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「オバマ大統領広島訪問 意義と日米の責任」(視点・論点)

長崎大学核兵器廃絶研究センター センター長・教授 鈴木 達治郎

 オバマ大統領が被爆地広島を訪問した2016年5月27日は、広島・長崎の被爆者、そして世界の核兵器廃絶を願う人たちにとって、歴史に残る大切な一日となりました。特に被爆者を抱擁する映像は感動的でもありました。一方でその成果に疑問を投げかける見方もあります。果たして、今回のオバマ大統領広島訪問の真の意義はどこにあるのでしょうか。また、今後の課題として何に注目すればよいのでしょうか。この点を、訪問自体の意義、演説に対する評価、今後の課題、の3点から整理してみたいと思います。

まず訪問自体の意義ですが、何よりも、現職の米大統領が被爆地を訪れ、直接「被爆の実相」を実感する機会を持ったこと自体、大きな意義があると思われます。きのこ雲の下で何が起きたのか、その悲惨さを自らが感じることができれば、「核兵器は決して二度と使ってはいけない」との確信につながるでしょう。そして、その確信は「核抑止」という考え方の見直し、ひいては「核兵器についての価値観の転換」につながるのではないか。これが今回の被爆地訪問の最大の意義と考えられます。そして、オバマ大統領に続き、次の米国大統領はもちろんのこと、他の核保有国のリーダーが広島・長崎を訪れ、やがて世界のリーダーがその価値観を共有することにつながっていく。過去の謝罪ではなく、未来の核兵器廃絶につなげる。これが被爆地の人たちが長年要望してきたことなのです。オバマ大統領の被爆地訪問はそういった核兵器の価値観を転換させる歴史的な一歩と期待されるのです。
次に演説についてです。当初の予想を超えた17分にも上る演説は、オバマ大統領らしく、スケールの大きな、そして抒情的で聴衆の心に訴えるものでした。特に冒頭で日本人だけではなく、韓国人、アメリカ人も同様に被爆者であることを述べたことで、この演説は、核兵器のもたらす悲惨な結末を人類共通の課題としてとらえる、という視点で書かれたことを示唆しています。その視点を踏まえると、次の3点が特に重要と思われます。
第1に「科学技術の二面性」に言及した点です。科学技術の進歩に伴い、人間社会も同等の進歩がなければ、人類に破滅をもたらす可能性があり、科学的革命は「道義的革新も必要とする」と訴えました。このメッセージは原爆のもたらす被害を、「科学の進歩と人類」という、より普遍的なテーマに結び付けた、ということができます。第2に、核兵器に対する考え方を変えるよう訴えた点です。演説の中では「特に核兵器を保有する国は、勇気をもって恐怖の論理から逃れ、核兵器のない世界を追求しなくてはいけません」と述べています。これは「核抑止」という核戦略の基本に対する挑戦、という見方もできます。第3に、「戦争の根絶」を強く訴えた点です。戦争を根絶させること、紛争には軍事力でなく外交で解決すべきであること、を強調した点は平和憲法を持つ日本にとっても意義のあるメッセージであったと思います。
演説の最後に、広島・長崎に言及し、「核戦争の夜明けではなく、私たちの道義的な目覚めの地として知られるでしょう」と述べたことは、今回の訪問が未来に向けての出発点であることを強調したものととらえることができるでしょう。この「ヒロシマ・ナガサキから核兵器廃絶に向けての道義的責任を人類として考えよう」、という呼びかけは、多くの人が共感するメッセージだったと思います。
しかし、一方で、核兵器廃絶、核軍縮に向けての「具体的政策提言」が欠けていたことも事実です。大統領任期の締めくくりとして、期待された「核廃絶への新たな一歩」という提言がなされなかったことは、今回の演説の最大の問題点であった、ということができるでしょう。核兵器と戦争の根絶を目指すパグウォッシュ会議も「具体的な行動が伴わなければ、今回の訪問は象徴的な出来事で終わってしまう」と懸念を表しています。
それでは、長年米大統領の被爆地訪問を望んでいた、被爆者や地元の方々は今回の訪問をどのように評価されたでしょうか。今回は広島だけで、長崎には訪問することができませんでした。その点も含めて長崎で報道された地元からの率直なコメントをいくつか紹介したいと思います。

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まず、田上富久長崎市長は「来てほしかったという気持ちは正直ある。しかし、長崎の被爆者も広島訪問を喜んでおり、今後の長崎訪問につながるはず。」と前向きな感想を述べています。被爆者の中にも「被爆地に来てくれたことに謝罪の気持ちが出ている」、との肯定的な意見が聞かれました。またナガサキ・ユース代表団として昨年核不拡散条約再検討会議に参加した大学生は「原爆投下について、米国の若い人にも関心を持ってもらえるようになるのでは」と今回の訪問の効果に期待していました。  

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一方で、被爆者で元長崎大学学長の土山秀夫さんは「物足りなかった。せっかく広島に来たのであれば、核大国としての責任や役割を示すべきだった。核廃絶への機運が高まるとは思わない」、とコメントされました。このコメントに象徴されるように、被爆者の共通した声として「核廃絶に向けてもう一歩踏み込んでほしかった。」というのが正直な感想でしょう。また、米国が現在も「核兵器近代化計画」に約100兆円という大規模な投資を続けていることや、広島にも「核のボタン」を持ち込んだことなどを取り上げ、「核廃絶に
本気かどうかわからない」という意見も聞かれました。
このように、今回のオバマ訪問は歴史的な一歩として記憶される反面、具体的な政策に踏み込まなかったため、「よく来てくれた」、でも「物足りない」というのが被爆者や地元の方々の正直な感想ということができるでしょう。
最後に、今後この訪問を、どのように核兵器廃絶への動きへとつなげていくか、その中で日米両国の責任がいかに重いかを考えてみたいと思います。安倍首相は、今回の訪問を、主に日米関係の強化という視点で、「日本と米国が力を合わせて、世界の人々に希望を生み出すともしびとなる」と訴えました。ところが、同じ時期、ジュネーブで開催されていた、核兵器禁止のための法的措置を議論する国連公開作業部会で、日本政府は「核軍縮を進めるにあたっては、北東アジアの厳しい安全保障環境を常に考慮に入れていかなければならない」との演説を行い、法的措置には消極的な意見を主張していました。米国をはじめ、核保有国はこの会議に出席もしておらず、日本はむしろ、核保有国の代弁者、とまで見られてしまっていました。唯一の被爆国として極めて残念です。
日米両国は、世界で唯一、「核兵器を使った国」と「被爆した国」という極めて特異な国です。言い換えれば、「核兵器のない世界」を目指して世界を主導していく「道義的責任」が求められていることを忘れてはいけません。それこそが被爆者の切なる願いでもあります。そのためには「核抑止力」に依存しない新たな安全保障の枠組みを構築すべく、日米がすぐにでも取り組むことが求められます。今後の両政府の取り組みに注目し、常に監視と提言を続けていくことが私たちの責任でもあると思います。

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