ、ホタルが棲めない場所でも見ることができるのでしょうか。それは、ホタルが人為的に放されたものだからです。裏ではホタルが売買され、野生のホタルが乱獲されているのです。
以前、新聞に「ホタル泥棒 厳戒」こんなタイトルの記事が掲載されていました。あるホタルの自然発生地において、販売目的の乱獲が行われていたのです。販売先はホテル、料亭、イベント会社等であり、ホタルは、祭やイベントの客引きとして放されるのです。乱獲は、条例等がなければ違法ではなく法的規制もありません。
現代人がホタルに求めているものは何でしょうか。ホタルを見に人々が集まる現象は何を意味しているのでしょうか。自然が身近な場所から遠のいていく殺伐とした世の中だからこそ、私たちは、ホタルを通じて豊かな自然を求め、癒されたいと願っているのではないでしょうか。しかしながら、ホタルが棲めないイベント会場では、真に癒されることはなく、本来の自然環境を理解することはできません。ホタルを見て「きれい」と歓喜の声をあげても、見ているのは「ホタルの光」だけであり、背後の自然環境やその大切さに思いを馳せることもありません。
ホタルを見る行為は、およそ1,200年も続いてきましたが、今では、自然の中から一歩下がって、窓越しに眺める対象に変わりつつあります。
このままでは、ホタル舞う日本の原風景は、人々から忘れ去られ、里山に乱舞するホタルの姿も消えてしまうかもしれません。私たちが真に癒され、また、ホタルがいつまでもホタルであるためには、ホタルの本来の姿、生き方を知り、ホタルの舞う景色に感動し、その背後にある自然環境に対して思いを馳せ、理解を深めることが、何よりも必要なのです。
ホタルは完全変態をする昆虫です、卵、幼虫、蛹、成虫と姿を変えます。
 
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卵は、水辺のコケに産み付けられ、孵化した幼虫はそのまま流れの中に落ちて生活します。主にカワニナという巻貝などを食べて、1年~3年ほどかかかって成長し、その後、蛹になるために川岸の柔らかい土の中に潜ります。そして成虫になって夜に飛び回るわけですが、昼間は、川岸に茂っている木の葉の裏で休んでいます。つまり、多くの環境整っていなければ生息できないのです。

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ホタルは、昭和30年から47年の高度経済成長期に日本中から激減し、絶滅してしまったところも少なくありません。宅地開発による生息地の消滅、農薬による汚染が原因です。その後は、高齢化や過疎化による里山の放棄・放置による環境悪化で、ホタルがいなくなってしまったという所もあります。昨今では、農薬も控えるようになり、自治体やNPOが里山保全に取り組み、また、各地のホタルを守る会などの努力で、本来の里山環境においてホタルが多く見られるようになってきています。
しかしながら、新たな問題も出てきています。「光害」です。光害とは、都市化や交通網の発達等による屋外照明の増加、照明の不適切、または過剰な使用等による「光」の公害です。
ホタルにおける光害の1つは、街灯です。ホタルは、発光によってオスとメスがコミュニケーションを図り、繁殖している昆虫です。街灯が設置されたことで暗闇がなくなり、繁殖活動が阻害されてしまうといった例が多く見受けられます。街灯は、我々人間の安全・保安上、必要なものですから、仕方のないことかもしれません。

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では、これはどうでしょう。これは、ホタル鑑賞に訪れる人々の車のライトが、ホタルのいる小川を照らしている写真です。何百台もの車が、絶え間なく小川を照らします。
 一方、街灯がなく車も通らないホタル生息地は、勿論、暗闇です。しかしながら、暗闇ゆえに、鑑賞者の手には懐中電灯が握られています。ホタルのすばらしい景色を多くの人々に見て頂きたいと思いますが、鉄則があります。それは、「ホタルに懐中電灯を向けてはならない。」ということです。
 もともと、ホタルのオスとメスの出会いのチャンスは、多くはありません。生息地全体で3週間ほどホタルが飛んでいる期間があっても、メスが発生しているのは、10日ほどです。その10日間の中でも、繁殖に適した気象条件の日は、多くありません。また、1晩の中でも、2~3時間ほどしか活動しません。その貴重なチャンスを懐中電灯などで奪っていいのでしょうか。
「ホタルに懐中電灯を向けない。」これは、ホタル鑑賞の鉄則です。向け続ければ、確実にホタルは減少し、数年後には絶滅してしまうかもしれません。どうぞ、ご覧になる時には、明るい時間から行きましょう。遅くとも日が暮れる30分前。まず、ホタルがどんな環境に棲んでいるのかを見てください。徐々に暗くなる。すると、必ず1匹がまず光ります。
次第にその数が増えて、最初に光ったホタルが、すうーと飛び出します。そのころには、周囲はかなり暗くなっていますが、私たちの目には、周りがよく見えます。遅い時間に初めて来たならば、暗くて何も見えません。明るい時間からいれば、懐中電灯も必要ないのです。
日本人はホタルが好きです。しかし現在の風潮は、人間の管理の下にホタルを出すこと飛ばすこと、ホタルを見て楽しむだけで、その先の風景に目は届いていません。ホタルを見る親子の会話の中には、自然を慈しむ言葉は出てきません。光でしか会話することのできないホタルが、言葉を失っていることなど知る由もないのです。
ホタルは、平安時代から人々の目を楽しませ、心を和ませてきました、是非、ホタル舞う景色は、懸命に子孫を残すために光っている「光景」であるということを知り、自然に思いを馳せながら見ていただきたいと思います。

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